第四夜 老兵は死なず
次回は六月の十四日の投稿を予定しております。誰も読んでないだろうけど
所沢ジョージは胸ポットにしまってあった煙草に火を点け、支援をくゆらせる。
「これだから田舎者は困るぜえ…都会のルールってもんを知らねえ…。俺の地元、東京都船橋市でこんな粗相をしたら村 じゃなくて街八分にされちまうってもんだぜ‼」
次の一局、八巡目にして東京太郎(※坂東太郎的な意味合い)こと所沢ジョージがテンパイとなった。
「リーチ」
(ガキが‼調子づきやがって‼)
怒気を発しながら佐渡がおっかけのリーチをかける。――、タンヤオ、ホンイツとあまり芳しくない手牌だったが先に小西にあがらっれてしまっている為に贅沢は言えない。
「リーチ」
次いでしのぶがリーチをかける。小西、ジョージの時が凍りついた。捨て牌はドラのローピン。
(見抜かれているのか?この生まれた時から東京在住、東京都民の俺が北海道のおこっぺ町(※牛乳が美味しい。あとかぼちゃも)なんてわけのわからない名前の土地に住んでいた田舎のツチブタ野郎が。ムカつくぜ、俺の中に流れる武蔵国魂じゃなくて東京都民の意地がこいつの思い上がりを許せないと言っている!)
いささか冷静さを失いつつも所沢ジョージは手牌を整える。そして速攻のトイトイを炸裂させた。
「ツモ。1500は500」
しのぶは字牌を倒し、歯噛みする。
その一方で所沢ジョージに己の器を見抜かれている。しのぶはまだ本調子ではなく場の空気を支配することさえ出来ないでいた。
ジョージは…整いつつある。彼の目下の心配はしのぶよりも動きを見せない越後の雄、佐渡馬蔵にこそある。佐渡は目を皿のようにして場の流れを見ている。
小西の突出は予想外の出来事だったが、それ以上にしのぶとジョージが未だに波に乗り切れていないのは好都合だった。
「このまま小西を生かして、この勝負を乗り切るか」
トップの小西と佐渡、ジョージの点差は決して少なくはない。そして何よりしのぶに何かを仕掛けてくる気配はなかった。
(いつものしのぶなら、ここからうちゅ麻雀でも仕掛けてくるところなんだろうが、――)
佐渡は”北”を真っ先に切り捨てしのぶを牽制する。しのぶの特技ホンイツ単騎を誘っての事だが、乗って来ない。
(しのぶも落ちぶれたものよのう…)と、内心ほくそ笑みながら自らは三色染めに入る。
狙うは手堅く小西とジョージの競合いの好きに漁夫の利を得る事。。
「リーチ」
しのぶが中を捨て、捨て牌を横にする。小西は一瞬迷ったがスジの九萬を捨てた。
「御無礼。純チャン、リーチ…イーペー」
小西の顔が凍りつく。まさかの穴待ち。なぜなら小西は六萬を四枚持っている。
このわずかな手順でしのぶは小西に狙いを定め、罠を張っていたのだ。
「マンガンです」
しのぶの心が底冷えしそうな声が響く。たかが八千点の損失、されど八千点の損失か?小西は呆然自失の中、己の過失を探そうとする。
(不味いな…。コシヒカリの坊やが、完全にしのぶの術中にハマっている)
佐渡はこの勝負の捨て牌から場の流れを察する。
最初の変化はおそらくジョージの速攻だ。しのぶは勢いを失った小西の動向を読み切り、偽りのスジを演出した。その勝ちスジとはおそらくはタンピンの安アガリ。
二位との圧倒的な点差からくる慢心が小西の読みを鈍らせて、くどくどと回り道を強いたのだ。
(しのぶ、やはりお前相手にアレを使わぬのは非礼という他あるまい…)
佐渡は助手の上杉田に目配せして必勝の策を講じる。これから佐渡馬蔵の対戦者たちは彼がなぜ”サドのマゾ”という通り名で知られるのかを思い知るのだ。
「景勝、用意をいたせ」
「はっ」
