スリーカード29
「走って!!」
言われなくても、今ここで足を止めれば死ぬことぐらいは俺にも分かる。
想定通り、俺たちは第二次防衛線=ディフェンダーが待つ道路へと駆けていく。
足が悲鳴を上げる程の全力疾走。草が生い茂り、その間を縫うように細道が一つ走っているだけのこの荒れ地を一秒でも早く駆け抜ければ、その分反撃のチャンスは大きくなる。
「こちらディフェンダー、アルファを肉眼で確認した!」
「アルファ1よりディフェンダー!“ブルー”起爆用意!!」
エリカが叫び、その彼女のすぐ横で背の高い雑草がパシっと鋭い音を立てて散る。
「ディフェンダー了解!いつでも行ける!」
その叫び声に応えるように、俺の顔のすぐ横を曳光弾が追い抜いていく。
それでも足を止めることはない。
俺たちは走る。目の前の道路に膝射姿勢で待ち受けているディフェンダーに向かって。
彼の周りには俺たちが張ったロープフェンスが展開されている=他の場所からの侵入はタイムロス。
俺たちが見えた時、彼は立ち上がってそのロープフェンスの方に移動しながら発砲を開始。
5.56×45mmの曳光弾が俺たちの背後に向けて飛んでいくのを横目に、ロープフェンスの切れ目に飛び込んでいく。
「よし!」
そのまま振り返り、待っていたディフェンダーと同様に膝射姿勢をとって迎撃を開始。既に射撃を開始している彼によって一時的にこちらへのマークが減ったのを利用して、横合いから殴りつけるような形で銃弾を浴びせていく。
「クソッ!奴ら止まらない!」
「もうちょっと……」
叫びながら銃弾を浴びせる俺とディフェンダー=ジェフ。
同じく弾を吐き出しながら、エリカは連中の先頭がどの辺にいるのかを見極めようとしていた。
ブルーの位置まであと僅か。いや、先頭集団は既に差し掛かっているだろうか。
銃弾から身を守る遮蔽物もなく、背の高い茂みに身を隠すのが精々な状況であるが故に、立ったまま移動するのは困難だ。
よって連中は屈んで行動するしかなくなる――それが仕掛けられたIEDに頭を近づける行為だとは知らずに。
やがて、連中の反撃が確実に俺たちに近づき始めると、俺たちは伏射に姿勢を変える。
だが、その時間も長くは続かない。
「アルファ1、そろそろ潮時だ!」
マガジンに残った残り僅かな弾を、マズルファイアの見えた場所に一発ずつ撃ち込みながら叫ぶと、彼女は無線機に叫んだ。
「ディフェンダー、後退してブルー起爆!」
「了解だ!」
既に敵の侵攻はブルーの中に複数名が入り込むほどに肉薄した。
数こそ減らしているが、それでも止まる気配はない。
「ディフェンダーよりゴールキーパー、第二次防衛線を放棄しディフェンダー及びアルファは後退!先立ってブルーを起爆させる!」
「ゴールキーパー了解!」
それが合図となった。続けざまにディフェンダーが叫ぶ。
「ブルー起爆!」
それが移動の合図。そして、茂みの中に隠れていたIEDが、巻きつけられたベアリングや釘、或いは単に流用した破砕手榴弾の弾殻が一斉に辺りにぶちまける合図となった。
走り出した俺たちの背後で爆発音。そして複数の叫び声。
どうやら逃げるのに必要な時間は今ので稼げたようだ。先程と違って銃弾が追いかけてこないのはその証拠と考えていいだろう。
休耕地を駆け抜け、石垣横の坂を駆け上って土嚢の裏へ。
「マガジンを替える」
宣言と同時に体は動き、その間も視界の中に正面の道路を捉え続ける。
すぐ後ろには守るべき家。ここが文字通りの最後の砦。
「今まででどれぐらい倒した……?」
「わからないが、一個小隊には足りないだろうな」
弾んだ息に合わせて出てくるエリカの問いに、同じく弾んだ息を整えながら返す。
つまり、彼女の想定通りならここから最大であと一個小隊相手にしなければいけないという事だ。
「……」
マガジンポーチを確認。弾が足りるかは微妙な所。
奴らだって殲滅されるまで戦い続けることはない。ある程度数を減らせば退く――最初の爆発でそのある程度に達しているような気がするという事実からは一度目を反らす。始めてしまった以上、当事者として必要なのは冷静な客観論よりも目の前の仕事への集中だ。
最初の爆発は十分に奴らの数を減らした。
だがその上で連中は更に進んでくる――それこそ、第二次防衛線を放棄せざるを得ない程に。
単純に連中の数がこちらの想定以上だったのか、或いはラケルタという連中のトップがこれぐらい許容範囲と考えているのか。
「来るぞ!」
ジェフが叫ぶ。
休耕地の向こう、少し高くなっている道路に複数の人影。
腰だめにしたライフルをこちらに向け、大声を上げながら突進してくる。
「くっ!」
そのうちの一人をサイトに納め、その堂々たる突進と光点とを合わせると、土嚢に弾がめり込むのを聞きながら引き金を絞った。
「……タンゴダウン」
ある場所から引き金の重さが消え、軽い反動と共に奴がサイトの中でひっくり返る。
即座に次のターゲット=奴の後ろに現れたもう一人の敵に狙いをつけ、そちらにも同様に一発。
恐らく足か腰に命中したのだろう、つんのめるようにして休耕地の手前で転び、そのまま転がって草を刈ったばかりの土の上に転がり落ちていく――後続のもう一人がそいつの体に足をとられて転ぶまで。
そのすぐ横、同じように飛び出し、万歳の姿勢でAKを掲げたもう一人が、エリカの放った一発に撃ち抜かれてその場で仰向けにひっくり返る。
だがその後ろからもう一人、これまた猿の鳴き声のように甲高い声を上げながら、倒れたそいつを踏み越えて突っ込んでくる。
――そこに、撃たれることの恐怖は感じられない。
「こいつら死ぬのが怖くないのか!?」
ジェフが叫び、自らのその言葉をかき消そうとするように彼のM4が銃声を響かせる。
「薬か!?」
「多分ね!」
俺たちもまた、叫びながらターゲットを撃ち続ける。
突撃してくるのが、恐らく薬物で正気を失っているスピットファイア構成員たちだけなのは不幸中の幸いだろう。第二次防衛線までで高練度の連中は始末できたのか、動物の鳴き声のような奇妙な咆哮をあげながら突撃してくる連中以外の姿は見えない。
こいつらも撃たれるのは怖いという常識が通用しない事を考えれば十分に危険な存在なのだが、それでもこいつらを援護しつつ……などという真似をされないで済むのは十分幸運だ。
そう思った矢先、一発の銃弾が俺とエリカの間を掠めて背後の壁に穴を開けた。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




