転移、そして転職6
「時間通りだな」
巨漢の声。
その相手=奇妙な体験をもたらした看板の下にスクーターを止めて待っていた中年男。
「そいつか?話していたはぐれってのは?」
「ああ。まだ海の者とも山の者とも分からん。頼む」
俺の引き合わせられたその男は、ほとんど骨を皮膚が覆っているのかというぐらいにやせ細っていた。
分厚い眼鏡の奥、丸い目玉がぎょろりと俺を見ている。
「OK、まあ何とかなるだろう」
そう言って巨漢や他の二人と共に建物の中に入っていく――当然ながら、俺を連れて。
建物は鉄筋コンクリートの三階建てで、エントランスと呼べるようなものはなく、入ってすぐ奥へと伸びる細い廊下と、一階の大部分を占めるオフィススペースだけがお出迎え。
ロズと呼ばれた男と巨漢、そして俺だけがそれを通過して奥の階段で二階へ。
通されたのは、階段を登ってすぐの部屋だった。
小さなベッド――というか診察台が一つと何やら機械がその横に鎮座していて、このおんぼろビルでそこだけ病院というか検査機関のような姿をしている。その機械の前にロズが、診察台の上に俺がそれぞれ。
巨漢は何やら着信によって部屋を辞した。俺の手錠はそのまま。更に頭にはロズによってヘッドギアのようなものを付けられる。
「無理だろうが安心しな」
それを付けながら奴は言った。
「ここまであのデカブツにしょっ引かれて来たんだろう?」
「まあ……」
一瞬口ごもる――伝えるべきか否か。
答え:隠したって仕方ない。
「一人撃った。仕方ない」
「ほう……」
その回答に、ロズという男は俺の顔を改めてまじまじと見て、そしてにやりと口角を引き上げた。
「仕方ない……ね」
「まあ……」
正当防衛と言いたい訳じゃない。
「世の中色々ある。生まれつき金持ちの奴、貧乏な奴、わがまま放題を押し通せる奴、黙々とそれに従うしかない奴……誰だって同じじゃない。だったら……撃たれる奴と撃つ奴だっている」
おかしな理屈だというのは自分でも分かっている。
だが、俺の経験からはそうとしか言えないのだ。それがおかしな理屈だというのなら、つまり俺の人生はおかしな人生だという事だ。
――そんな事も分かっている。だが、おかしかろうが何だろうが俺にはそれしかなかったのだ。それ以外に説明がつかないのだ。
俺は黙々と我慢し続ける側で、そうでない人間にばかり囲まれていた――そうでないならば、俺の人生は何だったのだ。
「つまり、自分が撃つ奴だったと?」
「撃たれる奴だったかもしれないが、少なくともあいつは撃たれる奴だった」
「そうかい……」
それだけ呟くと、それから一拍置いて奴はクツクツと笑い出した。
「あんた、向いているぜ」
「何が?」
奴はさも面白いものを見たとばかりに愉快そうに笑って、それから俺を改めてじっと見た。
「あのデカブツ共の仕事にさ」
「仕事……?」
「まあ、じきに分かるさ」
理解が追い付かない。そもそもあいつらが何者で、ここがどこなのかさえ教えられていないのだが、そんな事はお構いなしにロズは機械に設けられている無数のモニターに表示されている何かを一瞥する――能力的な点はこれからとして、と一言漏らしながら。
「これは……ナノメディックマネージャーか……まあこれはいい」
聞き覚えのない単語だが、頭はそれが何なのかを理解している。
この世界の機械工学はあらゆる分野で高度に発展している。そしてその技術の恩恵は医療の世界にも例外なくもたらされていた。
今や国民の七割以上に普及しているというナノメディック。常駐型医療用ナノマシンを体内に入れることで絶えず健康状態をチェックするだけではなく、機種によって対応できる範囲は異なるものの、感染症などの初期症状ならナノマシンによってある程度治療できるほどだ。
これによって健康寿命の増大。医療費の削減に繋がっているというのだから、その恩恵は個人的な範囲以上に大きいのだろう。
「ふん……Gunner1.6にWarror1.3それにBoy scoutの軍向けエキスパンション……後はIron heartか。ちょっと前の陸軍のリクルーターパックを近代化した代物だな」
さて、今度は何の話をしているのかさっぱり分からない。
奴の見ている画面を横から覗き込もうとしたが、見えてきたのはよく分からない専門用語を吐き出し続けるモニターだけ。
「これが、あんたの中身だ」
その視線に気づいたか、ロズがモニターを指さしてそう告げる。
「流石は私兵……ってところだな。能力的にも十分。特に白兵戦関係は最新モデル……SPにでもする気だったのか?まあとにかく、俺に自由にさせりゃ、あのホッキョクグマ宛てに最高の推薦状を書いてやるところだ。いくらか賭けてもいいが、あんたがどこの仕事を紹介されようが、ここ以上に向いている場所はねえ」
と、言い終わるか終わらないかのうちに扉がノックされる。
「その必要はない」
入ってきたのは先程の巨漢――ロズの言う所のホッキョクグマだ。
「もとよりそのつもりだからな」
そう言って入って来た巨漢によって、随分と窮屈な部屋になった。
「……頼むから何か説明してくれ」
どうやら俺に何かをさせようとしているらしいが、ここがどこで、何がどうなっているのかさえ理解していない俺にどうしろと言うのだろうか。
ちらりと、ロズと巨漢が顔を見合わせる。
それからロズが俺に手鏡を差し出した。
「これは……」
その中でこちらを覗き返している人物は、俺に似ているが完全に俺ではない誰かだった。
いや、誰かではない。俺の知っている俺ではないが、全く同じ動きをしている鏡の中のこいつは間違いなく俺だ。
「記憶がないのか?まあ、随分な事故だったようだしな」
「事故?」
巨漢に言われて記憶がフラッシュバックする。あの山道で光に飲み込まれ、ハンドル操作を誤った俺は崖下に――だが、ならどうして生きていて、ここはどこなんだ?堂々巡りが始まってしまう。
と、それを止めたのは再びの巨漢の言葉だった。
「あんたはどういう経緯でかは知らないが、車の運転中に大事故を起こし、瀕死の状態であの闇医者に拾われた。奴はあんたの身分を証明するものがこの除隊証明しかないことを知って、あんた自らの私兵にしようとした」
ロンダリング済みのIDと経歴で除隊証明も揃っている――不意に、あの場所で俺について語っていたスーツの男の言葉を思い出す。
こいつらもあいつらも何者なのかは知らないが、少なくとも俺用に用意された偽装身分はちゃんと機能しているようだ。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