何を想ったのか突然サドは薄茶色のブレザーを脱ぎ始めた。呆気に取られ、ここが勝負の場である事を忘れてしまう三人。佐渡はさらにピンク色のシャツと白い肌着も脱いでしまった。
「‼‼」
一同の視線はサドの裸体に、いや佐渡の性癖に突き刺さる。というか佐渡の還暦を通り越して七十歳の大台に達しようとしている老体は荒縄によって拘束されていたのだ。
亀甲縛りである。
(し、尻に何か刺さっている…)
誰もがその”つっこみどころ”というか突っ込んではいけない場所に目を奪われた。
「驚いたか、しのぶ。ワシはな、決してこういう性癖を持っているわけはない。全てはお前を倒す為にあえて受難の道を選んだというわけじゃ」
「どうぞ、先生」
佐渡の付き人である上杉田景勝は本気モード専用の三角木馬型の椅子を用意する。佐渡はやや躊躇いを、というか後悔と恐怖に苛まれながら腰を下ろした。
「ぎゃおおっ‼」
佐渡の肛門と股、玉が入っている袋に二等辺三角形の頂点が当たった。尋常な痛みではない。
「先生、頑張って‼」
「お、おうっ‼」
景勝の激励に応えるべく再びお尻のデリケートな部分に尖った箇所を乗せる自虐行為に非を投じる、新潟の雄”佐渡馬蔵”。しのぶたちは麻雀の腕前とは別の意味で彼の存在を恐れた。
「あ痛っ!」
しかし全ての努力が内容の密度に応じて報われるというわけでは無い。都合、佐渡は四回もの激痛に耐えながらようやく三角木馬型の椅子に座ることが出来た。
「仕切り直し、と行こうかのう」
佐渡の佐渡の南家から勝負は再開する。しのぶは手持ちの字牌を処理してからタンヤオの形を目指して佐渡とジョージの動向を見守った。
小西は飯を握り飯を喉に詰まらせてから不調が続き、勝負を捨て当り牌と思しき牌を捨てる事のみ会執心している。ある意味間違ってはいない選択ではないが、現時点では小西は脅威の的にはなり得なかった。
(コシヒカリさんよ、勝負を降りるのが早過ぎんな!これだから新幹線を使わなきゃ都内に来られないド田舎者は困るぜ。俺の近所なら電車一本で…おっと所沢は都内だから必要ないか)
景気よく三ピンを切る所沢ジョージ。町既にイーシャンテン、待ち牌は四ピンだった。
(アタマ無しの単騎の完成っと…しのぶ、お前の狙いはわかってんだ。早く五ソウ切れや)
しのぶの待ち牌は案の定、五ソウと八ソウ。しかしテンパイに持って行くたためには小西の待一つ萬を切らなければならない。そして功を焦った小西が苦肉の策の末に四ピンを吐き出し、一発でジョージが上がるという算段だ。
無論、普段のこにしならばこんな単純な判断ミスをするわけがない。
やはりしのぶのくだらないジョークを聞いて笑ってしまったことが彼の判断力を鈍らせていた。
「フッ」
しのぶはポーカーフェイスで是を見送る。小西はしのぶの捨て牌をじっと待つばかりだ。
「フン。ジョージよ、お前さんも焼きが回ったのう。ロンだ」
ジョージの自信に満ち溢れた笑顔が剥がれ落ちる。彼はしのぶを意識しながらも決して佐渡、小西らをノーマークにしていたわけではない。まして自分が振り込む事など想定外だった。
「三色、純チャン、イーペーときてドラも乗っておる。下手を打ったな、ジョージ。神奈川あたりの連中から見れば埼玉も新潟もそう変わらん」
ジョージの脳内県ランキングでは東京と埼玉は同格、次いで神奈川、大阪、神戸、名古屋(※神戸と名古屋は県ではありません)であった。新潟を始めとする東北勢はもはや人外の秘境であり、千葉と群馬と茨城は日本ですらなかった。
即ち『神への反逆』、それはジョージの存在意義への否定にも等しい。
「このクソジジイがあああああああ‼」
猛虎の如く吠える所沢ジョージ。かくして第二戦は、新潟勢の優位で終わろうとしていた。




