新人冒険者モブ・ボッチ
久し振りにベッドで眠れる。それだけで、テンションがあがってしまう。俺が選んだのは、一泊銅貨三枚の庶民用の宿屋。
靴を脱いでベッドにダイブ。このまま爆睡したい。
「カイ、食堂に行くぞ。ついでに必要な物を買い揃えんとな」
ベーロウが早く起きろと急かしてくる。でも、ベッドちゃんが俺を離してくれないんだ。
「後、十分……いや、三十分寝かせて」
ベッドに顔を埋めると、やばい臭いが漂ってきた。鼻をつく様な臭いである。ここ数日風呂に入ってないし、着替えもしていない……もしかしなくても、発生源は俺なんだろうか?
(この状態で食堂に行ったら、嫌がらせだぞ)
アイテムボックスから制汗シートを取り出して、身体中を拭きまくる……結果、真っ黒になる制汗シート……あのまま行かなくて、本当に良かった。
「その紙も売れるんじゃないか?邪神騎士が身体を拭いた漆黒の紙じゃぞ」
いや、ハンカチなら罪悪感は薄いけど、これはまごう事なきゴミだぜ。加齢臭が染み込みまくったゴミを売るのは流石に気が引ける。
「売れないって……さて、買い物ついでに情報収集。それから食堂に行くぞ」
何回も私物を売っていたら、怪しまれる危険性がある。必要な物を買い揃えて、生活の基盤を作らねば。
◇
買い物をして感じたけど、チュチュ―ルは活気に溢れている。どこの店も客足が伸びており、経済活動が活発だ。
「食い物屋は、どこも満員じゃな……そうなると、ますますあの食堂が寂れていたのが気になるの」
俺は行列に並ぶのが、あまり好きじゃない。お目当ての店が混んでいたら、直ぐに場所を変えるタイプだ。
「手入れが行き届いていたから、ちゃんとした店だって思うんだけどな……原因はあれか」
食堂の前に着くと、大勢の兵士が立ち番をしていた。青い森亭の対象客は庶民だと思う。でも、厳めしい顔をした兵士が突っ立っていたら、普通の人は入り辛い……まあ、俺には関係ないけどね。
「すいません。今ソーレ様がお食事中ですので、ご遠慮願えますか?」
食堂に入ろうとすると、兵士に停められた……貸し切りなんだろうか?でも今はお昼、食堂は稼ぎ時だ。そんな時間に貸し切りなんて出来るのか?
「ちょっと用事があるんですけど……何時頃なら大丈夫ですか?」
昼飯なら三十分もあれば十分だろ。俺なんて五分で済ませていたし。
「そうですね。ワインもたしなまれているので、二時間は掛かると」
今日は平日の筈。ランチに二時間って、ありえないだろ!
「昼飯に二時間?なんて羨ましい……それじゃ、明日来ますよ」
兵士を連れているって事は、それなりの金持ちなんだと思う。一体、どんな仕事をしている人なんだろうか?
「なにか不満でもあるのか?ソーレ様は邪神騎士様と一緒に戦ったケメン・ヨーキャ様のご子息だぞ。ランチで日々の疲れを癒されているんだ。早く立ち去れ。それに明日もここを利用される。来ても無駄だ」
……ケメン・ヨーキャだと!?誰、それ?邪神騎士、知らないんですが。
(カイ、兵士の連中が戦闘態勢にはいったぞ…騒ぎを大きくするより、引いた方が良いのではないか?)
ベーロウの言う通り、何人かの兵士が柄に手を掛けていた。上から目線の言い方でかなりイラっとしているから、怒気術は使えると思う。
「はいはい、分かりましたよ。晩飯なら大丈夫でしょ?」
道具屋が言っていた怪我をするってのは、この兵士達の事だと思う。兵士と騒動を起こせば、取り調べを受けなきゃいけなくなる。
元英雄が取り調べを受けたなんて、落ちぶれ感満載だ。
「ソーレ様は夕食も、この店でとられる。次に来たら、痛いじゃ済まないぞ」
兵士はそう言うとニヤリと笑った。なんとも嫌な笑みだ……十数年前の戦功を未だにひけらかすのかよ。
◇
空いている店を見つけて、遅めの食事を摂る。さて、これからどうしよう。
(あいつ等をぶちのめすのは簡単だ。それに俺が名乗れば、一気にかたが付く)
でも、それじゃ駄目だ。青い森亭の客足は回復しない。
「情報か……冒険者ギルドに登録してみるか」
冒険者ギルドには様々な情報が入って来る。魔物の情報だけじゃなく、良い武器を売っている店や美味い物を食える店も知る事が出来るのだ。
特にトラブル関係は詳しく知る事が出来る。
前回のランクは最高位のRだった。今新規登録したら、ランクは何になるんだろう?
◇
ふと、思った。今の俺のジョブは何になるんだろうか?邪神騎士は、流石にまずいし。
「なあ、ベーロウ。冒険者ギルドに偽名で登録しようと思うんだけど、マサ○ル・フクシマとト○ヤ・ナガセのどっちが良いと思う?」
ここは異世界だ。誰も疑問に思わないだろうし、漢字を変えれば問題ない筈。
「答えか?答えは鏡を見ろじゃ!身の程を知れっ……この馬鹿者が。お前なぞモブ・ボッチで十分じゃろが」
なんてストレートな名前を付けるんだ!そんな怪しい名前オッケーでる訳ないだろっ。
登録時はマジックアイテムを使って、判定される筈。流石にモブ・ボッチは弾かれるだろ。
……泣くぞ。本気で泣いてやるからな。
「モブ・ボッチ様ですね。適性は戦士で、ランクはFからのスタートになります」
ビジネスライクな態度で進めて行く受付け嬢。マジックアイテム、壊れていないか?
(お前はセリュー様とソレイユ様の加護を受けているんじゃぞ。人間が作ったマジックアイテムなんぞ、簡単に騙せるわ……では、よろしくの。モ・ブ・どの)
どうも、邪神騎士クラコ・カイ改め新人中年戦士モブ・ボッチです。




