目覚めし者の夢33
「大人しくしろ」
鳩尾と、地面に叩きつけられたダメージからまだ立ち直らない相手に念押しのようにそう告げながらうつ伏せにひっくり返す。
その間も当然ながらセカンダリーはつきつけたまま。下手な抵抗は無意味であるということは、どんなに夢見がちな頭でも分かる。
「ぐぅっ!!?」
うつ伏せになった相手の腕を後ろに回して、上から膝で押さえつける。
うめき声が聞こえてくるが気にしない。どうせ死ぬような圧迫ではないのだ。そもそも銃を向けてきた相手に対して怪我をさせないよう気を使ってやる義理などない。
そのまま背中に乗って抑え込みつつ、左手はタクティカルベルトのポーチへ。幸いなことに、壊滅したメディックポーチとは別に一本だけ用意していた鎮静剤を取り出して、ボールペン型のそれを奴の首筋に押し当てて、それとは反対側を親指で一息に押し込んだ。
「……ッ!」
命に別状はない。だが急速に眠らせる効果のあるナノマシンを直接体内に流し込んで抵抗を奪うこの鎮静剤は、もとよりこういった状況も想定して作られているのだろう。何よりもその即効性は目を見張るものがある。
「よし……」
念には念を入れて両手首を結束バンドで拘束しておく。これで抵抗されることもあるまい。
「そっちは?」
ひと段落ついたところで相棒の方を振り返る。
「えっ、あっ……うん。大丈夫」
心ここにあらず。
少なくとも、俺が知る限り彼女が任務中にそんな精神状態になっているのは初めてだ。勿論、一体何にそれほど大きなショックを受けているのかは言うまでもないだろうが。
「……さっきの話だけど」
何となく気まずい気がしてこちらから切り出す。
無かったことにしろ――そう主張する声も頭の中で唸っていたが、今この状況でその新たに知った彼女の正体についてあからさまに触れないのは、殊更に大きく取り上げているのと同じだろう。
だから、俺の考えを伝えるしかない。簡単ではないが、恐らくそれが最もダメージの少ない方法だ――その結論に至った所で、不意にエリカの方から沈黙を破った。
「あーあ、バレちゃったか」
おどけて、明るく。
えんじ色に近い赤の髪の毛をくしゃくしゃと掻き、その手で顔を隠して。
「……」
その隠した手の向こう側がどうなっているのか、容易に想像が出来るのが痛々しく思えた。
「……ごめんなさい。騙すつもりはなかったんだ」
ごしごしと目元を擦ってから俺の方に向けた表情は、不思議なほどに自然な笑顔だった。
「でも出来れば……出来れば、知られたくなかったなぁ」
「……正直だな」
両手を広げた姿が返って来る。
「途中で放り出されたとはいえあそこの出身だからね。それに……あそこの存在を知った人たちがどういう目で見るのかは分かっているから……」
俺の知る限り、アシュファーラの人間は日本人と同じだ。つまり、人それぞれ色んな奴がいる。当然、プロダクテッドに関する認識も人それぞれだ。憐れむ者、気味悪がる者、見下す者、蔑む者、その他自らの立場や主張の為にその存在を利用する者、或いは全く気にしない者――彼女らが自分の意思でプロダクテッドになった訳ではないという点を理解している者としていない者、その事実から意図的に目を背ける者。
勿論アンケートをとった訳ではない。だが俺も、一切なんの情報も入ってこない程世捨て人のような生活をしている訳でもない。
「それにさ」
「ん?」
「あなたには知られたくなかった」
そう言って、彼女は自らのアドミンポーチから一枚の写真を俺に差し出した。
写っているのは四人の少女。横一列に並び、揃いの制服とプレートキャリアに身を包んだ彼女たちの上を横断するように油性ペンで書かれた「375th Scout Unit」の文字。
その右端で左隣の子と肩を組み合っているのは、間違いなくエリカだった。
そして、彼女たち全員のプレートキャリアの胸の部分に共通しているのはフクロウのパッチ。
――それが何を意味するのか、彼女が写真を180度回転させるまでもない。
「フクロウは校章だった。私たちの……仲間の象徴だった」
写真に写っているのと同じ制服とプレートキャリア姿で、彼女は言う。今彼女のそれにパッチはない。
「これまで戦ってきた相手とかつては繋がっていた……そんなの、言える訳ないよ」
その気持ちは痛い程よく分かった。
言える訳などない。例えそれが騙すことになったとしても。
「……そうか」
「ごめんなさい」
そこで再び沈黙が支配する。
何か言わなければ――そうは思うが、その想いだけが先走って、何をどう言うべきかがまとまらない。
結局、言うべき言葉の編集を先に終えたのはエリカだった。
「……もし、コンビを解消するって言うのなら、私は受け入れ――」
「何言って――」
「CPよりアルファ、そちらの頭上に到着した。これよりハーストを降ろす。全員無事かオーバー」
と、ここで一時中断となった。
助かった――二つの意味で。
その感想は、きっと彼女も抱いたのだろう。どことなくほっとした様子で応答する。
「アルファ1よりCP。ダイヤが錯乱し抵抗したためアルファ2が拘束。現在鎮静剤を投与して昏睡させました。オールアルファに被害は有りませんオーバー」
「……了解した。ハーストを降ろす」
言葉の前にため息が一つ。失望ではなく安心だと思いたい。
結局、そのお仕事を先にこなすことになった。
最初にエリカが上がり、それからエルウィン氏に着装して引き上げさせる。最後に俺が上へ登れば、待っていたワンボックスに社長がエルウィン氏を押し込むところだった。
「知ってしまったようだな」
その社長が、俺を見て一言だけ告げた。
エルマさんの方を見ると、彼女もまた社長と同じ表情でこちらを見ている。
つまり、知らなかったのは俺だけという事だ。
エリカと社長やエルマさんがどういう関係なのかは分からない。
だが、まあいい。どの道言うべきことの方向性は決まっていたのだ。一人ずつに説明する手間が省けたと考えよう。
「……さっきの答えだけど」
相方の方を見る。まるで殴られるとでも思ったかのようにびくりと肩を震わせる――その反応だけで十分俺の答えは固まった。
「さっき下で言ったように、誰にだって秘密がある。俺だって秘密がある。今が味方ならそれでいい」
彼女はコンビ解消を、過去を隠していた事への非難を恐れている――それだけ罪悪感に満ちている。
誰だって言いたくない過去はある。隠しておきたい過去はある。なにより俺だって彼女らに全ての過去を明らかにした訳ではない。
「それって……」
第一彼女だって望んでプロダクテッドに生まれた訳ではないだろう。誰かの都合でそんな立場に生まれて、誰かの都合でその道が断たれて今に至る。
それを詫びなければならない理屈などあるまい。彼女はこれまでも逆さフクロウの連中と銃火を交えたし、向こうだって容赦なく撃ってきているのだ。
だったらどうして、その経歴を理由にコンビ解消だなどと言えるだろうか。
――正直な所、多分俺は結構このコンビを気に入っているのだ。先程彼女がコンビ解消を切り出した時に、自分でも分からない内にそれを否定しようとしたぐらいには。
「……仕事が残っている。片付けよう」
だが、流石にそれをストレートに伝えるのには躊躇がある。
だから話は終わりとばかりにそう言って、それから面白いものを見たという顔をして車内から各種補給物資を引っ張り出して来たエルマさんの方へと足を向けた。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




