16-空の偵察者
空の偵察者はエルゲンを積極的には狙っていなかったこと。存外に王国の兵士が来るのが早かったこと。
この二つによってエルゲンは空の偵察者を振り切って安全圏まで逃げることに成功した。
(とはいえ、王国の連中はジリ貧だな)
いまだナパーム弾地味た炎球は降り注いでおり、王国の兵士は防御だけで手一杯、いやその防御すら崩されては焼死体を生産しつづけていた。
空の偵察者はかなり厄介な存在だ。そもそも空に浮かんでいるという時点で大きなアドバンテージを持っている。高度はそう高くないが、それでも剣など届くはずはなく、矢や一部の魔法に攻撃手段は限定されている。
それら攻撃はごく散発的に行われているものの、空の偵察者は傷一つつけることはできていない。
対して奴の攻撃は容易に人を殺せる威力だ。
わかりやすく、王国兵士には打つ手がない。
(だが、あの屑を生かしておく道理はない)
エドヴィンや騎士共はともかく、俺に攻撃した罪は見過ごすことはできない。
その上、その俺をも視界から外し悠々と空をとんでいる糞を許すなど平賀司央の名折れだ。
それに、エルゲンの勘がたしかならばあいつには弱点が存在する。
「貴様は逃げていろ、足手まといだ。自害したいのならば来ても構わんが守ってもらえるとは思うなよ」
未だ体が震えているリジェンダに告げてエルゲンは移動しはじめる。
「エルゲン様・・・・・・」
リジェンダは追いかけなかった。
もちろん、理性的に自分が足手まといにしかならないというのを理解したからという理由もある。
だが、それよりも純粋に怖かったのだ。
あの強大な魔物と、それによって焼け焦げた死体が。
「う・・・ううっ・・・・・・」
リジェンダは己の無力さに涙した。
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今エルゲンが走っているのは王国都市の貴族街だ。優美なはずのそこは、しかし空の魔物によってみる影もない。
下面に無数の目がついた、巨大な空に浮かぶアンコウ。そんなふざけた怪物の下に、エルゲンはすぐにたどり着く。
道中もそうだが、周囲には高温の炎が踊り狂っている。
王国の魔術師は、核を魔法的に消滅させることで、その炎をせき止めている。
核、すなわち炎の燃料は空の偵察者が魔法的に生成している。そういった魔法的に作られた物質は、時間がたてば自然と消滅するが、魔力の扱いに長けた者ならばその消滅を加速させることができる。
だが、建物に延焼した炎は消えないし、空の偵察者の魔法の連打に消滅の速度が追いついていない。
今も魔術師を騎士がかばい、炎中に消えていく。
そんな地獄のような光景の後ろ、エルゲンは空の魔物についた多数の眼のうちの一つに狙いをつける。
その手には鉄屑が握られている。
「まずは挨拶だ。受け取れ」
これで倒せれば御の字。
エルゲンは手にもった鉄屑――ここに向かう途中で拾ってきたものだ、盗難になるのかもしれないが――を弾丸へと変えていく。
ペットボトルほどの大きさになったそれを、あとは空の偵察者に向けて発射するだけだ。
飛ばすのものに少しだけ工夫をしたものの、それはごく基本的な魔法だ。
発射の魔法だけならば術段等級にして序段から初段程度。それ以外に自分を保護する魔法も組み込んでいるのだが、それも大して難しいものではない。
しかし簡単な魔法だからといって威力が低いとは限らない、単純であるが、発射に込める力が強大ならばそれはとてつもない威力を発揮する。
そして俺は外級の導力を持つ魔術師だ。こんな単純な魔法でも、この王国の誰よりも高い威力を出すことができる。
狙いを定め、全力で魔力を込めて、発射する。
轟音が起こり、その音を遥か後ろに置き去りにして、鉄の弾は飛翔する。
エルゲンが元いた世界の戦艦すら破壊する強力な魔法が、狙いに違わず空の偵察者の眼の一つを打ち抜く。
今まで傷一つつかなったその魔物に、初めて破壊が生まれる。
その眼を完全に破壊し・・・・・・だがしかし、すぐに修復が行われた。
あくまで肉で眼があった場所をふさぐだけ、即時に眼を再生とはいかないのだろう。
そう、エルゲンの全力の一撃は、あくまで多数のある眼の一つを破壊するに留まった。
