スリーカード31
「ッ!」
全身の勢いで扉を開いて外へ。
砕かれた窓から差し込む僅かな月光が、僕の頭の中にあったのと同じ光景をぼんやりと映している。
廊下に出たカナ。その前に倒れている恐らく侵入者なのだろう人物。
カナに覆いかぶさって、身を挺して守ろうとしてくれているモーラー・アルファ社の女の子。
そしてその二人に銃を向けている、僕の目の前のもう一人の侵入者。
「うわあああ!!!」
月光が、その手の中のバカでかいリボルバーを銀色に光らせたのが目に入った時、僕はそいつに後ろから躍りかかっていた――右手の中にあった代物を振りかぶって。
「ヴッ!!?」
右手に湿った感触。
スタンバトンによってまともに電撃を喰らったのだろう侵入者の手から落ちたリボルバーが、床に当たってガチャンと音を立てた。
「はぁ……はぁ……」
「えっ……」
目が合う。カナを守ってくれた女の子と。
彼女の下で、もぞりとカナが動く。それを見た時不意に、僕は自分がどういう状況にいるのかを理解した。
「だあれ……?」
そして月明かりによって生じた影が、まだ僕の正体をカナから隠していることも。
「……ッ!」
その時僕は初めて、自分の左手の中に入っているのが、先程までデスクの上に転がっていた、いつか手に入れたボイスチェンジャーだったことに気付いた。
なんでそれを持ち出したのか分からない。先程、色々考えて時に取り出していたから、多分その感覚で咄嗟に持ってきてしまったのだろう――だが、せっかくだ。
「どうぞご内密に、お嬢さん」
それを通して発した言葉は、間違いなくライトシュミッドのそれ。
自分でもよく分からないが、僕が暴力をふるったという姿を見られたくないという強烈な思いが体を突き動かしていた。
あの子に暴力的な姿を見せたくない――その方針は変わらない。
僕はこの子の親代わりなんだ。たとえ、不適格だったとしても。
「ありがとうございます。さっ、カナちゃん中に入って」
幸い、カナを守ってくれた彼女がすぐにカナを部屋に戻してくれて、その隙に僕も部屋に戻った。
「ハ、ハ……ハハ……」
扉を閉め、そこにへたり込む。
僕は一体何をしているのか、自分でも分からない。
手から零れ落ちたボイスチェンジャーが、先程の拳銃より遥かに小さな音を立てて転がった。
「アルファ1よりオールコールサイン。侵入者は全て無力化。ラケルタを確保」
インカムにその声が聞こえてきた時、僕が何を答えたのかは、まったく思い出せなかった。
※ ※ ※
室内はどうやら一難去ったようだ。俺とジェフが顔を見合わせる。
「アルファ1、中の被害は?」
「人的被害はなし。私も含め全員無事」
なら、ガラス一枚は大目に見てもらおう。
――と、それどころではない。
「了解。……こちらは増援」
それを彼女にも伝えて、道路の向こうに揺れている――そして滑るように近づいてくる――複数の光に銃口を向ける。
降下部隊と同じタイミングで来られなかっただけ良しとしよう。
「こちらでも見えた。数を減らす……」
エリカの声が通信で返って来る。
だが、それから銃声が響くことは一切なかった。
「全員武器を捨てろ!ニューサイス警察だ!!」
辺り一帯に拡声器を通した声が響き渡る。
どうやら、ようやく待ちわびた連中のご到着だ。
その後は随分細々と、彼等の相手をすることとなった。
相手をすると言っても当然銃火器を用いてではない。指示に従って大人しく武器を捨て、自らの立場と状況の説明、それに襲撃者たちについての諸々に、彼ら=ニューサイス警察AITについて他言しないという念書。
全てが終わって解放された時には、既に日が昇り始めて辺りが白んでくる頃だった。
続々とやって来るAITの何倍もの都市モグラや商店街の連中。恐らくカプシス氏かブルドン捜査官によってだろう、動員されたそいつらによって運び出されていく死体。
そうした死体たちとは別に連行されていくラケルタ――後頭部をスタンバトンで殴打されても命に別状はないらしい。なんという丈夫さ。
余罪取り調べはこれからだが、これまでのスピットファイアの手によるものと分かっている事件だけでも、この男が残りの人生全てを堀の中で看守に小突かれながら送るのはほぼ確実だそうだ――それも、極刑を免れた場合のみ。
「……」
それらを見送りながらふと邪推する。
AITは初めから、俺たちとスピットファイアが決着するのを待っていたのではないか。
動員された連中は――いくらもらえるのかは知らないが――積極的に従っているし、さっきまでの取り調べの際にも俺たちは全員協力的に応じた。
だが、警察からしてみれば都市モグラは犯罪者でこそないとはいえ一般市民とは明らかに別の目で見る存在だ。また一般市民であっても“サイストック市民”はまた違うものとして扱うだろう。
そいつらとスピットファイアが争っているのなら、利用しない手はない。
「まあ、構わんが……」
それで不利益を被らない限り、他人の仕事のやり方に口出しはしない。
俺たちも仕事を全うするだけだ。
それきり、ラケルタを引っ立てるそいつらから目を手元の手書きメモに落とす。
目下の仕事は不発弾捜索。昨日仕掛けた全てのトラップの場所を記したエリカ謹製のそのメモを片手にそれを探し、もし残っていた場合は爆破処理する。
幸い、全てのトラップが問題なく機能したことを確かめるに終わり、ほっと胸を撫でおろしながら家に戻ると、中の片付けもどうやらひと段落ついたところだったようだ。
加えて、何やら飾りつけの真っ最中。そこで今日がカナの誕生日であったことを思い出す。
散々なスタートとなった誕生日だが、当の本人は元気そうだ。
「カナちゃん、昨日は怖かったね。大丈夫?」
「うん!あのね――」
エリカがそう尋ねた時、答える声は少し興奮気味だった。
「昨日の夜ね、サー・ライトシュミッドが来てね、悪者をやっつけてくれたの!これ内緒ね!!」
サー・ライトシュミッド=放浪騎士ライトシュミッドの主人公。
昨日の夜、俺たちが玄関前にいる間に何が起きたのかは分からないが、どうやらエリカとロックさんにはそれで通じたようだ。二人は互いに一瞬だけ目配せして、それから微かに微笑んだ。
とにかく、後はここを去るだけ。請求書は後日持ってくることになっている。
ただの調査依頼から随分大ごとになってしまったが、とりあえず一件落着といったところだ。
「本当に、本当にありがとうございました!」
そう言って、ロックさんは深々と頭を下げる。
これだけで十分な報酬――と言えば言い過ぎだが、それでも心地よい達成感があるのもまた事実だ。
「では、請求書は後日お届けに上がりますので」
だが、俺はあまり感謝され慣れていない。だからその連絡に更に付け加えておく。
「また御用がありましたら、是非モーラー・アルファ社にご用命ください」
その営業活動が功を奏したのか、逃げ隠れする必要のなくなった彼らが、カナの小学校編入に伴ってニューサイスに引っ越す際の手伝いの依頼が来たのは、それから一週間後の事だった。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




