19-レイナ
”穂立亭”は広場の最も栄えた場所からややはずれた場所にある、小奇麗な食堂だった。
入店すると年若い――といってもエルゲン達子供に比べれば十分に年はいっているが――娘がやってくる。
貴族の子供、それも最年長で10代前半のヴォイド――しかも相当へばっている――なので一瞬戸惑った様子だが、すぐに普通に接客を開始する。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
この世界でもこの手の接客はあるのだな、と思いつつエルゲンは適当なテーブルにつく。
他の3人も椅子に座ると、娘からメニューが差し出される。
「白魚焼きセットを4人分。全部芋だ。あとはオレンジジュースを4つ」
この白魚焼きセットは主食をパンか芋から選べる。この二つは王国の代表的な主食だ。
もともとは国の執政者達が食用栽培を推奨した歴史から貴族の間でもよく食べられる。ちなみに米はない。
「よろしいのでしょうか?」
まさか下調べしたわけでもないだろうに、一気に全員の注文をする5歳児にまたもや娘はまたも戸惑う。
「はい、お願いします」
だが使用人の少女からも追って頼まれ、残りの2名も口出しをしないのならば言われた通りにする他ない。
「わかりました。少々お待ちください」
接客の娘は料理人である父母に注文を伝えるべく厨房へ歩いていった。
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(フライがないのは気に入らんがしかたがない)
元の世界にあった白身魚とポテトのフライのファーストフードはエルゲンの好物であった。
モルトビネガーはかけなかったが。
ふと店内を見回すと、明らかに人間ではない存在がいる。
コートをきた藍色の肌を持つ、リザードマンとサハギンを掛け合わせたような他種族は藍深族。あとは商人風の服にみをつつんだ毛むくじゃらは海多毛族だ。王都は海に接しているので海に関わりがある他種族が多い。
上流街や貴族街ではいないから他種族が住んでいるという実感はいままでなかったのが、こうしてみるとこの世界には様々な種族が住んでいることがわかる。
といってもここまでの道でもそういうのは見てきたし、そもそも知識はあったので、そういう奴もいるのか、といった感想しかでてこないのだが。
「お二人とも、白魚は大丈夫でしたでしょうか?」
フィリアがヴォイドやレイナに話かける。
言葉通りの確認の意味もあるが、話題づくりもあるのだろう。
白魚とは王都においてはそれほど苦手な人間はない、淡白な味わいだ。
「はい、大丈夫です」
「だ、だ、だ、大丈夫なんだな」
はっきりと答えはするものの感情が感じられないレイナ。そしてやたらどもるヴォイド。
エルゲンはこの二人のどちらか、おそらくはヴォイドに王位継承を押し付けるつもりなのだが、これで大丈夫かと考えてしまう。
国が傾いたところで知らぬと言えばいい話しだが。
「その、レイナさんはこれからお屋敷で家事をやっていただきます。もちろんわからないことがあればケイトさんと私で教えますが、何か不安などあるでしょうか?」
「いえ、ありません」
「そ、そうですか」
自己主張というものがない上に、きっぱりと返答はできることが仇となって全く会話が進んでいない。
「ヴォイド様は、次期の王になる話はどう考えているのでしょうか」
「ひ、ひぃ!それは、あのっ、あの」
フィリアの言葉を脅迫か何かかと受け取ったのだろうか?
