第三夜 臥龍、立つ
きっと誰も読んでいないと思うが次回は六月十一日くらいに投稿を予定しています。
今宵、――日本で最も強い雀士決める為の戦いが始まろうとしている。
決戦の場にひたぶるは新潟の二人、東京の一人と観客役の二人は直通エレベーターで決戦場に向かう。
東京麻雀殺戮闘技場――、古くは幕末において維新志士と幕府側の侍たちが勝負を決める際に使用したという記録が残っている。
何を隠そう西郷隆盛、大久保利通、笑福亭鶴瓶、坂本龍馬らはこの地で次代の支配者を決める為に麻雀を打っていたのだ(※諸説あり)。
物々しい雰囲気を放ちながら熱気漂うこの決戦場に降り立ったコシヒカリ、佐渡、ジョージはすぐに獲物を見つけた。その姿は正に猟犬の如し。
「ふじわら様、長らくお待たせしました。当テーブルに対戦相手が揃いましたよ」
目黒は恭しくしのぶに頭を下げる。
「どうも」し
しのぶは旧知の好敵手たちに頭を下げる。その眼差しはあくまで暗く冷たいものだった。
「相変わらず陰気臭え野郎だな」
ジョージはしのぶの左隣にドカッと腰を下ろす。しのぶは冷笑を持ってこれに答えるばかりだ。
相手を見下しているのではない。ジョージが新しい武器を手にして、しのぶの命を狙っているという期待から生まれたものだ。
人呼んで”まくりの所沢ジョージ”、決して容易い相手ではない。
「今度こそテメエの薄っぺらい化けの皮を剥がしてやるぜ。東京西武ライオンズの名に懸けて」
ジョージには自分の手牌から大局の流れを見るという特技があった。この異能こそが彼を埼玉の帝王(※しかしジョージはあくまで東京都の人間と主張しているが)と呼ばれるまでに押し上げた一因でもある。
「お熱いね、お二人さん。だが今日は俺がいる事も忘れないでくれ」
しのぶの右隣にコシヒカリが座る。
「小西さん。その節はどうも」
しのぶはおざなり程度の挨拶を交わす。しのぶと小西の因縁は今から約二年ほど前の地方の雀荘から始まり、
対局中におにぎりを食した分だけ当り牌を引く”銀シャリ麻雀”を破られてから小西はしのぶを憎むようになった。というか麻雀打っている最中におにぎりを食べるのは流石に失礼なような気もする。
「あの時からだよ、しのぶ。お前に米粒を雀卓に落さないでくださいって説教された時から俺は気持ち良く麻雀を打つ事も、おにぎりを食べる事も出来なくなったんだ。今日こそ日本一のコメの名産地は新潟だってことを教えてやるぜえ…」
「どうぞ、ご自由に」
しのぶに軽く避けられたに業を煮やした小西は早速手製の鬼義を頬張り出した。
「むしゃむしゃ…やっぱりおにぎりの具は鮭だな」
その姿は冬眠を控えたリスの如しっっ‼(※頬袋的な意味)
されど小西の口元についたご飯粒は正直、小学生のようにも見えた。
「能書きはいいぜ。御二方、さっさと宅に座ろうや」
かくしてしのぶに恨みを持つ最強雀士同士の戦いが始まった。
一巡目、親は佐渡。全自動雀卓から配られた牌を見て早くも険しい顔になる。
西ヨーロッパとまでは言わないが最悪に近い手牌だった。
(せいせい狙ってチートイか…)
佐渡は唾を吐くような思いで撥を切る。「ポン」それをしのぶが最速で食った。
三者に一瞬の緊張が走る。
(しのぶめ。もしや奴も最悪の手牌なのか?)
