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土竜・オブ・ザ・シティ  作者: 九木圭人
目覚めし者の夢
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目覚めし者の夢37

 彼女の後に続いて扉をくぐる。

 殺風景な小部屋と、扉と反対側に設けられた後付けの階段。

 そしてその階段の先にあるのは、もう一つの扉。


「こちらです」

 先導する彼女に続いてその扉をくぐった俺たちの前に広がっていたのは、ちょっとした旅館のような二間続きだった。

 入ってすぐの場所は広々とした作業部屋のような場所。右手側の壁に密着した、様々な書籍や何らかのファイルが詰め込まれたキャビネットが一つ。その横の作業用の長机の上には、恐らく配信用だろう諸々の機材や、それらと無数の配線で繋げられたパソコンが一台。そのパソコンの横に置かれているのはゆりかごの党のパンフレット。


「ここが――」

 思わず声が漏れた。

 その呟きも、この部屋の主である女性には聞こえていた。その上、彼女の俺たちの目的についての予想はまさに的中していたのだと確信させてもいた。

「お考えの通りです。ここが私たち『ゆりかごの党』の拠点です」


 部屋の中央には一般家庭の居間から持ってきたようなテーブルが置かれ、配信用の機器群の隣に置かれた冷蔵庫とそこの間に動線が出来ている。

 そこを挟んで左側には簡易なベッドが一つ。枕元の扉がトイレとシャワー、そして洗面台に通じているというのは、そこに掛けられた表示が説明していた――ついでに、そこに水を供給している貯水タンクと、そのタンクに雨水を集めるための諸々も。

 生活と配信のための部屋。あのレジスタンスたちからすれば聖地か何かだろう部屋。


 だが、そうした生活と配信のためのスペースのインパクトも、奥のもう一部屋のインパクトに比べればたちどころに霞んでしまう。


 手前の部屋と同じか、いくらか狭いぐらいの部屋。

 そこには配信に関する諸々も、生活に関する諸々も存在しなかった。

 ただ一基のベッドと、そのベッドの周りを囲む様々な機械類、そして――そのベッドに横たわる、小さな老人が一人だけ。

 周囲の大きな機械類に比べてあまりにも小さく弱々しいその老人は、周囲を囲むそれらから伸びる管に繋がれたまま、全く動くこともない。傍らのモニターに表示されている彼の血圧や心拍数が無ければ、棺の中のミイラにも見える。

 病院の一室をそのまま移設したようなその空間は、手前に広がっている配信用のスペースと地続きになるには余りに異質だった。


 その老人の傍らに立つように、女性は歩を進めてから振り向く。

「こちらがDr.ナック。かつてレイ・ドノバンと呼ばれていた『救国の通達』創設期のメンバーです」

 耳を疑った。

 だが、恐らく聞き間違いではないし、彼女が冗談を言っているようにも見えなかった。

「えっ……」

「いや、でも……」

 俺もエリカもにわかには信じられなかった。

 確かにDr.ナックの姿を見たことは一度もないが、だとして今目の前に横たわっている老人にマイクの前でしゃべるなどという芸当が出来るようには思えない。


 と、そんな俺たちの思考を先読みしたように、部屋の傍らに置かれたスピーカーから一度空電音が漏れ、それからゆったりとした明るいBGMが流れ始める。

「ああ、ネット上に流している定期放送です。今は録音したものをタイマーで決まった時間に放送しています。これが私たち『ゆりかごの党』のメインの……というより現状唯一の活動ですので」

 女性は驚いた様子もなくそう説明する。

 やがてBGMのボリュームは小さくなり、代わって壮年の男性の声に変わる。

「この国の未来を憂う、全てのアシュファーラ人の皆さん。こちらはゆりかごの党代表、Dr.ナックです」

 当然ながら、その声が名乗った名前と同じく紹介された寝たきり老人の意識は戻っていない。とてもではないが、この老人がその声のようにはっきりと話すことなど出来るとは思えない。


 と、どうもその老人の横に立っている女性には俺の心が分かるようだ。

「AIによる生成ですよ。かつての活動の記録からドノバンの声をサンプリングし、その声を再現して放送しています。内容に関しては、これもかつての彼の活動を基に私が原稿を作成しています。昔から、先生の原稿を作るのは私の仕事でしたから……」

 女性の目が細まった。

 そしてその細まった目は、言葉の途中からドノバンと呼ばれたその老人に向けられていた。

 まるで昔を懐かしむように、動かない老人にじっと向けられる優し気な眼差し。


 彼女がこの空間に俺たちの存在していることを思い出すのに、一秒ほどかかった。

「……ご挨拶が遅れました。私、Dr.ナックの秘書をしております、アニ・カークランドと申します。きっとお二方と、そのご依頼主がお知りになりたいことをお話しできるかと思います」

 そう言われて、少し戸惑ったのが本当のところだった。

 依頼主である電波監督局のトラビス氏は、Dr.ナックの正体がレイ・ドノバンだった場合は政治的アクションを起こす前に身柄を押さえたいと考えていた。

 だが、この状態で政治活動などどう考えても不可能だ。

 ただその事を報告すればいいのではないか――そんな考えが頭をよぎる。


 だが、どうにも相方はそうではないようだった。

「お願いします」

 真面目というか、何と言うか――タダの野次馬根性という訳ではないだろう。


「分かりました。まず、お二人の依頼人の方ですが、恐らくDr.ナックとレイ・ドノバンが同一人物か否かを確かめてほしいとご依頼だったのではありませんか?」

 答えにくければお答えいただかなくて結構です――そう付け加えながら、しかしカークランドと名乗ったその女性はそれを確信しているようだった。


「先程申し上げた通り、ここにいるレイ・ドノバンがDr.ナックの正体です。……ドノバンはかつて、政治結社『救国の通達』の創設メンバーにして、その後も幹部として運営に携わってきました。国際融和の名の下にラゴアや他の共和派諸国に対して弱腰だったこの国にあって、アシュファーラ人の誇りを取り戻し、民族意識を目覚めさせることを目的に活動していたのです」

 救国の通達は冷戦初期に現れた民族主義的政治結社だという話だったが、どうやらその点に誤りはないようだ。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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