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風の国のお伽話(改稿版)  作者: 花時雨
第八章 争乱

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第二百七話 政争

王国歴224年5月24日(前話翌日)


 メリエンネ王女はやきもきとしていた。

 国王と王妃が倒れたという第一報は当日に知らされていたが、病名などの詳細は分からない。次には侍従長からの使いが来て、容態が(あつ)いこと、流行り病の恐れがあるため見舞いは叶わないこと、病の元となった恐れのある侍女の行方が全く知れず感染拡大の危険性が否定できないため、部屋からの外出は慎むべきことを告げられた。

 祖父と祖母の身を案じながらも何もできず、我が身の不甲斐なさに自責を感じつつ、心配と不安を募らせながら一夜を過ごした。


 翌朝早くからはドロテアとスザンネ、そしてそれ以外の侍女にもできる限りの情報収集を命じたが、得られるのは憶測ばかりで確たるものは何も無い。

 特に陛下と妃殿下の状況を(つぶ)さに知るはずの侍従長と侍女取締は殆ど人前に姿を現さないらしい。それは二人が陛下御夫妻の部屋から離れられないということであり、御病状の重さを意味しているように思われてならない。

 結局自分にできるのは、御快復を信じて侍女たちと共に祈りを捧げることだけだった。


 それだけに、今日シェルケン侯爵からの使いで臨時の閣議に呼び出された時には驚いた。今更、あの、常に下卑た薄笑いを浮かべた男の思惑通りに動かされたくはない。

 だが、この時機での閣議とあらば、議題はお二人が倒れられたことに関わるに決まっている。ならば出席すれば御病状が少しは知れるに違いない。他の貴族たちも情報を求めて傍聴に詰め掛けるだろう。

 それにスタイリス王子とクレベール王子の兄弟が去り、王都にいる王族の数は減っている。自分の姿を貴族たちに見せれば、彼らの混乱と不安が少しでも鎮まり、国の役に立てるかもしれない。

 メリエンネは意を決めて出席の返事を使いに伝えた。


 直ちにスザンネに手伝わせて衣服を整えて部屋を出る。ドロテアに車椅子を押させ、階段では近衛に命じて我が身を車椅子ごと降ろさせ、廊下を急ぐ。


 だが、辿り着いた閣議室の中には、メリエンネが予想していた混雑と喧騒は無かった。


 傍聴席にはただの一人もおらず、がらんとして椅子だけが並んでいる。それだけではなく、閣僚席も空席だらけだ。

 これは一体、とメリエンネが不審に思った時に、耳障りなシェルケン侯爵の声が響いた。


「おお、これは姫様、一同お待ち申し上げておりましたぞ」

「皆様、お待たせして申し訳なく思います」


 メリエンネはそう応じて傍聴席の方に向かおうとしたが、車椅子が動き出す前に遮られた。


「姫様、今日はそちらではなく、こちらへ」


 シェルケンはそう言うと、座っていた閣僚席の末席から立ち上がって最上席を指し示した。そこは本来ならば宰相が座る席だが何故か空けられており、宰相以下各閣僚はいつもとは一つずつ席を下にずらして座っている。しかも、出席しているのは大臣とシェルケンだけである。

 不審の目を向けると、「畏れながら」と声がした。またもやシェルケンだ。王女の疑問を予期していたのであろう、()かさず説明を始めた。


「御存じのように本日は、国王陛下と王妃殿下の御容態という、極めて重大な事項を扱わねばなりません。従って、大臣のみの秘密会と致しました。ただ、臣下のみで秘密裏に国家の重大事を取り決めたと後から疑いを招いてはなりませんので、王族の正規の御出席が必須と考えた次第です」

「それで私を?」

「如何にも。病の床におられる陛下と妃殿下以外では、今、王城におられる王族は姫様お一人のみ。スタイリス殿下は臣籍降下の御命を奉じて王城から下がられ、クレベール殿下とユークリウス殿下はそれぞれ遠くフルローズ国とピオニル領に。外のお邸におられる王弟殿下、王妹殿下、王姪殿下をこの混乱の中でお招きして、道中もしもの事があってはなりません。ですから姫様に御無理を承知でお出ましをお願いした次第です。本日は御意見は頂戴せずとも、王族方の代表として、我々の議論をただお聞き置きいただければ結構です」

「わかりました。聞いておりましょう。ドロテア」


 他に誰も口を開こうとしない中、メリエンネの車椅子はドロテアに押されて指定された位置に着いた。


「ありがとう、ドロテア。閣議が終わったら呼びます」


 ドロテアは黙って一礼して出口へ向かう。その間にメリエンネがふと左を見ると、部屋の最奥に一際豪華な椅子が置かれている。その席の主、本来ならばそこにいるはずの国王の姿は無い。

