初出勤5
「「……」」
扉を体で押し開けて外に出るエリカ。俺も同様の形で彼女に続き、即座に飛び出した先=ロビーとフロントをクリアリングする。
「ロビークリア」
「フロントクリア」
随分と荒れ果てているが、かつては所謂ビジネスホテルだったのだろうというのが伺える空間。
往時は客で賑わっていたのだろうロビーも、それらを捌いていたホテルマンがいただろうフロントも、今やはく離した建材と飛び散ったガラス片だけが広がっている廃墟だった。
そしてそのガラス片の元々の居場所だったのだろう、エントランスの扉と窓は全て枠だけになり、その枠さえも強い力で捻じ曲げられているのがここからでも分かる。
「アルファ1よりCP。ホテル1Fは異常なし。これより外に出るオーバー」
だが相方にしてこの業界の先輩によれば、この破滅的な姿さえも異常なしに含まれるようだ。
「CP了解。現在建物周囲に敵影は確認できないが、慎重に行動せよアウト」
もっとも、既に放棄されて久しい場所である以上、多少の荒廃は当然なのだろう――その考えはある意味で正しく、ある意味では間違っていると言う事を、エリカの後に続いてひしゃげたシャッターから表に出たところで痛感させられた。
「周囲異常なし」
それを平然と受け入れてクリアリングをする相方の後ろで、俺は自分の目を擦った。
成程放棄された都市だ。人の気配は全くなく、そっくりそのまま市街地が残っているとはいえ所々荒れ果て、朽ちている。
だが、普通の都市が捨てられたとて、建物の壁に無数の弾痕や、元がどういう色だったのか分からない程に丸焦げになった車の残骸や、べっとりと着いた血がそのまま乾ききって歪な模様を形成しているバリケードの類が広がっていることはあるまい。
「驚いた?」
見なくても分かる――そう言いたげなエリカの背中。
「ああ、こいつは……」
彼女の後に続きながらホテル前の道を左へ。
道路上に放置された無数の車両を躱しながら先へと進んでいく。
周囲の建物といい、道交法など存在しない様子で道路上に散乱しているとしか言いようのない有様の車両といい、それら全てに弾痕や血痕や焼け跡が残っている。
「都市警備AIが暴走しているって話は知っているよね」
「ああ……」
それらの周囲に警戒し続けながら進む俺の耳に、同じ状態で呟くエリカの声。
「その時まだ、ここには人が暮らしていた。警備部隊は狂ったAIに従って、街中に溢れるウン十万の人間を暴徒として“処理”した。人間の警察や何かと戦闘になりながら」
狂ったAI。狂わせた人間。その結果がこの廃墟のようだ。
都市が孤立し、市街地に無数の敵が出現――LD残党のハッキングによりそう認識した都市警備AIが、隷下の部隊を動員して“喫緊の脅威”に対処した結果の大虐殺。
LD残党は知っていたのだろうか。自分たちの行為が何をもたらしたのかを。
「……」
直感が語る:恐らくイエスだ。
LDはこの町を牛耳っていて、当然都市警備AIがどういうものかも知っていて、それが非常事態だと判断するように仕向けたのだ。まさかこの虐殺を予見していませんなんて筈はない。
彼等は見殺しにしたのだろう。自分たちが本来なら守るべきだったはずの無数の人間と、それが暮らすこの都市を。
「CPよりアルファ、身を隠せ」
不意にインカムに響いた緊迫した声がその思考を打ち切らせたのは、ホテル前の道が丁字路に差し掛かったところだった。
「右手から軽歩兵が十名以上接近中。やり過ごせ」
「「了解」」
即座に付近の車に身を隠す。
丁度いい大きさのバンが、その側面を交差点に向けて転がっていたのは幸いだった。
「……」
車体の隅から最低限の露出で交差点の方向に目をやる。
連絡を受けた軽歩兵が現れるまでは、それから一秒かそこいらだった。
「伏せて」
エリカの押し殺した声に従う。
その一瞬に見えた、右手側からやって来る兵士たちの姿。
マルチカムブラックの上下にブラウンのCPC型プレートキャリア。首から上はパラグラバで素顔を隠し、更にACHが頭を覆っている。
そして連中の手の中にはMC51=ほぼサブマシンガンのサイズでありながら7.62mm×51のライフル弾を使用するそれか、数名はG3小銃で武装している。
こちらには気付いておらず、そして進行方向もこちらではないのだろう。周囲に向ける警戒は僅かで、車両の残骸を避けながら一定のペースで左手側に向かって移動していく。
その姿が、俺たちがここまでうまく敵の目を避けて進んでこられたことを示していた。
その一安心する姿が見えなくなったところで、インカムの中のCPの声が囁く。
「よし……敵軽歩兵の通過を確認した。だがあいつらに気を抜くという事はない。分かっているとは思うがお前たちも気を抜くなよ」
「「了解」」
しっかり釘を刺されてから俺たちはお互いの手で五秒カウントして移動を再開。奴らが駆けてきた方向に丁字路に差し掛かる。
当然、そのタイミングで背後になった左手=連中が向かっていった方向に目を向けるが、背後の動きに気付いた様子はない。
「そのまま……」
車の影に身を隠しながら、そいつらの姿が更に遠ざかって、横転したバスの向こうに消えるのを待ってから移動を再開。奴らがやって来たそれまでの右手側に向かう。
そのタイミングでもう一度後方確認。やはり出て来てはいない。
CP=エルマさんの言葉ではないが、奴らは侮れない。その理由は俺の脳のいじくられた部分にインプットされている。
あいつらは油断することも、推測で動くこともない。自分で確認したことと味方からの連絡、そしてAIからの命令以外には従わない。
人間的ではない警備ロボット。それは比喩ではない。あれらは実際に人間ではない。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




