初出勤4
「屋上到着。周囲クリア」
それから数秒後、インカムに届いた報告を聞いて、俺も彼女の後を追う。
フックを繋ぎ、投身自殺のように手すりを乗り越えると、ハーネスは滑らかに収納していたワイヤーを吐き出して俺を下へと送っていく。
「おお……」
一定のペースで下って行った先に広がっていたのは、一種神秘的とさえ思える光景だった。
巨大な町の模型――人気の全くないそれを表すのは、多分その表現が一番近いだろう。
第一層を構成する沢山の通路や広場、それらを支える無数の支柱によって覆われた町。
今や人のいないそれが、まるでついさっきまで機能していたように広がっている。
ポンペイの埋まった町を現代でやってみたらこういう風になるのかもしれない――そんな風に思えるほどに完全な形で残された二層の町を、一層の隙間から差し込む太陽光が所々から照らしているのが妙に神秘的にさえ思えた。
そんな観光気分は数秒と持たないのは言うまでもない。目的地であるホテルの屋上に着地すると即座にハーストのロープ部分を切り離し、手のひらサイズにまとめられた予備ロープを挿入する。
ハーストの便利なポイントの一つがこれだ。一々展開したロープを回収しなくても、その場で切り離して次のロープを装填するだけで繰り返し使用できる。
先にそれを実践していた相方が正面のホテル内へと通じている扉の方を見ながら俺を出迎えてくれた。
「ようこそサイストックへ」
気合を入れ直す。ここからがこの町だ。
つまり、敵と遭遇して戦闘になる可能性のある場所だ。
着地したホテルオレンジヒルの屋上は、成程放棄された都市だと分かる程に朽ち果てていて、所々アスファルトと思われる舗装が剥がれ、建材まで露になっている。
着地した場所のすぐ近くには非常階段があったはずだが、本来なら各階に通じているのだろうそこは、一個下の階に辿り着く途中で朽ち果てて落下してしまったのだという事は、同じぐらい朽ち果てている事がここからでも分かる路地に散らばっている無数の鉄骨が説明していた。
その朽ち具合は進行方向も例外ではないと言う事を、入口前まで行って理解した。
「アルファ1よりCP、オレンジヒル屋上に到達。これより内部へ侵入する。入口は……施錠されていないし、だいぶ朽ちている」
扉を縁どるように広がっている赤錆は、最早ただの塗料の禿げではなく他の金属部分を侵食するまでに至っており、そこに嵌っていなければ扉自体がボロボロの金属板にしか思えない有様だ。何しろドアノブの周りまで浸食されて取れかかっているのだから。
「CP了解。内部は照明が一切存在しない。小型ドローン及びフラッシュライトを使用せよアウト」
その返答を受けながら俺たちは顔を一瞬だけ見合わせて役割を決めた。
つまり、俺がそっと扉を微開にして、その隙間からエリカが蠅ぐらいの大きさのドローンを中に放り込むという役割分担。
「よし、起動」
ヒップバックのようにしていたポーチから取り出した眼帯型のデバイスを右眼に着けたエリカが発する。
右眼全体、というか顔の1/4を塞いでいる眼帯の裏側では、今投入した蠅型ドローンの映像が表示されているのだろう。
「やっぱり暗いね……、デジタル処理してもこんなもんか……」
この世界の光学技術は大したものだ。小さな虫程度のサイズにも関わらず、明かりのない室内に飛び込ませてもなんとか見える映像を撮影することができる。
だが、それだって十分ではないのだろう。
「見えるか?」
「まあ、大丈夫。こういうルートで……ここから下に降りるのね」
片目でドローンの視界を確認しながら片手で支給されたスマートフォンを使ってマッピングしていく。随分器用な事をする。
「……よし、とりあえずルートは分かった。行こう」
眼帯を外した彼女が俺を振り向く。スマートフォンに替わって手の中に納まっているのはHK416=彼女のプライマリーウェポン。
「私がポイントマンになる。バックアップお願い」
「了解」
答えながら俺もプライマリーを手に取りセーフティを外し、それからサイドレールにマウントされたフラッシュライトをONにする――鏡写しの動作で相互確認。
ギリギリと耳障りな音を立てる扉の横をすり抜けるように中へ。
入ってすぐの下り階段をライトで照らしながら、リノリウムのボロボロになったそこを一段ずつ下っていく。
下り切った先にあった扉は開け放たれていたが、元々は閉じられていたのだろうと言うのはフラッシュライトの限られた視界でも分かるぐらいに汚れたすりガラスに貼られた「関係者以外立ち入り禁止」の看板が物語っている。
「進路クリア」
その向こう、真っ暗な廊下を奥へと進んでいく。本来ならあったはずの非常階段を使えない以上は、この廊下の先にあるエレベーターホールにある階段から降りるしかないと、廊下に張り出された案内図が示している。
その廊下も非常階段と同様の有様だったら?外に出てハーストを使えそうな場所を探すしかないだろう。
だが幸い、そんな回り道をする必要は無さそうだった。
今度は朽ちていない扉を開いた先をフラッシュライトで照らすと、無機質な階段はしっかりとその役目を果たせそうな状態で残されていた。
「足元に注意して」
「了解」
エリカはフラッシュライトで足元を照らしながら俺に声だけで伝え、俺も答えながら進行方向と足元を交互に照らす。
階段は長居するべき場所ではない。逃げ場が無い上に、踊り場で折り返すタイプのこうした場所は死角が多い。
その上足元がおぼつかないと言うのは中々に厄介だったが、幸い一階まで何もなく進むことが出来た。
「帰りはここ歩かせるのか……?」
「まあ、工事業者の人たちライトあるだろうし」
人間三人を連れて無事に脱出するには彼らにそれを持ってきてもらう他ないだろう。
もし持っていなかったら、バンカーに据え付けの備品から失敬してもらう必要もある。
「よし、フロントに出る」
話を切り上げてそう言いながら、エリカがそっと扉を押し開けて隙間を作る。
差し込む光、それが扉の開度に合わせて照らす範囲を広げ、フラッシュライトが必要なのはここまでであると物語っている。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