 王女は思わず溜息を吐いた。


 扉が閉まり、出席者だけになったところで疑問を口にした。


「大臣のみの秘密会とのことですが、それをなぜ宰相閣下ではなく次官の、それも陛下に休職を命じられたシェルケン侯爵が取り仕切っておられるのですか?」


 その冷ややかな口調にシェルケンは少し口を歪めたが、それでもすぐに顔を取り繕って事も無げに答えた。


「姫様、御疑問は御尤(ごもっと)も。本日の臨時閣議の開催は大臣各位からのお求めがあってのもの。ですが宰相閣下は御多忙で対応できかねる御様子とお知らせがあり、止むを得ずお助けするべく拙が招集させていただきました。本日の拙の出席も、やはり複数の大臣閣下からの要請があってのこと。実はこのシェルケン、腰は(ようや)く癒え、休職のお詫びとお礼を国王陛下に申し上げようとした矢先に今回の事態が生じた次第です。この国家の重大事に、休職がどうのと躊躇うべきではないと思料しました。どうぞ姫様にも御許しをお願い致します」


 メリエンネが周囲を見渡しても、皆が無表情で何も言わない。賛成していても口にしたくはない、あるいは反対であっても理由が無いということだろうか。他の全員が無言であるということは、消極的ながらも肯定と解釈せざるを得ない。

 その中でも宰相だけは顔色が悪い。とても悪い。


「わかりました」

「有難うございます。では」


 メリエンネが認める言葉を口にすると、シェルケンは出席者を嬉しそうに見回した後にミンストレル宰相に向いた。


「本日の閣議は、国王陛下、王妃殿下の御病状とこの不祥事の経緯について、大臣諸侯が王城管理の責任者たる宰相閣下に御説明を求めてのものです。ではミンストレル侯爵、(つまび)らかにお話しくださいますでしょうな?」


 問われて宰相は血色の無い、青黒くすら見える顔を持ち上げた。


「申し訳ないが、お集まりいただいてお話しする程のことはない。既に各位にお知らせした以降の侍医の話では、病は篤く、原因、病名は共に不明。お二方とも未だ御意識は戻られない。液状のものであれば御口に入れれば嚥下されるので、滋養のある潰し粥と水を時間を掛けて少しずつお飲ませして体力の維持を図り、病に打ち勝たれるのを待つのみと。これ以外に付け加える事は無い」


 重々しく説明すると、漸く他から声が上がった。外相キールス侯爵だ。


「宰相、倒れられた時から、少しでも御快復の御様子は見えないのか? あるいは(むし)ろ重いのか?」

「キールス候、侍医は変化無しとしか申しておらん。この件、いずれは諸国に伝わるだろうが、外相として(あらかじ)め御対処の準備をお願い致す」

「勿論それは我が職分、貴公に言われるまでもない」


 キールス候がむっとして返事をすると、横からウルブール法相が割り込んだ。


「侍医や侍従長をこの場に呼んで説明させることはできんのかな?」

「侍医が言うには、万が一に流行り病であれば脈を取る自分にも既に感染っているかも知れず、さらに拡げぬように事落ち着くまでは他人との接触は最低限にしたいと。私とも、一日に一度、それも短時間しか会おうとしない。侍従長と侍女取締も、日常業務は下の者に任せてそれぞれ陛下と妃殿下の部屋に詰め切りだ」

「それでは止むを得んな。万々一、我々までもが罹患することがあれば、国が立ち行かなくなる」


 法相が応じると、何人かが頷く。


「それ故、このようにお集まりいただいても特別にお伝えすることは何も無い。申し訳ないが、多忙のためこれにて散会と致したい。では失礼する」


 宰相はそう言ってそそくさと席を立とうとした。

 だが、そうはさせじとシェルケンが急いで声を掛けた。


「お待ちあれ。流行り病と言われたが、ではどこから感染されたのか?」


 問われて宰相は止む無くまた腰を席に戻した。返す声にも渋い色が隠せない。


「流行り病と決まったものではない。万一を恐れてということ」

「物事は悪しきを先に考えるべきでしょう。もし流行り病とするならば?」


 追求され、宰相は渋々ながらも答えざるを得ない。


「現在の所、王城関係者に同じ症状の病を得ている者はいない。それ故に万一と申した」

「全員がそうですかな? 陛下、妃殿下が発症される直前にお傍にいて、今、健康状態を確認できない者は皆無ですかな?」


 シェルケンが声を励ませて迫ると、宰相の横から蔵相ブラウが口を挟んだ。


「シェルケン侯、給仕をしていた侍女のことだな?」


 有難い援護の矢である。シェルケンはこれ幸いと「蔵相閣下、如何にも」と応じて語を継いだ。


「宰相、その侍女は今どこに? その者は発病してはおらんのですか?」

「わからぬ。事起きた時には姿が見えず行方も知れず、確かめようがない。自室は日常の様子のままで、逃奔(とうほん)するつもりがあったとも思えぬ。各門衛に尋ねても、通っていないと言うばかりだ」

