目覚めし者の夢16
「親父の遺産……」
ゆっくりと、反芻するような彼の声が俺たちの他は誰もいない面会室に響く。
「そうか、逝ったか……」
それから続いたのは、ただぼそりと続けたその一言。
流石に即座に話を進める気にもなれず、しばしそのまま黙る俺たち。
大方、弁護士事務所が関わって来る案件となればそれぐらいしかない――もっと言えば、薄々にせよはっきりとにせよ、父親はもう長くないと分かっていたのだろう。
「……それで、その件で私に何を?」
「ご依頼主のお話では、相続に必要な手続きがあるとのことですので、可能なら一度ここを出てご面会いただくか、或いは書面での回答が必要になります」
俺も遺産相続に関するこの国の法律はよく知らないので詳細については依頼人自身に任せるしかない。
「そうか……」
それだけ言うと、彼は天井を仰ぎ見た。
何か考えを巡らせているのだろうか――そう思っているうちに結論が出たようだ。
「分かった。実際に会ってみましょう。ここには外部に連絡する手段もありませんから、弁護士に連絡するだけでも外に出なければ」
彼の中で決着がついたらしい。
と、今度は彼から切り出して来た。
「例えば今日、このまま連れ出してくれることは可能ですか?」
「ええ。ご準備が出来るならば、この後我々で弊社スタッフとの合流地点までお送りします。そこからニューサイスまでお送りいたします」
それを伝えると、彼は即座にソファから腰を浮かせた。
「出張の申請や荷物を準備しなければならないので、ちょっと話を付けてきますが、それさえ終わればすぐに出られます」
「出張……ですか?」
不思議そうにエリカが口を開いた。
「ええ。ここでの仕事がありまして、中々無断で離れる訳にもいかないのです。ただ、今はそれほど切羽詰まった状況でもありませんから、なんとかなると思います」
そう語る彼は、まるでそれが普通の仕事であるかのような様子だった。
陰謀論者のコミュニティーにおける仕事がどういうものかは分からない。だが少なくとも、彼にとっては居心地の良いものなのだろうというのは、その表情でなんとなく分かった。
まだ俺が日本にいた頃の話。ほとんど会社に住んでいるのではないかと思うような先輩がいた。
毎日誰よりも早く出社して、時には休日出勤も厭わず、その上それらをタイムカードには記録しないという、経営者からすれば全ての従業員を彼のクローンにしたいだろう人物。
俺は別に辛くないし、仕事が楽しいしからいいんだよ――そう語ったその人物と、目の前の陰謀論者は放つ雰囲気がどことなく似ていた。
何となく、彼の考え――というか、心境は察しが付く。その先輩と、前川の両親の話を目の前の男の中に合成する。
冷え切った家族仲。このコミュニティー。陰謀論というものの性質。
所属する場所が与えられる。隠された真実を知っている者であるという優越感。
その二つが重なり合って、彼にとってはここが楽園なのだろう。
故に、外に出て家族や親戚と会ったり、遺産相続という問題について話し合うのは、彼にとっては“出張”なのだ。
帰属感と優越感、ある種のエリート思想、仲間のために貢献しているという自己実現。
まあ、そんなところだ。
「そうしていただけると助かります」
そんな邪推をおくびにも出さず、それで話を終える。
彼と共に談話室を出ると、扉のすぐ横にツナギの男が一人で待っていた。
「CPよりアルファ、聞こえているか?」
その時不意に聞こえてきた、その後に続くのだろう言葉がどんなものなのか簡単に予想できる強張ったエルマさんの声。
「そのモールの周囲に警備部隊が集まってきている。かなりの数だ」
予想通り、いや、予想よりも悪いか。
そんな事は露知らずのツナギの男から預けていた武器を引き取る。
と、こちらもそんなことは露知らずといった様子で、外の扉からショットガンの男が駆け込んできた。
「同志バウカー、どうかしたのか?」
「同志ファム、昨日同志チェスターと一緒だったな?奴がどこに行ったのか知らないか?どこにも姿が見えない」
ショットガンの男ことバウカーが慌てた様子でそう尋ねる。
その回答の代わりに俺たちの耳に届いたのはエルマさんの声。
「その場所がバレている!モール周辺に結集した部隊が一斉に向かってきている!!すぐに離れろ!!」
そして、それさえかき消すような爆発音と、開けっぱなしの扉の向こうに迸った閃光。
「ッ!!?」
全員が身を屈める。轟音は更に続き、それから怒号、悲鳴、銃声、断続的な爆発音と、何かが大質量に押し潰される音。
「なんだ!!?」
バウカーが叫び、仲間二人と共に音がした方へと駆けだしてく。
「駄目だ!そっちは――」
叫びながら俺たちも追いかける――彼らの最後尾にいるエルウィン氏を追って。
事前に伝えることが出来なかったが今からでも遅くはない。彼だけでも無事にここから連れ出さねば。
その追跡はすぐに終わった。
新東棟から出て直ぐの所で、彼等は呆然と立ち止まっていたから。
その先頭にいたバウカーが漏らした声は、俺たちを含めた五人全員の共通の感想だっただろう。
「何だあれは……」
目の前で爆風に揺れている金網の向こう、変わり果てた彼等のコミュニティー。
家や倉庫の代わりになっていたコンテナ群は炎に包まれ、大型ドローンがその腹側から切り離した滑空弾が更に爆発と炎上を拡大させていく。
その中を逃げ惑うコミュニティーの人間たち。
半分以上は丸腰のそいつらを、突入した兵士たちが一方的に虐殺していく。
そう、虐殺だ。戦闘ですらない、武器を持たない相手への一方的な殺戮だ。
サイストック全域でよく見かける――そして先程も銃火を交わしたLD兵ではなく、全身を装甲化外骨格と呼ばれる鎧のようなギアで覆った兵士たちが逃げ惑う連中を無差別に撃っている。
時折武器を持ったコミュニティー側の人間に反撃を受けているが、装甲化外骨格には恐らく傷一つついていないだろう。
そしてそうした僅かな反撃も彼らの持つMGやオートマチックショットガン、更に彼らの後ろからやって来る、ニュートロフィルをワゴン車より一回り大きいサイズに相似化したような大型無人兵器=NMA-05LTマクロファージに搭載された12.7mm機銃によって瞬く間に消し飛ばされていく。
逃げなければ――そこに頭が行くまでの数秒間、俺たちは間抜けのように全員棒立ちで、その惨劇を眺めていた。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