今の魔法はエルゲンの使用できる中で最も空の偵察者に大きな打撃を与えると思ったものだ。
それでも、目の一つ。連発できる魔法ならば眼をすべてつぶすこともできるのだが、この魔法はあと数回しかつかえないだろう。
エルゲンは桁外れた導力をもつが、一方で魔力の総量は決して無尽蔵ではない。エルゲンの魔力等級は天位であり、最高位から二番目。十分に高いものではあるのだが。
さらに空の偵察者は今の攻撃で完全にエルゲンに照準を合わせてきた。
彼にナパーム弾が降り注ぐ。
「ッち」
抵抗し、防ぐ。が物量が多すぎる。きりがない。
思わず舌打ちするが、エルゲンの表情は余裕を浮かべている。
それは彼の予想。つまり空の偵察者に弱点がある可能性が、今の魔法の一撃でより濃厚になったからだ。
ならば後はそこをつくだけ。
エルゲンは降りかかるナパーム弾を防ぎながら、魔活で身体能力を上げて王城へ向けて走る。
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生き物らしくない。まるで兵器だ。
エルゲンが空の偵察者の襲撃によってまず思ったのがそれだ。
空を浮かび、地面に火炎の砲撃を撒き散らす行動、それは生物として捕食者から身をまもるものでも、餌を捕食する行為にも見えなかった。
むしろそれは兵器であり、人を殺すための合理性を備えている。
下面に目玉が大量に配置されているのも、なんとなくではないだろう。あの一つ一つから炎球がでているのを見るに、たぶん目玉一つ一つに対応する、補助脳と言うべきものが存在している。
それは対応した目によって独自に対象を捉えて、それぞれ攻撃しているのだ。それによってそれなりの精度で魔法の連射ができる。
また奴が本当に偵察者の任を帯びているのならば、複数の目、複数の脳で偵察ができるメリットもある。
あの目は飾りというわけではないということだ。もしかしたら人間に気味の悪さや恐怖を与える理由もあるのかもしれないが。
とにかく、そういう理由でエルゲンはあの魔物を兵器だと見なした。人を合理的に殺せる装置。
そしてそういうものはえてして弱点があるものだ。
例えば戦車ならば、前面の装甲は強固だが、上面や後ろは装甲は劣る。
装甲ヘリはコックピットやエンジン等の重要部分しか装甲で覆われていない。
であればあれに存在する弱点は?本当にそもそも弱点があるのか?
その答えを、エルゲンは確信していた。
エルゲンが王城まで来た理由。それは単純に尤も高い建物だったからだ。
空の偵察者はエルゲンの後方にいる。エルゲンが走るより速度は速いのだが、王城に行くにつれて王国兵も多くなっているのだ。狙ったわけではないが彼らが足止めになり、結果としてエルゲンの作戦には絶好の位置関係となっていた。
王城まで来たエルゲンは、そのまま王城を上っていく。内部の階段ではない。外壁を魔活と魔法をフル活用して、時には跳ね、時にはよじ登り、とにかく早く。
あの魔物が急上昇できないとは限らないのだから。
そのまま王城の天辺までいくと、さらにエルゲンは跳ぶ、そのジャンプはむしろ飛翔といったほうが正しい。一気に高度を稼いで、空の偵察者の上に行く。
「さっきは耐えたが、今度はどうだ?」
エルゲンは最初に空の偵察者に放った魔法を構成する。
ただし鉄屑はもうないので、弾丸は魔法的に生成する。空の偵察者の炎球の核と同じだ。
現実の物体を用意するよりは威力は劣ってしまうのだが、エルゲンの見立てが正しいのならば問題ない。
エルゲンは生み出した金属の弾丸を超高速で空の偵察者の、上面へと発射する。
起こったのは、爆発だ。
突き刺さった弾丸は、空の偵察者の上面ほとんどを吹き飛ばした。
魔法を利用して、なんとか無事に着地するエルゲン。
空の偵察者も、その高度を落とし墜落しようとしている。
死んだのか、飛行能力だけなくなったのか。
生きていてもまさに水揚げされた魚の状態だ、動けなければ騎士団でも嬲り殺しにできるだろう。
(しかし、こんな事になるとはな)
あのアホ王子を追いかけていただけのはずが、とんだ災難だ。
あとの処理は王国兵に任せることにし、エルゲンは屋敷へと戻っていった。




