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土竜・オブ・ザ・シティ  作者: 九木圭人
若き冒険者
33/259

若き冒険者9

「……」

 エリカが生徒手帳のページをめくる。

 だが出てくるのは続きではなく、くしゃくしゃになった白紙のページと、文字の代わりにそれを埋めている乾いた血だけ。

 そしてそのくしゃくしゃになった最後のページ。先程までとは別人のような弱々しく、判別に困るぐらいに震える、それが文章だと判読するのさえ手間がかかるような配置の文字列。


 血が止まらない。机動かして傷が開いた。

 寒い。怖い。

 パパ、ママ、会いた


「「……」」

 それが、この愚かな少年の最期だった。

 血を失った体は、最期に抱いた「会いたい」という想いすら完全に残す力はなかったのだろう。

「……」

 気が付くと、俺は黙って首を横に振っていた。

 それがどういう感情によるものなのか、上手く言語化は出来なかった。

 最期の瞬間に会いたいと思える両親がいて何故――そんな疑問とも憤懣ともつかないものが、頭の中をぐるぐる回って首を傾斜させた。


「そっか……」

 生徒手帳をそっとソファの上に戻して、エリカは小さく呟いていた。

「もう痛くないよ」

 それから彼女はそう言って、開いたままの少年の瞼をそっと下ろした。


「……やっぱりさ」

 少年の前に立っている彼女の表情は俺には見えない。

「やっぱり、家族なんだね」

 だから、その言葉を発した時の彼女がどういう顔をしていたのか=どういう感情を抱いていたのかは分からない。

「最後に会いたくなるのって」

 僅かに分かったのは、その声には少しだけ、興味や羨望にちかいものがあるのかもしれないという事だけ。

 そしてそれさえ俺の勘違いだったのかもしれないと思うほど一瞬で、彼女は切り替えて動き出していた。

「仲間割れの後、襲撃を警戒していたんだね。その友達か、警備部隊か、あるいは両方の」

 崩壊したベランダの方に足を進める。

 情報通りこちら側には一層が存在しない穴のようになっている範囲があって、おそらくこのマンションの入居者用なのだろう、数台の車が停まったままの駐車場のほぼ全域を、そこから差し込んだ光が照らしている。


「ここから監視するつもりだったのか……」

 今回も彼女の横からその駐車場を見下ろす。

 数台の放置された車両を除けば遮蔽物のないその広大な土地と、そこの前を通るこれまた遮蔽物のない車道。そしてその向こう側に並ぶ、ここより低い建物。

 玄関を閉鎖してここから見下ろせば、攻め上る敵の迎撃に適している――手負いの少年が、恐らくその考えから前もって目を付けていたのだろう場所だ。

 ちらりと少年の方に目をやる。まだ弾の残っているStg44の銃身が、穴から差し込む光を受けて黒く光っている。


「一方的に撃てて狙撃を受ける可能性も――」

 言いかけてからその考えを訂正。

 普通の市街地なら間違いないかもしれないが、ここには何分一層という特殊な地形が存在する。

 目の前の穴を挟んで右手上側にある市民ホールからならば、撃ち下ろすことも可能かもしれない――その考えに至った時に、件の市民ホールの片隅にほんの一瞬何かが光ったのを見逃さなかったのは、実力ではなく幸運だったのだろう。


 そして、その正体に直感が追い付いたのも。

「スナイパー!」

 叫び、別の方向に目を向けていたエリカをその場に押し倒す。

 俺の背中のすぐ上=本来ならエリカの胴体があった辺りを通ったのだろう弾丸が、爆発を起こしたように壁で炸裂して大穴を開けたのは、そのとっさの判断と同時だった。


「くっ……」

 即座にエリカの上から転がって離れ、彼女がそうしたように遮蔽物に身を隠す。

 エリカは隣の部屋との仕切りになった壁に、俺は少年の死体に。

 それと同時に第二射が着弾。ソファのすぐ横の床に大穴が開く。

 この死体の盾が何の役にも立たないのは、その凄まじい威力が雄弁に物語っている。

「こっち!」

 着弾の直後にエリカが叫ぶ。

 目を向けると、彼女が奥側の崩落した場所から下の階に飛び降りているところだった。

 第三射が再び俺を狙う。ソファが炸裂し、アマダ少年の死体が床に投げ出される。

「くうっ!!」

 それをスターターピストル代わりに、俺は走り出した。数歩で隣の部屋へ駆け込み、そのまま足を止めずに飛び降りる。

 下も同じような部屋。ただしこちらは床もベランダも無事で、代わりに着地した正面の壁がぽっかりなくなっている。


「走って!」

 そこから先に連絡橋に出ていたエリカの背中を目指して走り出す。

「ッ!!」

 彼女と俺の間は精々2m程度。その隙間を、恐らく彼女を狙ったのだろう銃弾が横切り、薄っぺらなフェンスを突き破ってコンクリート製の連絡橋を貫通する。


 直感:対物ライフルで狙われている。


 思わず足がすくみ、それを無理矢理動かして走る。

 あれで撃たれれば多少の防弾性能など意味をなさない。今は立ちすくみそうになる恐怖心を殺してひたすら止まらずに走り続けるだけだ――すぐ目の前を行く相棒のように。

 幸い、連絡橋を渡り切った所で射線は切れた。渡り切った先にある西棟自体が盾になっているため、さしもの対物ライフルでもこれを抜くことは出来ない。

 俺たちが二つの部屋が並ぶ廊下に飛び込むと、その後ろで悔しそうに一発の銃弾が連絡橋のたもとにクレーターを作った。

 助かった。そこで初めてそう思った。


「CPよりアルファ、射点を特定した。一層の市民ホール南側二階の角の部屋。対物ライフルが据えられている――」

 エルマさんからの連絡は、俺の目が節穴ではなかったことを教えてくれた。

 そしてかなり厄介な事も、また。

「――射手の姿も見えたが、あれはエリス少年である可能性が高い。このドローンのカメラ性能の限界で完全には判明しなかったが、見えた部分の特徴が一致する」


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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