「それはいけませんな」


 有りの儘を言うしかない宰相の答えを聞いて、シェルケンは気遣わしげに額に皺を寄せる。そのくせに声は得たりとばかりに大になった。


「その者の行方が知れぬとあらば、打つべき手は決まっておりましょう。それに気付かぬとは、宰相、如何なものか」

「打つべき手、とは?」

「自明のことをお尋ねになるとは、宰相としての器が問われますぞ」


 挑発するシェルケンの言い様に宰相はむっとしたが、努めて冷静な声で尋ね返した。


「……先ずはその手をお教えいただきましょう」

「では申し上げるが、万一とはいえ流行り病を恐れられるのでしょう? であるのに、感染源の恐れの者の行方が知れず、しかも未だ城内にいる可能性が高いとあらば、いつ、その者から城内に病が広がるやも知れぬではありませんか。(しか)らば今城内にいる全ての貴族を感染から守るべく、速やかに下城させるべきでしょう。さらにその諸侯が元となり城下に広まる惨事を防ぐため、邸にて四十日間禁足(クアランチン)の検疫を申し付けて静養させるべきかと」

「……」

「王城に残るべきは、王家御一族の生活を支えて働く者たちと、そして……」


 シェルケンはそこで三文芝居のように体を大きく振って出席者を見回してから続けた。


「そしてこの事態に当たる能力を持ち、指揮をとる責任に耐え得る者たちのみ」


 傲然と言い放ったシェルケンに、宰相は口を開いた。「待たれよ」と言おうとしたその時に、それに覆い被せてブラウ蔵相が大声を出した。


「然り、然り。私はシェルケン侯に賛成致しますぞ。国王陛下がおられぬ今、貴族の安寧を図るは我らが責務。それに最初に思い当たられたシェルケン侯、感服致しましたぞ」

「痛み入る。ローテ侯、侯の御存念は?」


 シェルケンはミンストレル宰相に口を挟む隙を与えぬように空かさず農相ローテ侯爵に話を振る。ローテは一瞬宰相に視線を流したが、すぐに前を向き直った。


「ブラウ侯に同意。貴族に病を広めるわけには参らん。今まで手を(こまね)いたミンストレル侯にお任せするのは危ない」


 ローテが先の言葉通りに自分の後押しを選んだことで、シェルケンの顔が喜びの、ブラウの顔が安堵の色を表した。これで大臣の内の二人。あとは外相キールスだ。


 ブラウはキールスの顔を盗み見た。彼は瞑目して思いに沈む振りをしている。突然に始まった政争に驚きながらも、ここは気配を消して様子見し、場の流れを読み勝ち馬を見極めようと都合良く考えているのだろう。もう一押しだ。

 今度はシェルケンに目配せをする。シェルケンはそちらを見ないように気を付け、精一杯に冷静を装って発言した。


「今一つ、宰相に確かめたいことがある。(くだん)の侍女、哀れどこに倒れているやもしれぬ。捜索状況をお聞かせ願いたい」

「それは、城内(くま)無く捜索中としか言い様が無い」

「隈無く捜索中。誰が捜索に当たっているのですかな」

「……城内及び周囲は近衛、城外の付近の街中は衛兵に手配書を回して捜させている」

「近衛と衛兵。ということは」


 シェルケンは言葉を切ってまだ動きを見せないゲルプ内相に向いた。


「内相閣下もお働きになっていると」

「……如何(いか)にも」


 渋々応じる内相に、シェルケンは意気揚々と追撃を放つ。


「それでも見付からぬとは、困りましたな」

「手は尽くしている。陛下と妃殿下が発見された少し後、王城の廊下で見掛けた気がすると言った者がいるが、それ以降は今のところ跡形も無く消え去っている。自室は勿論、持ち場の厨房辺りにも全く気配がござらん」

