目覚めし者の夢9
物音を離れ、無人のバラック群を抜ける。一区画離れるだけで、随分と静かになるものだ。
「ここだな」
すぐに目の前に現れたのはかつて水路だったのだろう空堀。
上水だか下水だかは分からないが、水が流れなくなって久しいそこには、この環境で一体どうやって溜まったのか分からない土がその干上がった川底を埋め尽くし、その上に背の高い雑草が生い茂っている。
「CPよりアルファ、水路周辺に敵影は確認できない。今のうちだ」
「了解。よっと……」
エリカが先行する。
周囲よりも一段低く、襲撃された際に逃げ道はないが、先程の警備部隊を回避して進むにはここしか通り道はない。
CPの言葉を信じてその土の上に降りると、外から見えないように腰を落として慎重に進む。川底の泥は所々盛り上がっていて、その地形に乗り上げれば簡単に無防備な姿をさらすことになる。
結果、もし水があったら流れているだろう経路を、頭を下げて進むことになった。
水路は真っすぐ伸びていて、その流域のすぐ際までバラック群は迫っている。もし下水だったら、この際に暮らす者は窓を開けたり洗濯物を干すのは躊躇われただろう――そんなことを言っていられないような立場の人間ばかりだったのかもしれないが。
「よし、ここだ」
と、ほどなくして現れた水路に架かる橋の下で足を止めるエリカ。
新しく指定されたルートでは、ここで水路から上がってバラック群に戻ることになっている。
「アルファ1よりCP。水路の橋に到着しました」
「CP了解。今なら進路上に敵はいない。岸に上がれ」
「了解」
答えてからすぐ、エリカが念のため進路上を警戒する。彼女の身長ではつま先立ちにならないとここから路上の確認は難しい。
「……っとと」
「おっと」
それまで屈んでいて急につま先立ちになったからか、危うくバランスを崩しそうになったのを背後で受け止めると、彼女は少し恥ずかしそうに笑った。
「へへ……、ありがとう。異常なし」
「了解。進もう」
今度は俺が岸をよじ登り、即座に彼女を引っ張り上げる。
登った先は降りた時と同様に細い路地だが、A24バンカーのある大通りに通じる辺りで崩落したトタンや建材、何に使うつもりだったのか分からないセメント袋などで塞がれている。
これもよじ登るか――即座にその考えは却下。
「この中を抜ける」
「了解だ」
岸に上がってすぐ目の前にあるバラックの跡、というか崩落した元バラック。
天井がなくなって、壁も所々崩れているそこは、最早扉の類すらない。
その中を通り、二間続きだったのだろうそこを通過して、裏口だか玄関だか分からない反対側にぽっかり空いた通用口へ。正面には別のバラック。その左手には交差点ともロータリーとも呼べないような、ちょっとした広場のような開けた場所。
「止まって、数が多い」
それを望む通用口の左右に身を隠しながら、目の前のちょっとした広場に目をやる。
そこに集まっている四体のLD兵。それらに囲まれているのは、先程バンカー前で殺された者達の仲間だろうか、恐らく野良モグラだろう男が二名。
どちらも椅子に座らされ、両手を後ろに組んでいる――見えなくても、その腕がどういう状態かは明白だ。
そして、この後その二人がどうなるのかも。
「可哀想だけど……」
悔しさを噛み殺すようにしてエリカがそう漏らした。
俺たちが手を出してどうにかなる状況ではない。捕虜を囲んでいるだけで四体。そして恐らく他の場所にも分散している。
一度でも発砲すれば、即座にそいつら全員に位置を教えるようなものだ。
「……」
その不運な連中の最期を見守るしかない。
LD兵の一体が、縛られている男の片方の耳元で何かを囁く。
かなり衰弱しているのだろう、捕虜の男はうなだれたまま力なく首を横に振る。
更に繰り返すLD兵の囁き、再び首を横に振る捕虜。
不意に何かを尋ねていたLD兵が顔を離し、それを合図のように捕虜が問われる前と同じようにうなだれる。
「「ッ!」」
直後、銃声が一発。
うなだれた捕虜の頭が揺れ動き、辺りに用済みになったそいつの“中身”が飛び散る。
そしてその処刑は、沈黙し続けたそいつの相方の方をありったけの声で叫ばせた。
「ああああっ!!!てめえ!!何しやがる!!?」
叫ぶ捕虜を別のLD兵が押さえつけて殴り飛ばす。
「クソッタレ!!!てめえらイカレていやがる!!!」
更に捕虜が叫ぶ。自棄になっているのか、恐怖で気が触れたのか、その凄まじい叫び声は処刑者たちを前にして一向に収まらない。
――厄介なのは、その捕虜が頭を撃ち抜かれる前に俺たちの方を見た事。
その時俺と目が合った事。
「ッ!!おい!おいあんたら!!助けてくれ!!!」
そして、奴の最期の言葉がそれであった事だ。
「クソッ!コンタクト!!」
一斉にこちらに目を向ける四体のLD兵。
最早隠れることはできない――反射的な判断と同時に毒づきつつ、俺はそのうちの一体に向けて引き金を引いた。
「下がって!」
同様にエリカが銃撃を浴びせつつ叫び、彼女に倣って後退。
三体に減ったLD兵の7.62×51mmが、俺たちの隠れていたボロボロの薄壁をボール紙のように吹き飛ばしていったのは、その壁を貫通した弾から、間一髪で二間の間の壁に隠れたのとほぼ同時だった。
「CP!敵に発見されました!現在交戦中!!」
「了解した!そちらの位置に周囲の部隊が集まっている!すぐにそこを離れろ」
言うは易しだ。その事は恐らく発言者も分かっているだろうが。
「ッ!」
報告の間、こちらは更に銃撃を繰り返す正面のLD兵から身を隠すため、壁の裏で伏せる。恐らく壁の材質では先程穴だらけになった外のそれと変わらないだろうが、幸いなことにこっちには柱が近い。
「ん……」
銃声が止む。一瞬だけ顔を出す。
「来るか……」
LD兵三体が、銃口を室内に向けながら正面の通用口に接近してくる。
「よし……」
ポーチからスタングレネードを取り出すと、それを認めたエリカと目配せ。
配役は決まった。後は連中との距離だけだ。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




