転移、そして転職4
起き上がり、手術台から降りる。
ガラス片やら何やらかんやらが飛び散っている床に降りるのは少し躊躇したが、白い作業靴のような靴が用意されていたのは幸いだった。
「ありがとう。誰だか知らないけど」
恐らく彼が用意したのだろう、白衣の男にそう言って靴を拝借。
当の本人は自分を襲った殺人マシンと相打ちになって動かなくなっている。
UMS-08オレイアス。腹側に搭載された超高電圧スタンガンによって対象を感電死させる無人兵器。本来はニュートロフィルという名の軍用モデルを民間の警備会社向けに殺傷能力を制限したものだが、スタンガンを換装するだけで本来のスペックを容易に取り戻せるそれ=現に兵士と白衣の男を殺しているそいつの名を、スペシャルエディションらしい俺の中身とやらは知っていた。
「さて……」
死んでいる兵士の前に落ちている彼の形見=AKを拾い上げる。
無人兵器は設定された敵を容赦なく殺す。俺に何があったのかは分からないが、少なくとも俺をいじくりまわしたらしい張本人を殺した以上、俺だけ助かるなんて考えは楽観論過ぎるだろう。
「ッ!」
その瞬間、自分の手が震えているのに気づく。
そしてそれを見た時になって初めて、動悸が激しくなり始める。
「はぁ……はぁ……」
人生は一瞬で変わってしまう。ついさっきまでのつまらない、閉塞感の具現化みたいな時間の浪費でしかなかったそれが、一瞬で生存のための闘争に切り替わることだってあり得る――らしい。
周囲を確認する。見慣れない空間と、何らかの機械と、死んでいる人間と、このよく知らない場所でもそれが異常であるという事を証明するようにけたたましく鳴り響くサイレン。
「はぁ……っ」
そんな状況でも、この体はどういう訳かやるべきことを理解している――脳みそが理解に手いっぱいな時に。
「……よし」
口がそう漏らす。死体のそばから拾い上げたAKに対してやるべきこと――銃身及び機関部が使用に耐えうる状態かの確認、異常が無ければチャンバー内とマガジンの確認。
そのどちらも突破したそいつの黒い樹脂製ストックを薄い検査衣の肩に当てる。セレクタをフルオートへ。
「ふぅ……」
最後に息を一つ。
生きている目的などなかった。
だが死ぬのは怖い。
なら、今は生きるだけだ。
「……よし」
扉から外の廊下をクリアリングして出る。
そうすると決めた瞬間、動悸も震えもぴたりと収まった。全く便利な体になったものだ。
扉の向こうは狭い廊下。右手にはバリケードで封鎖された扉。そして左手には、先程突入してきた兵士と、それを追ってきたオレイアスの通って来たと思われる通路が、奥で別の通路に突き当たっている。
まずは左手に進むべきだろう――左のバリケードの向こうで突き破ろうとしている音を聞いて即座に決める。
銃を構えて突き当りまで前進。背後は諦めたのか、音が止んでいる。
「通路クリア」
突き当りの左右は何もない。だが、今度は左側がもう手遅れだった。
倉庫か何かだったのだろう行き止まりの小部屋の扉、そこを開いたままオレイアスに抱き着かれて動かなくなっている別の兵士。
今度は右へ。いくつかの部屋に通じる扉があるが、全て施錠済み。とりあえずそこを通過して、すぐに差し掛かったもう一つの通路の手前で足を止めた。
「……」
右に折れている通路。その直角の向こうで声がしている。
「……ふぅ」
小さく息を一つ。
聞こえてくる声は二つ。他に逃げ場はない。
なら、やるしかない。
「このエリアには無人機が少ない……」
「ジャミングを突破できたのが少数……」
なにやら話しながら向かってくる。その距離は近い。
得物を左手にスイッチ、コーナーから僅かに離れてコーナーの向こう側の視界を確保しつつ同時に銃身を左に倒す。
「ッ!」
先頭を行くフルフェイスと目が合った瞬間に引き金を引く。
一瞬の衝撃。三発のタングステン入り5.45mmが奴の体を貫いていく。
恐らく、奴には突然壁から銃だけが生えてきたように見えていたのだろう。
そのまま動きを止めたそいつへ突進。銃を右手にスイッチしつつ身を沈めて奴の腰辺りに思いっきりタックルをかます。
「わっ!?」
声を発したのはすぐ後ろのもう一人。味方の亡骸で動きを封じられたそいつが、それを理解してどけるまでに、恐らく一秒程度だろう。
だが、この距離はその一秒で致命傷を与えることができる距離だ。
「ッ!!」
タックルの直後、間髪入れずに左に一歩すっ飛びつつ銃を向ける。死体を盾にする事さえできないように。
しかし、その瞬間に待っていたのは、こちらのその動きの前提になっていた「最長一秒程度なら動きを封じられる」というそれの破壊だった。
「!?」
後続に向けようとした銃口が、そいつの銃身で払い落とされる――銃剣術の応用。
そしてその衝撃を認識した瞬間、相手の銃口が俺の体を捉えていることを理解する。
「くっ!」
咄嗟の反応:銃を持ち替え、グリップエンドでかち上げるようにして相手の銃身を撥ね飛ばす。
直後に銃声が一回。顔面のすぐ横を通り過ぎる感覚――間一髪セーフ。
それを察した瞬間、かち上げた銃身の感覚がなくなった。
「ちぃっ!」
奴が手を放した。そう理解したのと同時に体は銃の持ち直しと教本通りの構えを同時に実行。飛び下がった相手に改めて銃を向ける。
「「……ッ」」
敵は諦めた訳ではない。
近接戦闘を捨てて跳び下がり、両足の着地と同時にヒップホルスターから引き抜いたオートマチックハンドガンをこちらに向けている。
互いに手の届くギリギリ外の距離。
一瞬の膠着。どちらが先に撃ったとしても、最初の一発で即死させない限り確実に反撃を受ける=結局どちらも死ぬ。
俺の動きを一瞬止めたのはそれに対する躊躇いだった。
そいつのそれの理由は知らない。だが、そうして生まれた一瞬が、俺に相手を改めて確認する時間を与えた。
「女……?」
それは、間違いなくそうだった。
だから何だと言えばそれだけだ。だが、その軽い衝撃は確かに口にその言葉を登らせるぐらいの威力はあった。
こちらにハンドガンを向けているのは、まだ17~18ぐらいの少女と言っていい人物。
手に対して大柄に思えるハンドガンを、しかししっかりと握りしめてこちらに突きつけている彼女は、どこかの学校の制服なのだろう、膝上丈のダークグレーのスカートと紺色のブレザーの上からタンカラーのJPCタイプのプレートキャリアを纏っている。
えんじ色に近いぼさぼさの赤髪をゴム紐で肩位までのポニーテールに結っているのがこちらからでも見え、真鍮のような色の瞳は、構えた銃口と同様真っすぐに俺に向けられている。
一体何者で、どういう経緯で銃を握っているのか、その疑問は一時的に頭に浮かび、そしてすぐに目の前の現実=そいつがこちらに銃を向け、お互いに睨み合っているという一点によって棚上げされていた。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




