目覚めし者の夢36
「行ってみよう」
その仮定の下、件のハッチへ近づいてみる。
本当ならカメラに映らないようにしたいところだが、椀型でカバーのついたそれがどこに向いているかを接近前に把握するのは至難の業だ。一応方向は確認したが、完全に回避できていると考えるのはどれ程楽観視しても無理があるだろう。
ついでに言えば、ハッチの下はどうやってもその視界に入らざるを得ない。
塞いでしまおうか――僅かに浮かんだその考えを否定する。
もし考えている通りこのハッチがDr.ナックの下に繋がっていて、このカメラで外の様子を監視していたとして、彼等に対して敵意のない事を説明するより他にない。もっと言えば、自らの信者たちが今この瞬間も殺されている事、そしてここも襲撃の危険がある事を伝えなければなるまい。
なら、普通の来訪者に見えるように振舞った方がいいだろう。
「これ、あたりっぽいね」
エリカが指をさす先=本来ならハッチを止めているプラスねじが外されたままになっていて、代わりに外から掴めるように「U」の字型のハンドルがぶら下がっている。
「ああ……」
対して俺が見つけたのは、今俺たちが立っている場所のすぐ横、壁際に置かれている、ちょうど天井まで届きそうな金属製の棒だった。
その先端は鉤状に折れ曲がり、ハッチの真下で持てばハッチから下がるハンドルに引っかかるようになっている。
直感:扉の近くに開錠手段を置きたがるのが人情というもの。
念のためトラップのないことを確かめた上でそれを取り上げてハッチ下で垂直に立てると、想像通りにその先端をハンドルに引っ掛けることに成功した。
「よ……っと」
そのままハンドルを回す。
ハッチを止めている掛け金が外れ、重力に任せて降りてきたそれが、その動きで棒から外れて開く。
その始終を見ていたエリカが、ぽっかり開いた穴から出てきたものを見つけて声を上げた。
「これって……!」
屋根裏に通じるハッチ。
その上からこれまた重力と開く動作によって外に出てきたのは、脚立のような足場。
試しに掴んで手元に引き出すと、するすると伸びたそれが床まで達する。
「正解だ」
これまた直感。
念のためエリカが内視鏡を伸ばして中を確認する。
「中は広いね……。でも足場は一本道だ」
どうやら足場が組まれているらしい。まあこの屋根裏を自由に歩き回れる訳もない。ただでさえ放置されて長い時間が経過しているのだ、いつどこが抜けるのか分からないだろう。
「敵影はなし。登った正面に扉あり。閉まっていてその先は分からない」
「了解」
答えながら階段状になった足場を登る。双眼式の暗視装置はマクロファージとの戦闘の際に破壊されてしまったため、眼帯型で代替。
その眼帯を通して見える屋根裏の姿=正面に真っすぐと、ハッチの周囲に広がる足場。
空調機器や何かのパイプと交差するようにして屋根から吊ってあるそれが、正面奥の扉に真っすぐ伸びている。
「よし……」
一度頭を引き、取り回しのいいセカンダリーを抜いてもう一度入る。
ハッチは人間一人がギリギリ通れるサイズしかないため、今襲われればバックアップは絶望的だ。
階段を慎重に一段ずつ登り、完全に中に入ったところで周囲を警戒。
恐らく内側から操作するためだろうレバーがハッチ横の柱に取り付けられ、そのすぐ隣にトグルスイッチが一つ。その裏から伸びている線を視線で追うと、奥の扉までの間に一定間隔で電球型のライトが下がっているのが見えた。
「異常なし。上がって」
後続するパートナーに伝えつつ、自分は膝射姿勢で奥の扉へと正対する。
セカンダリーはローレディで待機。何か動きがあればすぐにそちらに向けられるように。
後ろから階段を上る足音。一定のリズムで聞こえたそれの終わりに、俺の肩に手が触れる。
「奥へ進むぞ」
「了解」
視線を奥へと向けたままそう伝え、応答があった次の瞬間、正面の扉が勢い良く開いた。
「「ッ!!!」」
向かい合う俺たちとその向こうの人物。
咄嗟に銃を向けた俺に、どうやら後光の中にいるその人物も同じものを同じようにしているというのは、眼帯の光量補正が教えてくれた。
「何の御用ですか?」
その突きつけているものからも分かる、隠す気のない警戒を表す声。
スーツ姿の女性。年齢は30代後半~40代ぐらい。手の中に護身用の小型拳銃を握り、それをこちらに突きつけたまま扉の場所に仁王立ちで問いかけてくる――撃つ気があるのかどうかは半々と言ったところ。
一瞬の膠着の後、俺たちはゆっくりと銃を降ろす――向こうはまだ向けたまま。
「突然申し訳ありません。我々はサイストック全域の調査、護衛などを行っております、モーラー・アルファ社と申します」
「何の御用ですか?」
返って来るリピート。
気付かれないように一度トリガーから外した指を再度その上にかける。
「ある方からのご依頼で、人探しを行っております」
それから一瞬の沈黙。
不意に、こちらに向けられている敵意が弱まった。
それは決して俺の思い込みは無かったのだろう。
「分かりました」
そう言いながら、彼女は諦めたように銃を降ろした。
「いつかこうなると思っていました。どうぞこちらへ。恐らくあなた方のお探しの人物にご案内いたします」
信じてもらえたようだ。
俺たちも彼女に合わせて銃を下ろしたまま近寄る。
「ああ、その前に」
そう言って、ハッチ横のレバーを示す女性。
「そこを閉めてください。カメラで見る限りまだこの階には警備部隊は来ていませんが、登って来た時に隠しておきたいので」
どうやらハッチ横以外にも隠しカメラがあったようだ。
指示された通りにレバーを操作すると、階段が格納されながら同時にハッチが閉まり始め、両者が同時に元の姿に戻る。
「ではこちらへ」
その姿を見届けると、女性はくるりと背を向けて扉の奥へと俺たちを誘った。
(つづく)
投稿遅くなりまして申し訳ございません。
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