「それはまた面妖な。外に出た形跡が無く、内にも気配無しですか。はてさて、隈無くとは申されても……」


 シェルケンは内相に当て付けて大袈裟に首を振って見せる。

 その時、それを聞いて外相キールスが瞑っていた目を開いた。その様子を窺っていたブラウが空かさず問い掛けた。


「外相閣下は如何にお考えになる。今後をミンストレル侯に任せて構いませんかな? 王城管理の総責任は宰相にある。今回の事態を生じせしめたミンストレル侯に引き続き采配を揮い続けていただきたいでしょうか?」

「私としては……」


 キールスが口を開いた時に、ゲルプが遮った。


「待たれよ」


 味方の攻勢の流れを遮られてシェルケンが白地(あからさま)に嫌な顔をゲルプに向けた。


「何ですかな、内相閣下?」

「お話を聞いていると、(あたか)も宰相を挿げ替えて、ミンストレル侯の座にシェルケン侯を座らせようとするかのように聞こえるが、国王陛下の御裁可無しにそのようなことはできませんぞ」


 ゲルプが議論の行く手に立ちはだかろうとしている。その引き締まった顔が厳しい。

 シェルケンは慌てて口の両端を上げた。だがその眼は全く笑っておらず、心中では懸命に形勢を量っている。

 内相はその管轄に近衛と衛兵を持つ武闘派だ。正面突破しようとすれば必ず反撃を受けるだろう。議論が荒れれば、どっちつかずのキールスがまた身を引いて局外に出ようとするだろう。ここは何とか身を躱し、横に()なして崩すのだ。残る法相ウルブールは王族ユークリウス殿下の親戚で、権力争いからは常に一歩身を引いている。内相さえ()り込めれば、キールスは必ずこちら側に旗を立てるだろう。


 シェルケンは笑顔とも付かぬ不気味な表情のまま首を縦横曖昧に振って応じた。


「その通り、勿論おっしゃる通りですとも。今申し上げているのは、この危急の間の(かじ)取りを誰がすべきかと言うことのみ。貴説通り、位階を云々すべきではない危急の時となれば、御指摘された貴公も私に御賛成いただけますな?」

「……」

如何(いかが)かな?」

「……」


 ゲルプが口を閉ざした。しめた、反論の糸口を見出されぬうちにと、シェルケンはさらに追い打ちを放つ。


「失礼を承知でさらにお尋ねする。今まで問題の侍女が見付からぬのは、近衛・衛兵両局を配下に持つ貴公としてはどうお考えかな?」

「どうもこうも、捜索に全力を尽くすのみ」

「なるほど、それではミンストレル侯に同情されるのもわかりますな」

「私自身の落ち度を守るために宰相を庇うと言われるか。それは失敬な」

「つまり、ミンストレル侯の落ち度はお認めになる?」

「そうは言っておらん」

「これは再び失礼。内相、誤解されぬよう。懸命の捜索の御努力、御苦労をお察し致す。私としては貴公がどうこうとは考えておりません。只々(ただただ)、流行り病が貴族に広がるのを貴公らと共に防がんとするばかり。だが、その采配をミンストレル侯にお任せする気にはならんと申し上げている。諸侯、賛否は如何か」

「賛成」「賛成」「……賛成」


 シェルケンの力を込めた問いに対し、間髪を入れぬブラウ、ローテに続いて、遂にキールス侯爵が応じた。六人の大臣の内で当人で採決に加われないミンストレル宰相を除けば、残るはゲルプ内相とウルブール法相のみ。二人が否を述べたとしても三対二、大勢は決まった。

 

 勝勢にシェルケンとブラウが喜色を表し、非勢の側は顔色を消す。

 非勢となれば、退き足は速いほど良い。


「であれば、私は御賢策通り、貴族諸侯に率先して邸に引かせていただくとしよう」

「私も。得体も虚実もまるで知れぬ流行り病とやらのことはお任せしてよろしいのでしょうな?」


 ゲルプ内相とウルブール法相が相次いで皮肉交じりに撤退を表明すると、シェルケンは満足そうに頷き、そっと付け加えた。


「御随意に。勿論、お二方の職分もこちらでお引き受けしましょうほどに」


 だがその提案は受け入れられなかった。ゲルプがぴしゃりと言い返す。


「それはお断りする。邸に戻るは、あくまで未だ原因の定まらぬ病の万々万一の感染を防ぐため。そうでしたな?」

「……如何(いか)にも」

「執務は邸に於いてもできますからな。近衛将軍にも衛兵局長にもこちらからそのように伝えますので御心配なく」

「私の方も同様に。外相閣下は如何(いかが)ですかな?」


 ゲルプとウルブールが口々に権限移譲を断り、キールスに誘いを掛ける。

 腰の定まらない彼が権力を奪われるのを恐れて寝返っては一大事。シェルケンは慌てて遮った。


「いやいや、お二方、外相閣下も、勿論、お働きを続けられるならば、言うまでもなくそれは結構至極、私としてはあくまで暫しの間、宰相の御苦労を肩代わりしようというだけです」

