若き冒険者18
旧市庁舎の裏手はこの部屋を出て左に進み、そのまま建物を左折したところだ。
改めて見ると、対物ライフルが置いてある崩落した壁の下には同じように崩落した壁がスロープのようになっていて、その下には放置されたバスが一台。エリスがここに来た時にはそのバスと崩落した壁を登って入って来たのだろうというのは、そのバスの運転席前に置かれた、バスの車高よりもやや低いコンテナが物語っていた。帰りはここを使えばいいだろう。
「……さて、残念だけど」
エリカはそう言って、崩落した壁際に据えられたAW50から弾を抜いて捨て、それから落ちているデザートイーグルを拾い上げる。
即座にチャンバーチェック。初弾が装填されていることを確かめると、マガジンを抜き出して捨てる。
「せめて自衛用に」
そう言って、そのままセーフティをかけて彼の座っているソファの片隅に置いた。
俺たちは二人。弾は一発。
最悪こいつが自棄を起こしたとして、どちらか一人は反撃できる。
LD兵か、或いはこいつらが最初に狙っていただろうここの住民のうち武装している者が単独でいるところを狙って、かつ不意打ちであればこれを元手に武器を調達も出来るだろう――その可能性がどれぐらいあるのかは置いておくとして。
そして――これは俺の推測だが――全てを諦めた時にすぐ行動に移せるように。
「……」
だが、呆然としたエリス少年にはそんなもの全く目についていないようだった。
血の気のない薄い唇はひくひくと震え、眼球は何かをトレースしているように小刻みに左右を往復している。
「CPよりアルファ、そちらに市民ホールを捜索していた部隊の一部が向かっている。現在一層を旧市庁舎三階に向けて移動中」
「アルファ1了解。回収地点に向かいます」
それを聞きながら、未だ心ここにあらずの少年の方に目をやる。
「……まあ」
何となくその心中を察する。
自業自得と言えばこれ以上ない程に自業自得なのだろうが、それでも随分ショックを受けているようだ。
「お前は切られる側だったってだけだ」
とはいえ、いつまでもそのままでいればむざむざ死ぬだけだ。ここに向かっている部隊はすぐに入って来る。そうすればそう遅くない内に味方の死骸の山の奥にいるこの少年を見つけるだろう。
ならどうするべきか――残念ながら、彼にそこまで考える余裕は残っていなかった。
「ぁ……ぁ……」
「ん?」
頭を抱え、その細い指を最大に伸ばした範囲を可能な限り覆うようにしながら奇妙な声を上げるエリス。
「ぁぁあああああああっ!!!!」
そのまま、分かりやすく発狂した様子でソファから飛び上がると、愛銃にも目もくれず、対物ライフルが据えてあった崩落した壁から、実際にここに入る時にそうしたのだろうというルートを逆再生するように駆け下りていく。
「あっ、君!」
エリカが慌てた様子で声をかけるが、その頃には既に奴は一層に降り立って、叫び声を上げながら駆けだしていた――彼を追って市民ホールからやって来たLD兵の一隊の前に向かって。
「ああ……!!?」
そこで初めて自分のやらかしについて痛感したのだろう、奇声が消える。
「「ッ……」」
同時に身を隠した俺たちは、その様子をじっと見守る他ない。
LD兵は四人。誰もこちらには気付いていない。
ここから狙撃すればなんとかできるかもしれないが、彼を誤射しない保証は全くない。
「……私が一番左とその隣」
「了解。なら残りはこちらでやる」
だが、彼を“誤射する危険がなくなった”場合話は別だ。
俺もエリカも、頭の中の冷静な部分がそれを見越した行動をとらせていた。
「アルファ1よりCP、現在我々から50mもない距離にLD兵四。こちらには気付いていないが、飛び出したエリスが囲まれていますオーバー」
「こちらでも確認した。エリス少年については考慮しなくてもいい。行かせるか、排除するかは任せるオーバー」
「アルファ了解アウト」
その通信の間、ほんの僅かに――言葉を話せる程度にだが――エリス少年は冷静さを取り戻していたようだ。
「ま、待てよ……」
だがあろうことか、彼の震える喉が次に発したのはその呼びかけだった。
「な、な、なあ……。俺、あんたらの所で働くよ」
「何言ってんだあいつ……?」
思わず漏らした声は、幸い俺の伏せている床の埃を舞い上がらせるほどのものでさえなかったようだ。
そして対照的に良く聞こえる彼の声もまた、目の前のLD兵たちの腕が自身に向けているそれを降ろさせるほどの感動的演説という訳でもなかったらしい。
「俺は武器の知識もあるし、戦略だって研究している!!アーセナルグラフだって全号読んで――」
それが彼の最期の言葉だった。
一世一代の面接。自己PRは軍事情報誌全号読んでいる。
合否判定は四発の銃声。
横一列に並んだLD兵が、銃殺刑のように奴を撃った。
そしてそれと、射撃した本人の目が合ったのが俺たちの開戦の合図だった。
「「ッ!!」」
同時に響いたことで、銃声が一つに重なる。
横一列に並んだLD兵の、左右端の頭が打ち抜かれる。
残された二体が最初に取る行動=反撃しながらの遮蔽物への後退。
「……」
弾丸が音を立ててボロボロの外壁を削り、俺たちの伏せている場所のすぐ真下に位置する崩落した瓦礫の山にめり込んで止まる。
高さとお互いの位置。そして静止した伏射姿勢と遮蔽物に移動しながらの射撃。それに何より味方が壊滅したことで初めてこちらに気付いた連中と、一部始終をサイト内で見ていた俺たち。
そうした要因全てが、俺たちに冷静な標的の未来位置予測と狙撃を可能にさせた。
「……ッ!」
後退しつつ弾着修正しつつこちらを狙うLD兵をサイトの中心に捉え、光点が頭に重なった瞬間に引き金を引く。
軽い衝撃が肩を蹴り、サイトの中で奴が大の字に吹き飛ぶ。
それきり、動くものはなくなった。エリカもまた、最後の一体を始末したようだ。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




