初出勤3
それから程なくして車は停まる。
周囲には人気はなく、広がっているのは巨大な廃墟の都市。
「よし、到着」
エルマさんがそう言って、それから自らのスマートフォンを取り出した。
「こちらモーラー・アルファ社です。現在第一層に到着、これより弊社の要員が救出に向かいます。要員が到着するまでバンカー内でお待ちください。到着した際には要員から連絡いたしますので、合言葉『クラウディ』『サニー』を確認してください」
恐らくC2バンカーに連絡しているのだろう。
彼等への連絡手段は俺もエリカも、エルマさんと同じスマートフォンを支給されている。
恐らく厳密にはスマートフォンとは違うのだろうが、使い方と言い見た目と言い性能と言い、それ以外の呼び方は思いつかない代物だ。
連絡を終えた彼女が俺たちの方に目をやる。
「よし、まだ全員無事みたい」
「「了解」」
それを合図に俺たちはその廃墟に降り立ち、即座に周囲に目を光らせる。
目の前には背の高いコンクリートバリアが一定間隔で並んでいるが、それさえなければ片側一車線で相互交通も余裕な広さの通路が伸びている。
その奥に所々見える、恐らく二層から伸びているのだろうビルの上層部が、今立っているような通路から突き出ているのが見て取れる。なんとなく、カーナビに表示される遠景のアニメーションのようにも思えるそれはしかし、そのほとんどが今や住む者のいない廃墟だ。
「アルファ1よりCP。周囲に敵影無し。移動を開始します」
アルファ1=エリカからCP=エルマさんへ連絡。とりあえず、今この辺りまでは敵は来ていない。
「了解。厳重に警戒せよ。こちらからはドローンで周辺警戒を実施する。CPアウト」
車止めを越えて、巨大廃墟に足を踏み入れる。
同時に俺たちの頭上を通過する物体=テニスボール大の球体型ドローン。
内蔵されたローターで飛行するそれが、図書館でも使えるというのが売り文句の静かな駆動音で先行する。
そのドローンが安全を確認したところを俺たちが追いかけていく。このサイストックを歩く時の基本の形=ここ数日で学んだこと。
通路は奥へ奥へと伸び、同じように縦横に走っている他の通路と何度か交差して、その網でもって大地を覆い尽くしている。
「CPよりアルファ、停止せよ」
唐突にインカムにその声が聞こえたのは、その何度目かの交差点を越えて、目的とする降下ポイントが見えてくる辺りだった。
「第一層降下ポイント付近にアルウスを発見した。降下ポイントを変更し、ホテルオレンジヒル屋上に降りろ。新たな降下ポイントまでの迂回ルートを送信する」
アルウス=蜂の巣を意味するそれは、正式にはDP-154と呼ばれるドローンの発信基地だ。
小型の偵察ドローン数機を格納し、必要に応じてそれを展開する。
大体の場合電力供給がなされており、ドローン格納時にはそのバッテリーを充電する機能も持っている、無人のドローン基地。
当然、分かっていれば近づかない。名前の通り蜂の巣と同じ扱い。
「アルファ1了解。データ受信」
「アルファ2了解。こちらもデータ受信」
スマートフォンに表示されたルートを頭に叩き込む。と言っても、それほど丸暗記の苦労はない。まったく機械化万歳。
指示されたホテルはここからは少し距離があり、目的地までも多少は遠回りになるようだが、背に腹は代えられない。
言われた通り、俺たちは蜂の巣がある崩落した穴を遠回りにぐるりと迂回して目的地へと進んでいく。
「……しっかし、妙な話だね」
不意にエリカが漏らした。
「妙?」
「うん。B17バンカーと言い、崩落地点のアルウスと言い、イミューニス……都市警備AIが感知していないはずの場所だよ」
人間を機械化するような技術のあるこの世界においても、AIが自我を持つことはない。
あくまで与えられた情報を基に判断を下す、その速度と精度が人間のそれとは比較にならないというだけで、自ら考えるAIはこの世界でもSFの中だけの存在だ。
「つまり……誰かが情報を漏らした?」
「まあ、多分だけど」
考えられるのはLDの残党だろうか。
だとして目的が思いつかない。仮に未だ“古き良き時代”を忘れられないのだとしても、今更AIの情報を更新したところで嫌がらせ以上の意味があるとは思えない。
「ま、その辺は私たちの仕事じゃないし」
俺が考え込んでいるのを見てか、彼女はそう言って話を切り上げた。
「それより、そろそろ降下ポイントだよ」
彼女が指さす先=新しいそれは穴など開いておらず、通路と通路の僅かな隙間から見えているビルの屋上に降りるものだ。
「そうだな……」
「こっちは何もないといいけどね」
言いながら、俺たちはその降下ポイントから下を覗き込む。
その遥か上から差し込む太陽の光が、だいぶ年季の入ったビルの屋上を照らし出している。
考えてみれば奇妙な光景だ。足元の下に町が広がっているなどとは。
「アルファ1よりCP。アルファは新しい降下ポイントに到着しました。これよりホテルオレンジヒル屋上へと降下しますオーバー」
「CP了解。現在オレンジヒル周囲に敵影は確認できないが、ホテル内の状況は不明。侵入時は十分に警戒せよ。アウト」
エルマさんとのやり取りを終えたエリカは、自らのハーストに手をやると、それまでリュックサックのような形で身に着けて、腰に巻いていた太もものハーネスをスカートの上から器用に引き出してまたぐらに通すと、慣れた手つきでそのワイヤーを引き出し通路脇の太い手すりに先端のフックを取り付けた。
「それじゃ、私先行するね」
「了解だ。気を付けて」
ハーストの動作に異常がない事を確認して小さく頷くが早いか、ひらりと身を翻して彼女は手すりの向こうへ。
それから音も立てずに、彼女は通路と通路の隙間に消えていった。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




