転移、そして転職5
不意に、その膠着は終わりを告げた。
彼女の後ろ、現れた別の人影たちがどちらの味方なのかはそれらが彼女の背中を避けながら俺に銃口を向けているという事実で証明された。
「そこまでだ」
そして駄目押し。右側=俺の来た道から腹の底に響くような男の声と共に、視界の隅にこちらに突きつけたライフル=ACRの銃口が見えた。
「ガッツは買うが、な」
恐らくあの封鎖された扉を突破してきたのだろう。
つまり、この狭い廊下の真ん中で、俺は包囲されたのだった。
「銃を置け」
その声が一切の抵抗を許さないといった調子で続ける。
「……」
ゆっくりとAKから右手を放す。
左手でハンドガードだけを持って銃口を天井に向け、そのまま銃床からゆっくりと床に置いていく。
その間右手はホールドアップのまま。そしてAKを床に置き終えたところで左手もそれに倣う。
そこで正面の少女が――油断なくハンドガンをこちらに向けながら――AKを掴んで自分の後ろ、装備がバラバラな連中のほうに滑らせると、先程の白兵戦で放った自らの得物=10.4インチバレルのHK416を拾い上げて、ハンドガンの代わりにこちらに向け直した。
戦闘は終わった。
彼女に監視されながら、横にいた男――この時初めて見事な銀色の髪をしたクマのような巨漢であると知った――に取り押さえられて、人生で初めての手錠を経験することになった。
「怪我はないか?」
頭に袋をかぶせられても、それが少女に向けられた言葉であるのは分かり切っている。
「大丈夫っす」
それが彼女の返事であることも、また。
と、その状況で男の方の声のトーンが変わった――軽い驚きのあるそれ。
「こいつ、リストにはないな……」
そこに少女のそれが答える。
「注文のあった品じゃないってことすか?」
「ああ。大方、あのブローカーが作らせたか、闇医者の方が作らせたか……他の連中と同じ私兵にするつもりだったのだろうが」
そこで彼の言葉は一旦途切れる。
それに気づいたすぐ後に続いたのはどこかに通話しているらしき声。
「ロズ、俺だ。仕事を頼みたい。今例の現場……二層の37ラボで照合に該当しないのを一人拾った。鑑定を頼む。今からだ」
それだけで話はついたらしい。以降は無言のまま、犬を引くようにして手錠で誘導されて歩かされる。
俺はそのままどこかに連行されていった。こいつらが何者で、俺をどうするつもりなのかは分からない。
だが、少なくとも車両に乗せられるまでしばらく歩いたという事、何らかの機械で急速な上昇を経験したことは間違いなかった。
「……?」
急速な上昇?
どういう事だ?
ここはどこで、俺は何をさせられている?
よく分からない経験は、車に乗せられて頭陀袋を外されるまで続いた。
「よし、出せ」
「了解」
先程の少女とは違う女の声。
俺は後部座席の真ん中にいて、左右をさっきの巨漢と少女に固められている。
この巨漢も、サイズこそ全く違えど少女と同じようなプレートキャリアで身を固めている事に気付く――流石にその下はコンバットシャツとワークパンツだが。
「……」
運転席は右側=世界的に見れば少数派だ。
先程の声の主だろう運転手の女はちらりと俺をミラー越しに見て、それから何も言わずに走り出した。シート越しに分かるのは、彼女が恐らく二十代後半ぐらいだろうという事と、瞳と同じ栗色の髪をワンレングスに切り揃えているという事、そしてこの車内で俺と、スーツ姿の彼女だけは何も身を守るものを装備していないという事。
「……?」
車は人通りのいない道を抜け、これまた人通りのいない大通りらしき場所を進む。
ここがどこだかは分からないが、あまり治安の良い地域ではなさそうだという事だけは見えている景色から想像できた。
人がおらず、古いビラや落書きだらけで掲示板状態になった家の壁がいくつも後ろに流れていき、道端に設置されたゴミ箱――というか収拾ボックスだろうか――も同様の落書きと、収集ルールなんて全く頭にないだろう壊れた家電の山に埋もれている。
「悪いが、あんたには少し用がある」
不意に巨漢が呟いた。
ちらりとそちらを見るが、奴の視線はこちらには無く、代わりに乗車して頭陀袋を外された時からこちらを睨んでいる奴のハンドガンの銃口だけ。
「ああ……」
そうとだけ答えておく。
肯定とも否定とも取れない曖昧な返事。だが、どうするかなど分かるはずもない。
本来なら俺は、あの事故で死んでいるはずだ。こんなアクション映画みたいな展開などあり得ないし、そんな事できる能力が俺にあったというのも信じられない。ついでに言えば、別にガンマニアでもないのに先程から目についた銃の名前さえ勝手に頭の中に浮かんでくるのも理解不能だ。
そしてその事は、巨漢も理解しているらしい。
「少しあんたのことを調べさせてもらう。その上で、あんたに何があったのかも説明する」
多分、こいつらは俺より俺の事に詳しいのだろう。
不思議とその事について恐怖や不安はなかった。ただ理解の範疇を大幅に超えて反応できないだけかもしれないが。
やがて車は緩やかな坂道に差し掛かり、検問のような場所で一度停車して警官らしき人物に二人がかりで目視によって車内を改められたが、どうやら人間に銃火器を突き付けて車で連行するのはここではご法度ではないらしい。日本の飲酒検問よりも短い時間でそれを突破すると、坂を上り切ってより交通量のある道に入る手前で初めて俺の方を向く銃が降ろされた。
坂を上り切る先程までより治安の良さそうなその道をしばらく進み、再び人気のないエリアに入ったところで、車は年季の入ったオフィスビルのような場所の前に停まった。
「降りろ」
巨漢に言われて、少女の降りた後に続く。
ぼろい、という感想しか出てこない小さなビル。その入口の上で、ボロボロのビルに不釣り合いなデフォルメ化された丸っこいモグラの絵、ご丁寧にサングラスをかけたそれと『モーラー・アルファ社』の文字がお出迎え。
「……?」
明らかに読めない、見た事のない文字。
しかし俺の目と脳みそはそれを解読した。そして平仮名で書かれているかのように、それが間違いない読み方だと確信していたのだった。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




