15-魔物
魔法という出鱈目な力があるこの世界。そんな世界において魔物とは実質的に狩られるだけの素材。弱者のみ被害をうけ、強者にとっては成り上がるだけの道具でしかない。
そんな風に思ってはいないだろうか。
この世界の魔物は、そんな便利なものではない。
倒して利益があるわけではなく、また討伐するには多くの兵士を要し、倒したとしても尋常ではない被害をこうむる。
一度敵対してしまえば多数の死を生む存在。
まさに魔物とは災厄そのものだ。
エルゲンが王城の扉を潜り抜け外に出たとき、そんな存在が空に浮かんでいた。
「あれは・・・・・・」
遠めから見た感じだと空に浮かぶ巨大なアンコウだ。
「”空の偵察者”ですね。たしかおとなしい魔物だったと聞いています」
答えたのは一緒についてきたリジェンダだ。
「それで警報も何もないわけか」
魔物の知識はエルゲンも知っていた。だからこそ何故こんなものが近づいているのに警報の一つもでないか疑問に思ったが。
「王国にも何度かやってきたことがありますから」
慣れているということか。
「浮かんでいるだけならば、見ていることもない。さっさとあいつを追いかけるとしよう」
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「私も王国貴族。王国に不利益をもたらしかねない事はできませんなぁ」
「黙れ」
剣を喉元にあてる。
「ひぃっ!?」
「やらないというのならば、ここでお前を斬る!」
「エドヴィン王子!こんなことをして・・・・・・」
「黙れと言った。お前が言っていいのは、はいだけだ」
エルゲンに敗北したあの日から、エドヴィンの人生は変わった。
その最たるものは周囲の貴族の手のひら返しだ。
あるものは彼を避けるようになり、あるものは侮蔑し、あざ笑い、誰もエドヴィンに味方するものはいなくなった。
エルゲンならば元々エドヴィンを利用しようとしか思っていない連中であり、王位がなくなったから捨てただけの事だと言っただろう。
だがエドヴィンからすれば信じていた味方全てに裏切られたようなものだ。
それを悟ったとき、エドヴィンの心に重い闇がのしかかった。
だから今、エドヴィンはこうして脅しによって貴族を動かしている。
「裏切ればお前も、お前の家族も皆殺しにしてやる」
エルゲンへの怒りもあったが、一番大きい感情は絶望だ。
エドヴィンは自分の人生はこれで終わったと思っている。
これもエルゲンからすれば失笑ものの考えだろう。王位がなくなっただけで人生終了とはどれだけお前の底は低いのだと。
だが、エドヴィンはこれまで王位を継ぐように育てられてきた。それ以外の道など考えもしなかった。
今エドヴィンの瞳は、そんな暗い絶望を映していた。自分の身は既に破滅。だからこそもはやなんでもありだと、その瞳は語っていた。
だからこそ、貴族は彼の言葉に従って彼の宝剣をとある場所に隠した。
その宝剣は王国のものであり、彼も決闘において使用したものだ。本来は王が持つものだが、彼は自分は次期の王だとして無理やりそれを持ち出したのだ。
既に王位がなくなった彼は、それを持つ資格はない。だがキングレオンはそうしてすぐさま取り上げるのはさすがに酷だろうと放置したいた。
エドヴィンはまず、式典でレイナを刺した。
もちろん彼女にうらみがあったわけではなく、エルゲンに戦勝品をくれてやるのが我慢ならないから刺しただけだ。
そうして逃亡し、城の外で隠した宝剣を持ち出し、そして飛び出してきた騎士にとりかこまれた。
「エドヴィン王子。おとなしく戻るというのならば手荒な真似はしません。どうかご懸命な判断を」
彼にそう告げたのは、オーグス男爵だ。
その言葉を聞き入れているのか、彼は手をだらりと下げており、その手に宝剣を持ちながらも交戦をする雰囲気ではない。
じわりじわりと包囲を狭めていく騎士達。
そこで、エドヴィン王子の待ち人はやってきた。それは賭けだったが、エドヴィン王子の思惑通りになった。
「エルゲン・・・・・・」
「来てやったぞ。無能王子、あそこまでしておいて、ここでお終いか?」
「・・・・・・ここに来てこんな幸運とは。もっと前にその運がきてほしかったぜ」
エルゲンがその言葉に繭を顰める。
