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土竜・オブ・ザ・シティ  作者: 九木圭人
目覚めし者の夢
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目覚めし者の夢27

「済まない。助かった!」

 彼女たちの方へたどり着いて振り返る。

 流石に火炎瓶一つでどうにかできる相手ではない。

 粘性を上げたガソリンと思われる燃料が付着して燃えている事で、恐らく多少の劣化はさせているだろうが、だとしても致命傷にはなっていないだろう。

 どの道、逃げるのが何より先決だ。


「ううん、こっちこそ助かったよ。ありがとう」

「ああ。今のうちに行こう」

 正面のドアにエリカがマスターキーをぶち込む。

 鍵が吹き飛び、ただの板切れになったそれを勢いよくこじ開けて中へ。

 その瞬間に振り返ると、炎に包まれた先程の個体を、集まって来た他の連中が囲んでいて、古代の重装歩兵のようにバリスティックシールドを隙間なく並べて密集している。

 恐らく消火と救助を優先しているのだろう。これを逃す手はない。


「こっちだ!」

 と、そこでエルウィン氏の声。

 恐らく非常用なのだろう、ホテルの部屋に取り付けられているような、ホルダーから抜き取ると自動で点灯するタイプのフラッシュライトを構えた彼が奥の扉を示す。

 室内はそれ以外に明かりとなるものはないが、外から入る光で、十畳ほどのスペースの真ん中に事務机四基が向かい合って並んでいるのはなんとなく分かった。

 奥の扉は施錠まではされていないのか、エリカがノブを掴むとほとんど抵抗なく奥へと開く。


 奥に伸びる通路の先、10mほど進んだそこにある丁字路は左右ともに封鎖されている。

 恐らくかつてはショッピングモールの職員か、或いはインフラ関係の人間が出入りしていたのだろうそこは、いまでは『立ち入り禁止』と大書されたプレートと、太い鎖で封鎖されて進めなくなっている。

 何があったのかは分からないが、進むべき道はそちらではないというのは、フラッシュライトの照らしている時間で直感的に分かった。


「ここから下に降りられる」

 そう言ってエルウィン氏が照らしているのは、正面にある扉。左右のそれがくすんだグリーンなのに対し、一際目立つその赤い扉には、周囲とは左右のそれらとは対照的に何の注意喚起も施錠もなされていない。

 これまた抵抗なく開く扉。

「ここは……」

 不思議な空間――それ以外に表現のしようがない場所だった。

 入ってすぐの空間は、グレーチングのような格子状の足場が並び、空中に浮いているような印象を受けるちょっとした広場だ。

 恐らく過去にこの辺りで使われていたのだろう、大小さまざまな鉄骨や配管、何に使うのかも分からない工具類が端に積み上げられ、その上を覆っている白いシートには、茶色い埃が層を形成している。


「とりあえず、これで扉を塞ごう」

 エリカがそのシートの下から1m程度の鉄パイプを引き抜いてきて、そう言いながら扉の前に渡した。これで警備部隊が追跡してきても、しばらくは侵入を遅らせることができるはずだ。

「これでよし……それで、ここを降りるんですね?」

 彼女が振り向いて尋ねると、エルウィン氏は頷く。

「少し長いが、これで第三層まで降りられる。同志チェスターがそれを知って、恐らくそれが不都合だったのだろう政府の連中は……」

 何か面倒な話が始まりそうだったのでエリカと目配せ、再び彼女が先頭に立って進む。

 幸い進行方向には最低限ではあるが一定距離ごとに照明が設置されており、天井の崩落で暗視装置を失った俺でもそれを頼りに進むことができた。


 して、その進行方向=家一軒分ぐらいありそうな太さの、巨大なコンクリート柱に、蔦が巻き付くようにして設置されている階段。

 ぐるぐると、柱の周りを何度も周回しながら下に降りていくその階段の他には何も見えない中を、俺たちはただひたすらに降りていく。

 そう、何も見えないのだ。

 周囲に何があるのかも、壁になっているのかも、そして今一定間隔を保ったまま下り続けているこの階段の先に何があるのかさえも、一切何も見えない暗黒だけが広がっている。


「……」

 恐らく二層から三層に向かって降りているのだろうということ以外には何も分からない闇の中。暗所恐怖症の人間だったら発狂しかねない階段。

 いや、そういう傾向が無くとも、どういう場所か知らされずにここに放り出されたら正気を保っていられない者は決して少なくないだろう。

 かくいう俺も、あと少しゴールが見えるのが遅ければ、この階段にゴールなどなく、延々とループし続けると言われたら信じかける程だった。


「ここは……」

 ようやくたどり着いた階段の下。

 柱に設けられた照明はそこで終わっている。

 今度こそ、照明のない闇の中。エルウィン氏のフラッシュライトが、果てしなく続く闇を照らす唯一の光――いや、そうではない。少し距離はあるが、階段を降りた正面奥の天井付近には、これまた一定距離で照明が灯っている。


「ここは一体……」

「後ろには進めないか……」

 俺たちが周囲を確認する間、エルウィン氏はその奥へと光を向け続けている。

「向こうになら進めそうだな」

 その答えは俺たちも行きついた。

 というより他に道は無さそうだ。どうやらここは巨大な空間の端に位置するようで、遠くに見える照明の方向に進む以外は全てこれまで降りてきたのと同じ高さの壁しかない。

 何の目的かは知らないが、この空間と二層を繋ぐために設けられたのが、今降りてきた階段なのだろう。


 と、そこまで結論付けたところでエリカが無線に呼びかけているのに気づいた。

「アルファ1よりCP……CP、応答を……」

 何度か繰り返して呼びかけるが、聞こえるのは彼女のその声だけ。

「CP……駄目だ、通じない」

 となれば通信は諦めるしかない。

 まあ、繋がったところで現在位置がどこなのかは報告のしようがないのだが、それでも通信が途絶するというのは無用な心配を与えるし、何よりこちらとしても心細いのは間違いない――呼びかけ、そしてそれを諦めるより他にないと分かった時の表情からするに、彼女も同じ考えだろう。


「進もう。報告ではいくつか今降りてきたような階段があったそうだ。そこからならキャンプから離れた場所に出られるはずだ」

 エルウィン氏がそう言って、進行方向を照らし出す。

 無機質なコンクリートだけの空間。広大なこの空間に規則的に巨大なコンクリート柱が並んでいる姿は、以前映像で見た首都圏外郭放水路を思い出させた。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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