ヴォイドはひたすらテンパっている。
「落ち着いてください、ヴォイド様」
しかたあるまい、一応俺もこいつの主人である。
助け舟を出してやろう。
「エドヴィンのアホ王子は間接的に俺が殺したようなものだ。お前たちはどう思っている?」
場が凍りついてしまう。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
こいつらと俺との最も深い接点といえばエドヴィン。これならば多少話は進むはずだ。
フィリアだってそれはわかっていたかもしれないが、口にするのが憚られたのだろう。
実際、この場では完全にエルゲンを除いた3人は固まってしまっている。
フィリアは困惑、他の二人にも困惑はあっただろうが何より心情が複雑であった。
「店員、さっさと皿を並べろ」
凍っていたのは3人だけではなかった。料理をもってきた店員もその言葉の内容に固まっていた。
素早く卓に料理を並べると。どうぞごゆっくりとお決まりの台詞をかけてからそそくさと去っていく。
エルゲンは動かない3人をよそにさっさと食べ始める。ちなみにまずいわけではないが美味い料理でもなかった。
そんな様子によって気をとりなおしたのか、以外にも最初にヴォイドが答えた。
「に、兄さんが死んだ事にき、君が関わってるのは知ってるけど、兄さんの自業自得だよ。ど、どうせ王になったってすぐに転覆しちゃって、た、はずだよ」
ヴォイドはエドヴィンには批判的な様子だ。
「わたしは・・・・・・よくわかりませんが、少し悲しいです」
「レイナさんはお兄さんに対して何か恨んでいることとかないのですか?」
「そうですね。特には」
そんなレイナにヴォイドは苦々しい表情だ。
「レ、レイナだってあいつから、は色々されていたことはわかっているだろ」
「ですが、直接危害を加えてきたわけでもありませんし、受け入れてしまえばいい事ですから」
間接的に何かをされたという事か。
いやそれ以前に、たしかレイナは思いっきり直接的に危害を加えられたはずだ。
その時はエドヴィンも正気ではなかったようだがらノーカウントということだろうか。
「受け入れる、ですか?」
「元から、好きに生きるなんてできないことなのだと。私はわたしを取り巻く人間の思うとおりに生きればいいのだと」
だからエルゲンとの交際、そして裏での使用人扱いも。決闘の景品になることも受け入れたのか。
フィリアは、そんな考えこそ悲しいといった様でレイナを見ている。
エルゲンはため息をつく。これはエルゲンには到底理解できない人種の一つだ。
「それは地位のせいか?エドヴィンのせいか?下らん」
たしかに王女という地位から、周囲から戒められる行動もあるだろう。
エドヴィンからされたことは何かは知らんが、それで自分のやりたいことを妨げられたこともあったのかもしれない。
だが、好きに生きることができないというのは大きな間違いだ。
「そんな考えは自身の臆病さと愚鈍さを隠して、自分を慰めてるにすぎん」
現にエルゲンはエドヴィンに目をつけられたし、レイナと同程度の身分をもっているが、自分の思うとおりに生きている。
周囲が自分を止めるのならば張り倒せばいい。エドヴィンが何かしてくるのならば殺してしまえばいい。その程度の気概もないくせに自分は無力だとか不幸だとか嘆いて、反吐がでる。
「生きている価値もない愚図の思考だ。だが俺にとっては都合がいい。そのままで構わんぞ」
道具でいいというなら。いくらでも使ってやろう。
「エ、エエ、エ・・・・・・」
「貴様はまともに喋れ」
ヴォイドがかみまくるのはわかっているがそれにしても度が過ぎるだろう。
「エルゲン、さん。の、ほうは、エドヴィンの事は憎いですか?」
「ん・・・・・・?」
エルゲンは理解が追いつかないような表情を浮かべた。
「何を言っているのか理解できんな。俺があいつを憎いと思っているはずはないだろう」
当然のことだとエルゲンは思っているが、反面ヴォイドはさも意外という表情だ。
「だだ、だって、その。エドヴィンに目をつけられていたみたいだから」
「逆に聞くがエドヴィンが俺に何をした?」
「え、えっと。決闘を挑まれたり」
「あの場で拒否することもできた。それを受け入れたのは俺だ」
勝利を確信していたからな。
尤も、その時はあちらもまさか5歳児に負けるなんて想像にもしてなかったからだが。
「その、式典をめちゃくちゃに・・・・・・。それから魔物も」
「式典も、そこでレイナが刺されたことも、俺にはどうでもよいことだ。魔物も、俺にとって害になる存在ではなかった」
「で、でも」
「釈然としないのは、理解できないこともない。俺は凡人の思考も多少はわかるからな。つまりこういうことだ。足にちょっと小石があたったとして、それで小石を憎しむ人間などいはしないだろう?奴は俺にとって小さすぎる。そういうことだ」
「な、なるほど・・・・・・」
本当に理解はしているが怪しいが、ヴォイドは素直に頷いた。
「無駄話はここまでだ。貴様らさっさと食べろ、特にフィリア。置いていくぞ」
「あ。すいません、エルゲン様」
そして4人は料理を平らげ、会計を済ませる。
その間も、その後まっていた御者に貴族街まで送られる間も。最後にヴォイドと分かれる時になっても4人は儀礼的な会話意外は何かを話す事はしなかった。
(フィリアめ、何か考えているな)
元々エルゲンとヴォイド、レイナの3人はそういう、あまり他人と話をしない人間だ。
だがフィリアを違う、この沈黙の原因はこのフィリアの変わりようにあるのだろう。
(構いはしない。俺に楯突くのではないのならば)