エドヴィンにとって大きな誤算、それも幸運な誤算がひとつあった。
それは彼らの上、空に浮かぶもの。魔物だ。
偶然にも王国までやってきたそれをは、どういうわけかこちらに近づいていた。
平らな魚類のようなそれは、近くでみるとその下側に多数の眼が存在し、一気に不気味に見える。
この目、そして上を通過しつつも攻撃を加えないことからこの魔物は”空の偵察者”と呼ばれている。
本来エドヴィンは宝剣を使って現れたエルゲンを攻撃するつもりだった。
もしこなかった場合もこのままアーガネルトの屋敷へ向かい、家族や使用人を皆殺しにすればいいと考えていた。
が、こんな幸運があるのならば。
エドヴィンは宝剣を空――魔物に掲げる。
「っ!!王子!」
意図に気づいたのかオーグス男爵が飛び掛かろうとする、しかし遅すぎた。
宝剣の切っ先から光が照射される。目標は当然”空の偵察者”だ。
その一筋の光はたしかに魔物に直撃し・・・・・・しかしまったくの無傷。
しかし異変は起こった。
それに真っ先に反応したのはエルゲンだ。
魔活で身体能力を向上させて、素早くリジェンダを抱えてその場を離れる。
同時に周囲に魔力を張り巡らせて魔法に対して”抵抗”をする。
直後、上から炎球の雨が降ってきた。その目標はエドヴィン。
その炎球は物理的な威力を伴って、まずは直撃したエドヴィンの下半身を吹き飛ばす。
通常は着弾してほどなくして消えるはずのは魔法の火は、勢いをおとさずに燃え盛る。
1000度に近い高温がエドヴィンを焼き、急激な燃焼が酸欠を引き起こす。
「……!」
エドヴィンは声をあげることすらできずに死にゆく。
しかしその最期の表情は笑っているかのようだった。
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「あ…あ……?」
エルゲンに抱きかかえられながら、その光景を眺めていたリジェンダは呆然としている。
焼け死んだのはエドヴィンだけではない、騎士団はもちろん、その周辺住民さえも建物ごと炎の餌食になっている。
あの質量をもった炎球は建物さえも粉砕したのだ。しかも炎は着弾してなお燃え盛り、それが焼く建物はさらなる延焼を起こしている。
そうして圧死し、焼死した人間の中には”顔合わせ”で共にいたオーグス男爵もいたのだ。
他人に興味のないエルゲンは大勢の人間が死んでも何とも思わないし、オーグス男爵の存在など気づいていなかった。その死に気づいたとしてやはり特に気にはしなかっただろう。
だがリジェンダは騎士見習いだとしても12歳の少女。
殺害の経験すらなければ人死ににさえ立ち会ったことはない。
「そんな……」
そんな少女の受けた衝撃は推して知れるだろう。
一方のエルゲンは、冷静に魔物が放った攻撃を分析する。
(まるでナパーム弾だな)
魔物の下面にある多数の眼。その眼一つ一つから炎の球は次々と発射されていた。
いや、最初のラッシュほどの頻度ではないが、今も発射されている。まるでエルゲン達の逃げ場を潰すかのように。
通常、魔法の炎球は着弾してからほどなくして消滅する、のだが魔物のそれは最初の一発でさえ、今もなお燃え盛る。
その理由は核の存在だ。魔法の炎は、なにかが燃えることはなく、しかし炎が燃え盛っている物理的にありえない減少を引き起こしている。だからこそその効力がなければ延焼はしても、魔法自身は消滅する。
だが、魔物の炎球は燃料に着火し、それをそのまま落としているのだ。燃料が消滅しなければ、炎が燃えつづけるのはごく自然な現象である。
しかも空から燃料を落としているため、それは物理的な威力もともなっており、その威力はエドヴィンの下半身を吹き飛ばし、建物を粉砕するほどの威力を秘めている。
それが雨あられと降ってくるのだからたまった物ではない。事実としてエドヴィンと共に騎士団も壊滅している。この場で無事なのはエルゲンとリジェンダのみ。
(この燃料は魔法的に創られた物質だ。俺には効き辛いが魔力があるかぎり弾数は無尽蔵だ。この存在強度からすれば相当な魔力を使っているはずだが、あいつの魔力がどれほどかはわからん)
とにもかくにもここに居つづけるのはまずい。
そう判断してエルゲンはリジェンダを抱えたまま走った。