「それならば結構。宰相閣下、お疲れの御様子でもある。ここは暫く休まれては如何かな」


 ゲルプに水を向けられ、黙り込んでいた宰相が口を開いた。


「そうさせていただこう。シェルケン侯、後をよろしくお願いする。流行り病は今はまだあくまで可能性だけのもの。(いたずら)に煽って貴族や庶民に恐慌を招かれぬようにしていただきたい」

「承知しておりますとも」


 最早顔から喜色を隠さないシェルケンは大きく頷くとメリエンネ王女に向いた。

 その瞬間皆の注目が王女に向かい、宰相が王女に送った目配せにはシェルケンもブラウもローテも、そしてキールスも気付かなかった。

 シェルケンは王女に芝居のように恭しく頭を下げた。


「姫様、御覧のように、宰相の権限は一時このシェルケンが代理としてお預かりすることになりました。よろしいですかな?」


 頭を上げてにやにやとシェルケンが気持ち悪く笑いながら自分を見る。

 メリエンネは拒否したいと思ったが、その権限は無役の自分には無い。それに宰相の目配せからすれば何かがあるのだろう。今は成り行きに任せるしかない。

 ただ、これは言っておかねば。


「先程もあったように、大臣の人事は本来国王陛下がお決めになる事。私が決められる事ではありません。諸侯も陛下の大権を犯そうということではありませんね?」

「勿論ですとも、姫様」


 最早自分が諸侯の代表と、シェルケンが臆面も無く宰相を差し置き周囲も見ずに返事をし、メリエンネの不快感がさらに増す。


「陛下と妃殿下のお苦しみの間に勝手なことがなされぬよう、お振舞いは慎まれるでしょうね?」

(しか)るべく。陛下が御本復までの間、領主はそれぞれの領を守るために懸命に励むでしょう。何かあってもそれはそれぞれの領のこと、国には(わずら)いを掛けぬように」

「あと一つ、陛下と妃殿下の御看病に当たっている侍医、侍従侍女たち、そして侍従長と侍女取締には、如何なる負担も掛けぬように。もしも彼等に何かあったら、私は王孫として決して許しません」

「承知致しました。姫様」


 シェルケンの答えにメリエンネは頷いた。今の自分の力では、貴族同士の争いに介入することはできない。

 王太子である父が元気であったなら。自分自身が貴族に勢力を持っていたならば。だが今はそれを言っても仕方が無い。少しでも国王陛下の威厳を守り、祖父と祖母の回復を祈るだけである。


「では、そのように。他に無ければ、私は退席します。ドロテアを呼んでください」


 扉が開いて侍女が呼び込まれ、車椅子を押されて王女が去ると、ゲルプとウルブールも立ち上がった。


「では私はこれで」

「私も。宰相、よろしければ御一緒しましょう。他の貴族も下城とならば城門はごった返すでしょう。巻き込まれては、そのどさくさに紛れて何かをする輩に出くわさないとも限りませんからな」


 宰相はシェルケンの目を見てそこに侮蔑の色を読み取ると、ウルブールの誘いに応じて立ち上がった。


「感謝致す。何、どさくさはこれから暫く続くでしょう。病の餌食とならぬよう、気を引き締めて参りましょう」


 そう言い捨てると、ゲルプとウルブールと共に部屋を出る。

 部屋の扉が閉まるのを待ち切れぬようにさっきまでメリエンネ王女殿下がいた、通常なら宰相が占める席へと移るシェルケンの高笑いが響き、去って行く三人の耳に突き刺さった。



 三人は黙して王城の廊下を歩いて外へと向かった。馬車寄せでそれぞれの車が来るのを待つ間に、ミンストレルは二人に近寄って小声で囁き掛けた。


「お静かにお聞きを。実は毒の可能性が高い」

「何と。いや、やはりと言うべきか」「では連中が?」

「証拠が何も無い。肝心の侍女も恐らくは既に。どうか方々もお気を付けください」

「承知した」「だが一番危ないのは宰相閣下、貴公でしょう」

「覚悟はしております」

「どうかお気を付けて」「御無事で」

「感謝致す。では」


 二人が見送る中、宰相の馬車は静かに王城を出て行った。

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