目覚めし者の夢28
格子状に並んだ柱の間を抜けていく。
周辺を警戒しつつ、しかし同時に速度は落とさない。
一定間隔で並ぶ巨大な柱=幅の小さい壁という環境は、非常に警戒の難しい地形だ。どこに敵が隠れているのか分からず、頻繁に射線が切れ、また奥まで伸びる。誇張でも何でもなく状況は一歩ごとに変わるといっていい。
その危うい中を、俺とエリカで並んで先陣を切り、エルウィン氏がその後ろから続く逆三角形の陣形で進んでいく。
そのルート上には誰もおらず、ただ静寂だけの中を進む――という訳でもなかった。
「こいつら……」
「ロックさん達の家にあった草刈り機……だね」
正式にはプレートレットと呼ぶらしい、三対六本の脚部を備えたカニの甲羅のようなボディーのそれ。
あの家で草刈り機になっていたのは専用のアタッチメントに換装したもので、今進路上にいるのが本来の目的で運用されている個体なのだというのは、なんとなく姿を見ただけで分かった。
恐らく顔に相当するのだろう部分に取り付けられたセンサーで柱や床面を走査しながら移動し、時折シャッター音のような音を立てる。恐らく補修が必要な箇所を探し、表面的に分かる部分は写真や映像を残しているのだ。
そしてその個体と組んでいるのだろう、背中や腹部に取り付けられたツールボックスのような装置と、増設されたロボットアームとで修復にあたる個体が、簡易な損傷なら都度修復しながら追従していく。
そうしたコンビが辺りに複数組いて、互いの縄張りを荒らさぬよう、同時に隙間を作らぬようにメンテナンスに勤しんでいる。
「……」
天井を見上げると、背中についたジブクレーンのようなパーツからワイヤーを伸ばして、天井付近に走っている梁のようなパイプからぶら下がり、柱の上の方を担当している個体もちらほら見える。
幸いなことに、彼らは己の仕事以外に興味が無いようだ。突然の侵入者である俺たちにも一切注目することなく、黙々と自らに割り振られた範囲の仕事をこなし続ける。その背中に入っているかすれて消えかけた都市復興事業団のマークは、彼らがこの場所が出来た当時からこうして保守を続けているのだという事を物語っていた。
そのエリアを抜けて更に先へ。プレートレットの作業範囲を出たのとほぼ同時に耳に入って来たのは、すぐ後ろから聞こえてくる静かな作動音とは明らかに異なる物音――そして声。
「ッ!」
不意に足を止め、右手側にある最寄りの柱に身を隠す。
確かに声だ。
「ねぇ、今のって……」
「ああ……」
こちらが聞こえたのと同様に向こうにも聞こえないよう声を殺して確認する。
聞き間違いではない。そして距離もそれほど遠くない。
「……」
顔だけ出して音の方向を探る。
正面には何もなく、左側180度には何も見えない。
と、そこで肩に手が触れる。
「いたよ……」
その手の主の声。彼女と同じく右斜め前に注目。
柱と柱の間、距離にしておよそ20m弱の辺りに二人の男。
片方はジーパンにシャツというラフないで立ち。武装している様子のない中年の男。
「同志チェスター……!?」
その人物がこれまで何度か名前を聞いたその人物であるというのは、驚きながらも身を隠しておかなければいけないという状況を――恐らくはその場の空気で――察してくれたエルウィン氏の押し殺した声で理解した。
「あれは……ッ!!?」
だが、俺とエリカの集中するべきはむしろその話し相手の方だった。
件のチェスターという男より少しだけ背の高い男。チェスターとは対照的にスーツ姿のその男の左頬には、この距離からでもうかがえる傷跡が一つ走っている。
その姿、忘れるはずのないその傷。
その男の名が口をついたのは隣で同じものを見ていたエリカだった。
「ブローカー……ッ!」
ブローカー=このサイストックで、その呼び名の通り諸々の――そのほとんどは違法な――品々を捌いている男。
そしてそれだけ目立っておきながら、その呼び名以外のあらゆる情報が知られていない男。
二人は何かを話し合っている――いや、違う。
「喧嘩している……?」
彼女の評の通り、どうも平和的なやり取りと言った様子はない。
何を言っているのかは不明だが、どうやら交渉はこじれているようだ。
「――ッ!――ッ!!」
と言っても納得がいっていないのはチェスターという男の方だけのようで、彼の掴みかからんばかりの抗議を受けながら、ブローカーの方は涼しい顔で聞き流している。
そしてその態度がより一層チェスターを刺激しているのは誰の目にも明らかだった。
「何か揉めているな……」
「あの男に見覚えは有りますか?」
エリカの問いにエルウィン氏は首を横に振る。
「いや、知らない。少なくとも我々のキャンプでは見た事のない男だ」
となれば、チェスターと奴との個人的なかかわりがあったのだろうか。
ふと、エリカが支給されたスマートフォンを取り出す――彼らに分からないように物陰に隠しながら指だけが画面の上を滑っていく。
「よし」
それから揉めている二人に向けた時には、集音機能を起動してアプリで俺たちのインカムにその拾った音を流し始めていた――ついでとばかりに字幕を表示させてエルウィン氏に見せながら。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




