若き冒険者17
そしてその態度はしっかりと表に出ていたようで、奴のにやけ顔が更に一層締まりを失っていった。
「……えっ?何?切れてんのお前?」
自分の言動が相手にどういう影響を与えるのかを考えていない。当然、そういう人間に自分の行動が誰かを振り回すことになるなどとは想像もつかないだろう。
ちらりとエリカを見る。彼女もまた、信じられないという顔をして小さく首を横に振った。
と、同時に彼女は意識をこちらから自らのスマートフォンに向ける。
「はい……」
このスマートフォンにかけてくる者など限られている。というか、今無線で繋がっている人間以外に番号を知らないはずだ。
――そしてその人間が態々こちらにかけて通話しようとするとなると、何か特別な要件だろう。
「つか俺悪い事してなくね?え、なに?どうせここにいるような奴が訴えるなんてないんだし、今回だって罪にはならねえ。俺の親父が誰だか知らないだろ?どうせここにいる奴らなんて――」
「あ、ごめん。ちょっといい?」
と、そこで割って入ったのはエリカだった。
手にはプライマリーの代わりに通話中のスマートフォン。それを奴の方に突き出している。
「何これ?」
「うちの社長が、話がしたいと」
奴がスマートフォンを受け取った所で、俺は改めて彼女の方を見て、そして声を潜めて尋ねた。
「社長が?何の要件で?」
「さあ?私には何も」
「もしもし……?」
受け取ったスマートフォンに勿体ぶった様子で応じるエリス。
対する社長の声が俺たちの耳にも届いた。ハンズフリー設定にされているようだ。
「どうも。こちらはモーラー・アルファ社の責任者です。つまりそこの二人の上司と考えてもらって結構」
恐らくだが、顧客に対する話し方ではない。
「で、その人が何か?俺を連れて帰ってくれるんだろ?」
「その件で、君のお父上から伝言を預かっている」
俺の目が改めてそのスマートフォンに釘付けになった。恐らくエリカもそうだろう。
「お父上に君の現状を報告したところ、君の捜索を打ち切り、一切の関係を解消すると仰った。よって今回の君たちの救出作戦は中止。つまり君を捨てると判断された」
「……は?」
その声が奴の喉から出たのだと理解するのには数秒を要した――俺自身自分の耳が信じられなかったので。
「お父上は、君の今回の行いが著しく家名に傷をつけるとお考えのようだ。それに、他の依頼人たち、即ち社会的地位のある方々に対して君の所業が明らかになることは非常に大きなリスクだとも。なので今回の件に関してはカバーシナリオを用意することで決着した。幸いにしてという言い方が正しいかは分からないが、既に生存者は君だけだ。依頼人団の代表である君のお父上からすれば他の依頼人の了解をとる必要もない」
つまり、つまりだ。このガキ愛想をつかされたのだ――それを聞いた時の俺の中にサディスティックな興奮が全くなかったと言えば嘘になるだろう。
「え、いや……、は?」
先程までと明らかに異なるエリスの態度。
にやけ顔から血の気が引いていく。ソファに預けていた体が、今やしっかりと起きて前のめり。
考えてみれば、最初から分かっていたことかもしれない。
こいつには家出して一人で生きていくつもりなど端からなかったのだ。
むしろそんな独立心とは真逆。金と権力を持った親に甘えに甘えた身勝手だっただけだ。
「な……なら……」
「うん?」
一縷の望みにすがる――その見本のような震えた声とぎこちない笑顔。
「なら……、なら俺の金で……依頼を……」
「残念だが、お父上は既に君の口座とカードを解約するつもりでいる。我々としてはこれ以上は一家庭の問題になるため介入はしない。正式な依頼と料金が振り込まれない限り、動くことは出来ない」
その一縷の望みは、余りにも呆気なく砕け散った。
「おっと」
その場で固まってしまった奴の手から滑り落ちたスマートフォンを拾い、通話を終えたそれをエリカに返す。
「あ、うん……ありがとう」
「……なんだ?納得がいってないのか?」
ちらりと彼女の目が固まっているエリスの方に向く。
表情から読み取ったのは俺の見間違いではなさそうだ。
「そりゃあ、滅茶苦茶やったのは事実だろうけど……家族って、見捨てるものなの?」
その点が信じられない――言いながらちらりとこちらを見た彼女の目は、俺が何か答えを知っていると思っているように、そしてそれを教えてほしいと言っているように見えた。
「まあ……」
とはいえ、即答は出来ない。俺だってこんなケースは初めて見る。
「……家庭により色々じゃないか?」
だからそんな風に、当たり障りのないところで誤魔化しておいた。
「CPよりアルファ、今しがた作戦中止の指示が下った。一層の旧市庁舎裏手に回収班を向かわせる。それに乗って戻れ。報酬の方は心配しなくていい。全額支払われる」
どうやら先程の電話の内容は間違いないようだ。
「アルファ1よりCP。現在その……要救助者だった人物と接触中です。彼は……」
その声が温情のある措置を望んでの問いであることは、多分エルマさんも分かっているのだろう。
一瞬だけの空白ののち、平静の声で返事が返って来た。
「……残念だが、彼については放棄しろ。これ以上関わる必要はない。回収班にも二名だけだと伝えてある」
それからもう一度の空白。今度口を開いたのはエリカの方だった。
――そしてそこで、俺は彼女がちゃんとこの業界の先輩であると、つまりプロであると今更ながら認識した。
「……了解。アルファ二名で脱出。旧市庁舎裏で回収班と合流します。アルファアウト」
それで通信は終わった。後は俺たちが脱出するだけだ。
(つづく)
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続きは明日に




