スリーカード30
「「ッ!!?」」
いや、それだけならおかしくはない。敵だってばら撒いているだけとはいえ銃弾を発射しているのだ。そうなることもあるだろう。
だが、今放たれたのは明らかに上からだった。高さで言えば下にいる突入組がそんなところから撃てるはずがない。
「スナイパー!」
エリカが叫ぶ。
そして同時にインカムにロックの声。
「カメラが捉えた!第一次防衛線だ!民家の屋根にスナイパーが伏せている!!」
それを受けた途端、答え合わせのようにもう一発。伏せている俺たちをより正確に狙ったのだろう、今度は土嚢の一番上を切り裂いた。
そしてそれを受けて、即座にエリカは踵を返し、背後の扉に飛び込んだ。
「二階から対処する!こちらはしばらくお願い!」
「家の中分かるのかよ!」
「大丈夫!!」
ジェフの叫び声にそれだけ答え、彼女は家内の闇に消えた。
「なら信じるか」
もう一発の着弾。あれを始末してもらわない事には、頭を出しての抵抗は難しい。
「早いところ頼むぞ」
銃身だけを土嚢から出して、駆け寄ってくる敵を撃つ。
連中の質だけでなく数もだいぶ減らせているのは幸いだった。
「マガジンを替える」
ジェフの声。俺の方もだいぶ心許なくなってきている。彼が終われば俺の番だろう。
「……よし、終わった」
「俺もマガジン――」
言いかけたところで、聞こえてきた異音に反射的に顔を上げた。
「今のは!?」
聞き間違いではないはずだ。
ガラスの割れる音よりも重々しく低い、しかし他に表現のしようのないような音。
見上げた先、眼帯の向こうに見える景色の端で、二階の窓からマズルファイアが一度。それから即座にもう一度。
同時に耳に入って来るエリカの声。
「狙撃手を無力化」
だが、それに対する俺の声はそれを労うものでも、激励でもなく、見えたものの報告と――手短な警告だった。
「敵が屋根に降下!天窓から侵入する!!警戒しろ!!」
家の遥か上、この環境調整区域の天井に設けられた、恐らく明り取りの為の巨大な天窓。
どうやって入り込んだのか、二重構造のそこの間に入り込んだ敵部隊が、下側=環境調整区域に接している方の特殊強化ガラスを破り、ハーストを用いて家の屋根に、特殊強化ガラスの半分の強度もない普通の天窓しかないそこに取り付くその瞬間を、眼帯越しの目が捉えていた。
「クソッ!」
同じ物を見たジェフも叫び、即座に空に銃を向ける。
「駄目だ!屋根が邪魔だ!」
玄関前のこの位置からでは、取り付いた敵の姿は見えない。
ぬかった――砕けんばかりに上下の奥歯が噛みしめ合う。
ここは地上ではない。そうは思えないが巨大な室内だ。
だから、あり得たはずだ。想定出来たはずだ。上の階からの侵入など。
「ウォォォォォ!!!」
「「ッ!!?」」
その叫び声に俺とジェフが反射的に休耕地の方に目を戻す。
「ッ!」
と、同時に顔面を掠める弾丸。
恐らくこれが最後だろう、正気を失った男たちが奇声を発しながらAKを乱射しつつ駆けてくる。
「クソッ!」
反射的に正面にいる一人に銃口を向けて発射。そのまま横にスライドしてもう一人を撃つ。
二人が叫び声を上げながらひっくり返ったのを確かめ、その横で別の二人をジェフがやったのを視界の隅で確認。
これで正面の敵はいない。
「ロック!カナ!」
それを確かめるのと同じか、或いはそれよりも前にジェフは背後の扉に飛び込んでいた。
「アルファ1!」
即座に俺が続く。危うく相棒の名前を叫びそうになるのをなんとかコールサインに変換しながら。
※ ※ ※
「どうすれば……」
迷っている時間はない――それは分かっている。
「敵が屋根に降下!天窓から侵入する!!警戒しろ!!」
外で戦っているモーラー・アルファ社の戦闘員が叫んだ言葉は、僕の回線にも届いている。
そして今しがた聞こえた音=間違いなく、廊下の天窓が破られた音だ。
あの子に、カナに暴力沙汰は見せたくない。
でも実際にはそうしなければならない。そうでもしなければ守れない。
――いや、そんな事は問題ではない。
僕に出来るのか?銃火器で武装している相手に、たった一人で、武器なんてスタンバトンが一本あるだけなのに?
「……」
情けない話。
僕の足は震えていた。いや、足だけじゃない。機械の左腕以外全身が、どうしようもないぐらいに震えていた。
外ではみんなが戦っている。あの二人も、ジェフも、僕とカナを守るために戦っている。
なのに僕は、この部屋で隠れて震えているだけ。
――なにが親代わりだ。
「ハ……」
震えなのか笑いなのか分からない音が漏れた。
結局、僕は怖いんだ。すぐ隣の部屋にカナがいて、敵は目の前のドアのすぐ外まで来ているのに、僕は動くことができないんだ。
結局、僕はあの子の親になんかなれない。
結局僕はどこまで行っても、あの子の親になる覚悟なんてなかった。子供を守るための行動も出来ない、ただ自分の淋しさを紛らわせるためのおもちゃでしかない。
口でどれ程否定しようと、この震えが何よりの証拠だ。
「ハ、ハ、ハ……」
本当に自分に失望した時、人は涙を流すことさえしない。
ただ情けない、乾いた笑いが少し漏れるだけだ。
僕は震えていた。情けなく、惨めなほどに。
僕より年下の女の子が武器を持って戦っているのに、僕は部屋の中で震えている。
暴力沙汰をカナに見せたくない――そうじゃない。
結局僕が怖いだけだ。僕が意気地なしなだけだ。
「ひぃっ!」
廊下で銃声が複数。そして誰かの倒れる音。
――それに扉の開く音が混じったのは、聞き間違いではないだろう。
「伏せて!!!」
直後にその叫び声が聞こえたのも、また。
「ッ!!!」
明確に、一瞬で頭の中に映像が浮かんだ。
まるで透視能力のように、廊下で何が起きているのかが頭の中に鮮明にイメージ出来た。
その時、僕は駆け出していた。
何がそうさせたのかは分からない。ただ、頭に浮かんだ廊下の映像に、音に気付いて部屋から出たのだろうカナが見えた時、僕の体はそれをスタートの合図であると判断したように、勝手に駆け出していた――手の中にあるものが何なのか確認さえせずに。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




