目覚めし者の夢1
ロックさん一家の引っ越し手伝いの依頼を受けて再び第八環境調整区域を訪れたのは、スピットファイアの一件から二週間後だった。
前回の戦闘の後、当初の約束通り教えてもらった脱出ルート=第八環境調整区域に降りる途中の開かなかった扉をこじ開けた先の安全なルートを使っての荷物の運搬。普段のローダー業務よりは手がかかるそれは、引っ越し業者の偉大さと引っ越しを手伝ってくれる友達のありがたさを思い知ることとなった。
そして、ロックさんたちの一家。ニューサイスに新居を見つけ、ジェフは警備の仕事を見つけ、カナはプレクラス=諸事情により義務教育を受けるのが遅れた児童を対象とした編入前に授業に追いつけるようにするための教室を備えた学校に通うようになった。
「やっと、負い目が一つ減りました」
そう語るロックさんには頭が下がる。一体何を負い目に思っているのか知らないが。
ともあれ、その次の休日の昼下がり、俺は近所の食料品店に足を伸ばしていた。
ラーショナル・ミールの補給――ではない。あれは流石にもういい。最後の方は根性で食べきったが、流石にしばらくは御免被る。
という訳で、求めたのはこのところこの店で見かけて気になっていたものを二つ。
まず一つ目は粉末卵なる代物だ。個包装されたインスタントコーヒーみたいなそれに水を入れて電子レンジに入れれば、それだけでスクランブルエッグになるという便利な一品。
そう、電子レンジに入れれば、だ。
今日の昼、遂に俺は手に入れた。リサイクルショップに並んだ年季の入った電子レンジを。
これで料理の幅がぐっと広がる。
こちらに来て分かった事だが、料理の幅が広がるとそれだけで生活が豊かになった気がしてくる。
そしてその豊かさの第一歩=オムレツのような料理の写真と、その下に極小フォントで書かれた「画像はイメージです」の文字の入った粉末卵一箱を手に、もう片方の手にはよりずっしりとする二つ目。
「玄米か」
そう、米だ。
日本人としては非常にありがたい事に、アシュファーラでも米食文化は存在していた。
と言っても日本人のように常食する訳ではなく、こちらでの扱いは基本的に非常食だ――中にはそのまま食べる場合もあるそうだが。
そしてその用途の為、市販されている米は精米されておらず、白米を食べたい場合は精米機を用意するか、米の取扱店には大体併設されているコイン精米所を利用することになる。
「これでよし……」
いくつか銘柄があるが、今日は一番安い奴の2kg袋を購入。売られているのはほとんどが2kgか5kgで、日本のように20kgや30kgは出回っていない。そういう大袋は自治体や軍、消防などといった、有事の際に大量の保存食を用意する必要のある所以外にはないようだ。
まあいい。どうせ一人でそれだけ食べるのには相当な時間がかかるだろう。
レジを通し、袋詰めしてもらう。
「すいません。精米所ってどこにあります?」
「この建物を出てすぐ隣、コインランドリーの並びにありますよ」
「どうも」
受け取った米と精米用の袋を持って早速コイン精米所へ。
日本にいた頃、帰省した祖父の家の近くにあったそれを使ったことがあるだけだが、こちらでも使い方は同じだ。
コインを投じて米を入れ、搗き具合を選択してスイッチオン。後は待つだけだ。
祖父の家の近所にあったものだと5kgだが10kg以上からしか出来なかったはずだが、ここでは2kgでも精米できる。
1分ほど待てば白い米が出てくる。場所によっては糠を持ち帰れたりもするらしいが、ここにはそういうのはないため、米だけ持って帰路へ。
久しぶりの米食。ジャポニカ種ではなく細長いインディカ種だが、そこまでこだわりもない。たまに味が違うとかなんとかいう人もいるが、米が食えるという事実の前には些細な問題だ。
因みに、電子レンジを購入したリサイクルショップで飯盒も買って来た。米を食べる文化はあっても炊飯器という専門の家電を開発・普及する程ではないこの国で独身者が一食分の米を炊くには丁度いいだろう。
「おっ!」
「ん?」
精米所から出て来たところで、耳馴染みの声が呼びかけてきた。
反射的に振り向いた先には、最早お馴染みの声の主=昨日も一緒に引っ越しに駆り出されていた我がパートナーが、俺と同じ店名の入ったビニール袋を提げて立っていた。
「買い物?」
「ああ。そっちもか」
今日の彼女はいつもの制服やジャージではなく、ジーンズにシャツ、その上から厚手のジャケットというごく普通のいで立ちだ。
手に提げたビニール袋からは、インスタントのトマトスープの箱が飛び出していた。
「ああ、これ?」
その袋をひょいと上げるエリカ。
「この前、ロックさんとカナちゃんに差し入れで貰ってから、ちょっと嵌ってね」
「ああ、あれ美味かったな」
そんな話をしながら俺たちは並んで歩く。
俺は帰り道だが、彼女も同じ方向なのだろうか。
「そういえば、帰り道こっちなの?」
向こうも同じ疑問を抱いていたようだ。
そうだと答え、差し掛かった交差点を右へ。彼女も同じように続く。
「この一個先の角を左に曲がって、突き当りを右に行ったところだよ」
「えっ、そうなの!?うちとめっちゃ近所だよ!」
そういえば、彼女のプライベートは全く知らなかった。
あの辺は我が家のようなアパートも多い。大方その辺りなのだろう。
そんな事を考えながら、とりとめもない話をしつつ説明した通りの帰路を行く俺たち。
やがて突き当りの丁字路に差し掛かる。ここを右折してすぐが、ようやく電子レンジを導入した我が家だ。
「あ、私左なんだ。それじゃ、また明日!」
「ああ。また明日」
くるりと踵を返すと、弾んだ声でそう言ってエリカは道路を渡る。
と、同時に右側=俺の進行方向から一台のトラック。
「……ん?」
そういえば、あまり意識したことが無かった、この丁字路の左側。
彼女はその角にある二軒の、どちらもうちと同じぐらい年季の入ったアパートのどちらかの住民だと考えていた。
だが、トラックの通り抜けた時に見えた背中は、それら二軒を通過してその奥へと向かっていく。
二軒のアパートの奥にあるのは、使われていない倉庫と、アパートの住民や近隣住民が使用していると思われる駐車場だけ。
そして突き当りにある、サイストックに面するがけっぷちにせり出すように佇む、何かの施設のような建物。
何に使用されているのか分からない建物だったが、そこに人が暮らしているとは思わなかった。
駐車場からちょうど出てきた、先程横切ったのと同じぐらいのトラックが走り去った時には、既にそこに向かう彼女の姿は消えていた。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




