目覚めし者の夢31
「今が味方なら、それでいい」
それを頭に置いた時、自然とその結論に達した。
それに対する答えは、消え入りそうな、しかし先程までと違うはっきりした声だった。
「……ありがとう」
これで、少なくとも今この場での追及は終わりだ。
「移動しよう」
何となく小恥ずかしい気がして、この話題を打ち切る意味を込めてそうつぶやき、それで己の音頭をとるのに用いる。
一番奥、連中の入っていった扉は閉ざされていて、その手前の柱の辺りまでは他に気配はない。連中が戻ってこない保証がない以上、このチャンスを逃す手はない。
「移動します。ついて来てください」
振り向いて、未だ同志の骸に縋りついているエルウィン氏を呼ぶ。
仰向けに倒れ、撃たれた瞬間の表情なのだろう、驚きに目を見開いた状態のままの彼に覆いかぶさるような姿勢のエルウィン氏。
念仏のようにぼそぼそと何かを唱えている――というより、独り言を垂れ流している。
余程のショックだったというのは分かる。こうなるのも無理はない。
だが同時に、こうしている時間もない。
「移動します」
ポン、と彼の肩に手を置いて呼びかけると、その瞬間初めてこの世界に自分以外の人間がいたことを知ったように驚いた顔がこちらを見た。
「お気持ちは分かります。ですが、ここにいては危険です」
「……ああ、そうだな」
彼とチェスターという男の間に何があったのかは分からない。だが、少なくとも他のレジスタンスのメンバーよりも親密――或いは信頼や憧憬があったのだろうというのは想像に難くない。
何度も振り返りながら、その人物のそばを離れて動き出した彼の後ろを守る。
先頭は再びエリカ。その背中を追うようにエルウィン氏と俺とが続く。
「……」
件の柱に到着して、降りてきた時と同様の階段に差し掛かった時、不意に彼が俺の方を振り向いた。
「なんです?」
「……あいつら、何者なんだ?」
「あの男はブローカーと呼ばれている――」
そこまで言いかけたところで彼の声が遮った。
「そっちじゃない。その男と一緒にいた連中だ」
直感:奴の目は俺たちを疑っている。
子供の頃、父親が課した毎日のサッカーの練習、好きでもないそれをやらされ続ければ、目を盗んでサボるという発想に行きつくのは当然だ。
それがばれた時に父親が俺に向けた目。サボった息子を叱るとか、嘘をついたことを叱るとか、そういうものとは似て非なる目。自分の思い通りにならない=敵に対して向ける目。
時間と世界を超えて、その目が再び俺の前に現れていた。
「そっちは私もよく知りませんね。どこかの武装勢力か、テロ組織か……」
かつて俺に同じ目を向けてきたもう一人に対して反抗するように突き放して答える。
「……本当に知らないのか?」
「ええ」
実際には以前にも遭遇したことがあったが、それは知っているうちに入らないだろう。
「……お前達が来てからだ」
「は?」
その言葉に思わず漏れた声は、自分でもはっきりとわかる程に苛立っていた。
だが、そんな事彼には関係ない。
「お前たちが来てすぐに襲撃があった。お前たちが来て、俺を連れて逃げるその目の前で同志チェスターは撃たれた。お前たちが知っているブローカーとかいう奴が同志チェスターに近づいていて、そしてそいつが同志を殺した」
どうして陰謀論者というのは想像力だけは無駄に逞しいのだろう。それも厄介な方向に対する想像力が。
「仰りたいことは分かりますが、もしそうだとすれば警備部隊が我々を襲った理由に説明がつかない」
と、言ったところで納得していないのは明らかだった。
だがここで議論している時間はないし、仮にこれから先の人生全てを議論に費やしたところで恐らく彼は納得しないだろう。
「それに忘れないでください。マクロファージを撃ったのは俺だ。つまり、今は我々と一緒に来てもらった方が安全だという事です」
何か口を挟まれる前にそう纏めて、それから前に進むよう促す。
「……」
幸い、彼は納得こそ全くしていないにせよ、体はその考えに同調してくれたようだ。
疑りの目をこちらにしばらく残したまま、心配そうにこちらを振り向いて足を止めていたエリカの方に歩き出す。
「……お前、まさか……」
何か言った気がしたが、それきり奴は黙りこくって足を動かし続けた。
幸い、奴が再び口を開く前に柱を登り切り、降りてきた時と同じような通路を進んで出た先は雑居ビルの地下だった。
そこからすぐに続く階段を登った目の前に現れたのは、それまでの騒ぎが嘘のように静まり返った二層の街並みだった。
「アルファ1よりCP」
「こちらCP。全員の状態と現在位置を報告せよ」
ようやく繋がった通信に、エルマさんの切迫した声が流れ込む。
「オールアルファ、及びダイヤは無事です。現在……ホテルアーバンベイの南一ブロック先に到着。周囲に敵影無し」
彼女の視線の先にあったビルを俺も見上げる。
有難い事に、本来の合流ポイントはもうすぐだ。
「CP了解。予定通り、アーバンベイ屋上に向かえ。そこからハーストを降ろして回収する。CPアウト」
ほっと胸を撫でおろした――そうはっきりと表れた彼女の声を聞いて、俺たちは改めて生き残ったのだという実感を噛みしめていた。
後は、この厄介なダイヤをあの建物の屋上まで連れていくだけだ。
そして幸いなことに、そこまでの道中はLD兵はおろかドローンの一機すら出くわさなかった。レジスタンス狩りに戦力が集中しているのだとすれば、怪我の功名と言うべきものかもしれない。
「ロビークリア」
廃ホテル内に入ってもそれは変わらない。
荒れ果てたロビーにも、その先の階段を上った客室にも、人の気配は絶えて久しい。
唯一例外だったのは、その最上階から屋上に上がる手前、メンテナンス通路に折り重なって倒れていたLD兵だけ。
「こいつらは……」
「ここ2~3日って感じじゃなさそうだね」
屈みこんでエリカが検分する。
辺りにぶちまけられている空薬莢と、壁の無数の弾痕。そしてなにより、倒れ伏したそいつらと壮絶な相打ちとなったのだろう、野良モグラと思われる人物の、既に干からびている骸が、ここでかつて何があったのかを物語っていた。
それらを踏み越えて、メンテナンス通路の一番奥へ。数段の階段を登って、これまた穴の開いた扉を開くと、そこでまた力尽きたLD兵がお出迎えだ。
「随分抵抗したようだな」
そのLD兵から10mもない距離に倒れているもう一人の野良モグラ。
相棒――かどうかは分からないが、もう一人の方と同様に、彼もここで一矢報いたのだろう。
「アルファ1よりCP。アーバンベイ屋上に到着しましたオーバー」
「CP了解。あと2分で到着する。そのまま待機せよアウト」
その死骸の上から差し込んでいる太陽の光。2分後にはあの光の中からハーストが降ろされる。
その時不意に、エルウィン氏が踵を返して俺の横をすっ飛ぶように駆け抜けた。
「あっ、どこに――」
言いかけて、即座に止まる――声も、体も。
「動くな!!」
何がどうなったのか、どうしてその結論に行きついたのか――もうそれを考えるのも面倒だ。
「な、何をするんですか!?」
「うるさい!!もう騙されないぞ!!!」
エリカが叫び、それ以上の大声で怒鳴り返す。
目が据わっている。疑心暗鬼に凝り固まった目が。
「そうだ、全部それで説明がつく……」
自分だけに分かる理屈を思いついたのだろう、ぶつぶつとエルウィン氏が念仏のように垂れ流す――LD兵のそばに落ちていたG3を俺たちに向けながら。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




