目覚めし者の夢15
外に出て、改めてその建物を一望する。
「あれが……」
「サイストックプレジャービレッジ。かつてこの町で最大の商業施設だった場所だ」
先行するショットガンの男がその名を告げた。
ここから見えるのは東棟と中央のタワーだけだが、本来はそのタワーを中心に反対側に西棟が存在し、翼を広げたような形になっている。
「あれ程巨大な施設が警備部隊に認識されていないとは」
「いや、あれ全部じゃない――」
ショットガンの男の指先には、工事現場のような背の高いフェンスに覆われた区画。
東棟の端から伸びている連絡通路の先にあるらしいその場所は、その連絡通路以外の全域がフェンスに囲まれており、ここから中をうかがい知ることはできない。
「あのフェンスの中の新東棟だけだ。その中が俺たちのキャンプだよ」
新東棟だけと言っても、その区画だけで十分な広さがあるのは、正面の駐車場を迂回した細い通路を通ってそのフェンスに近づいていく途中の時点で明らかだった。
「元々、このモールの運営はこの除染プラント……政府がそう呼んでいる建物が出来てすぐに誘致されたが、その頃に建てられた本館は当然ながら警備部隊も把握している」
普段は滅多に誰も来ないがな――そう付け足しながらショットガンの男は続ける。
「だが、新東棟が造られたのはかなり後、LDの勢力が拡大してからだ。冷戦真っただ中で、やれ治安維持だの経済安全保障だのと、色々理由を付けてビル一棟建てるのに必要な届け出なり審査なりがそれまでの何倍も煩雑になってな、町の実権を握っていたLDにいくらか握らせて、その辺の審査をパス……というか、存在しないものとして扱わせた。当時じゃよくある話だ」
チェックが厳しくなりすぎると却って隠蔽が増えるという典型だろうか。
その状況で厄介事を金で片づけてくれる存在がいるのなら、まあそちらに話を通すのは人の情というものかもしれない。
――もっとも、その後までたかられることになる可能性は非常に高いが。
そんな話をしている間に俺たちはフェンスの前に到着した。
巨大な鉄板をそのまま引き戸に流用したようなゲートが俺たちを迎え入れる。
「その二人が来客か?」
「ああ。同志ファムに用があるそうだ」
ゲートの前にいた守衛とショットガンの男が言葉を交わし、俺たちは中へ。一瞬だけこちらに向けられた守衛の胡散臭そうな表情には気付いていないふりをした。
どうやら建物だけでなく、その周辺まで彼らのキャンプとなっているらしい。新東棟をぐるりと取り囲む遊歩道の横には、外航船に積まれるような大型コンテナを流用した住居や何らかの倉庫が並び、そこを行きかう者達が、通り過ぎ際に俺たちの方をちらちらと――大概は守衛の男と同じような――視線を向ける。
「あいつらは保全隊で、普段このキャンプ内にいる。だから外の連中が珍しいだけだ。許してやってくれ」
ショットガンの男がその恐らくメインストリートなのだろうエリアとその隣を区切っている金網のフェンスを通過する際に言った。
フェンスの向こう側になってから振り返る。ここから見る限りその保全隊とやらの構成は老若男女様々だが、一度も社会に出たことが無いという様子の者はいない。それどころか、日本ならそろそろ定年だろうかという歳格好の者も少なくなかった。
「保全隊?」
「俺たちのキャンプは役割で分担が決まっている。ここの運営を担当しているのが保全隊だ。さて、着いたぞ」
そう言ってショットガンの男が示したのは、新東棟に通じる扉だ。
「STAFF ONLY」という表示が塗りつぶされた跡のあるそれをくぐると、劣化したリノリウムの廊下の左右に扉が向かい合っている。恐らく在りし日には新東棟に入っている店舗のバックヤードだったのだろうその扉のうち、左側の中へと通され、殿を務めていたツナギの男が扉の前に控えた。
「武器はここで預かる」
彼がそう言って、部屋に入ってすぐのロッカーを示す。
専用のガンロッカーではないのは一目瞭然だ。十中八九、ここの従業員のロッカーをそのまま流用したものだろう。
「……」
部屋を見回す。
殺風景で埃っぽい十二畳ほどの空間の真ん中に木製の大きなテーブル。それを挟んで合皮のソファが二つ。
ここで件の人物と接見になる。つまり、俺たちの武器はこの部屋の中にあるという訳だ。
「分かりました」
受け入れて自らの手でロッカーに装備品を預ける。ざっと見た限り、ロッカーの中に仕掛けの類は見受けられない。
練度はお世辞にも高くないがこいつらも武装しているし、何より数で圧倒的に勝る相手の本拠地の中だ。下手に騒ぎを起こす訳にもいかない。
「ここで待っていてくれ。呼んでくる」
そう言ってショットガンの男が俺たちに席を勧めて部屋を辞し、程なくして戻って来た。
「突然お尋ねして申し訳ございません」
俺もエリカも立ち上がって頭を下げる。
「モーラー・アルファ社のエリカ・クラカワと申します」
「同じくレブ・シドウェルと申します」
それぞれ名乗る。名刺はないが、この業界では珍しくない。どうやらこのキャンプも同様のようだ。
改めてその相手を確認。目の前にあの写真の人物。写真より皺が深く白髪も多く、無精ひげが目立つが、それでも若い頃は美男の部類に入っただろう初老の男。
俺たちに手を差し出して握手を交わした彼が、今回の依頼のうちの片方=遺産相続の件を伝えるべきエルウィン・ファム氏その人だ。
「私に何か?」
テーブルを挟んで向かい合う。
一度俺とエリカで目を合わせ、それから俺が切り出す――単刀直入に行こう。
「実は、キーガン&サイクス法律事務所の方からのご依頼で伺いました」
その名前に対して、彼の眉根がぴくりと動く。
直感:何の件かは感づいている。
その証拠に、一度彼は後ろを振り返ると、ガンロッカーの横に待機していた二人に席を外してもらうように伝える。
彼等の背中が扉の向こうに消えたのを確認してから、俺は改めて切り出した。
「単刀直入に申し上げますと、お父様の遺産相続の件です」
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