佐渡は手牌に一萬を加えながらジョージと小西の動静を見守る。あるいはしのぶならもうテンパイを張っていてもおかしくはないのだから。配牌を持つ指先に嫌な汗の感触を覚えていた。
「ハッ。ブラフかよ」
山から牌を引いた小西は吐き捨てるように言った。そしていとも容易くチーピンを切る。チャンタという選択肢を考慮すれば捨てられるはずもないハイである。
だが小西には確信があった。しのぶの当り牌はチーピンではないという読みがあったのだ。
「しのぶは無反応、即ち彼の読みは的中したのだ。
(なるほど。辺りはおそらくリャン、ウーピンか?安めの手と見た)
佐渡と同号の雀士、小西もまたしのぶの手牌を見透かす。(ヤキが回ったねえ、アンタも)
小西は機を待たずして次々と字牌を切った。途中、ジョージ、佐渡の表情に和すかな変化が見られたが一向に気にしない。なぜなら小西の目的は最初からしのぶただ一人。
「リーチ」
しのぶに次ぐテンパイ、戦いの砲火はこの時に始まっていた。
「桜田門センセイ、あの新潟の人は本当に大丈夫ですか?」
観戦席から目黒は桜田門にそっと尋ねた。
「西切りからのストレートなリーチか。凡庸な打ち手とも思えんが…」
カチリ、しのぶの手牌に変化が生じる。十二巡目の出来事だ。
「アンカン」
しのぶは四萬でカンを表明する。ジョージは舌打ちをする。彼の待ち牌は三。六ピンと五萬。見事なまでにイーシャンテンを潰される格好となった。
(東京都所沢市出身の俺が北海道のジャガイモに先手を潰されただと!?)
ジョージはこの時から勝負を降りる。場に出ている牌を捨て始めた。
(しのぶは拙速故に安い手牌だがコシヒカリは飛ばされる手だな。こりゃ…)
もう一人の雀士佐渡も早速二人に警戒を絞る。そして運命の海底…コシヒカリが戦端をかっ捌いた。
「悪いね、御ッ三方。ツモだ」
小西の海底、イーペーコー、タンヤオ、三色がしのぶをも驚愕させた。
「ついでにしのぶが用意してくれたドラ牌が乗って三倍満だ。今日はついてるねえ…」
小西は懐から塩結びを取り出し、むしゃむしゃと食べ始めた。
「ククク…純度百パ-セントのコシヒカリよ。百個だって食えるぜ」
地元愛の強い男である。 しかし雀卓に四散する米粒を見る限りではただの迷惑な男でもあった。
コシヒカリの快進撃は続く第二、第三局においても止まる気配はない。
「ツモ。リーチ、タンヤオ、ピンフが乗ってマンガンだ」
ジョージと佐渡ははテンパイ、しのぶは動かず。コシヒカリは基本、先行逃切り型。ある意味間違っていない図式が成立している。
「フン、田舎者が調子こくねえ?」
ジョージの手牌はせいぜい三千九百程度、勝ち目を引き込みたかっただけに組優しさもいっそうというところか牌を打つ音にも苛立ちを感じさせる。(確かに今日の俺の引きは良くない。最悪と言っていいだろう。
(だが小西の野郎はもうすぐ限界が来る…)
もぐもぐ。もぐもぐ。もぐもぐ…ごっくん。
すでに小西は極大の塩むすびを八個くらい食べていた。顔色も心なしか青みを帯びているような気がする。
「うえっぷ…負け犬の遠吠えは何度聞いても気持ちいいねえ。まあ勝ったのは俺だけども」
そう言って小西は味変の七味をおにぎりに振りかけていた。彼の限界はすぐそこまで近づいている。
「全世界ケツバット王決定選手権、優勝者ジニー・ナッテルさん」
次の瞬間、小西の脳内に謎のお尻の大きな外人(男性)の姿が出現する。
「ぐおっ‼」
小西は身悶えしながら大量の米粒を吐き出した。
「ごほっ‼ぐへっ‼汚べえぞ、しのぶっ‼」
小西は咳込みながら呪詛の言葉を吐く。気を利かせたボーイが彼に飲み物を用意した。小西は軽く会釈をして詰め痛い緑茶でご飯を流し込んだ。しかし、それを見逃すしのぶではない。
「尻バット王ジニー、帰りの新幹線で大ピンチ、その理由は…切れ痔が再発した」
小西はお尻を抑えながら大阪 、東京間の新幹線をやり過ごすジニーの姿を想像した。列車内のジニーが手に持っている「尻バット王」の優勝トロフィーのせいでいっそう惨めに見える。
「ぐほおおおおおお…っっ‼」
ついに小西の口内が決壊し、大量の緑茶と米粒が大噴火していた。




