第五夜 ある恋の終わり
遅くなってすいません、陳謝いたします。次回は十八日を余てしています。
話は過去、所沢ジョージの大学時代にまで遡る。
当時、ジョージは地元・埼玉県所沢市の期待の星として東京大学の文学部に所属していた(※作者は東京大学の名前しか知りません)。彼は同郷の先輩の勧めで麻雀同好会に所属する。
入会当初は興味本意で始めたジョージだったが、彼は意外にも実力を発揮してアマチュアの大会で優勝するほどの腕前となっていた。
そんなジョージの前に運命の女性、軽井沢美奈子が現れる。美奈子は高卒のいわゆるフリーターで、ジョージとは同好会が催した合同コンパで知り合った間柄だった。
卒業を控え、さいたま市の職員として故郷への凱旋も決まったジョージは恋仲であった美奈子に婚約指を携えて彼女との逢瀬のひと時を持つ、赤坂(※ふじわらしのぶ氏は東京で十年近く働いていましたが赤坂には行った事がありません)の高級ホテルで燃えるような情事を終え、いざ婚約指輪を渡そうと思った時に悲劇は起こった。
「ジョージ君、あのさアタシ…東京の男とケッコンしたいんだよね」
紫煙をくゆらせる美奈子は遠いどこかを見つめるような眼差しで会話を切り出す。
純情なジョージには彼女が何を言っているかわからなかった。
「待ってくれよ、みなりん。東京って言ったって小笠原や青ヶ島だって東京なんだぜ」
ジョージは何とか彼女の気持ちを醒めさせない為にも必死の思いで弁明する。だが美奈子にはジョージの剥くなる思いは届かない。
「アタイはさ、東京っていうブランドに恋をしているんだよ。だからさ、ジョージ君。東大を卒業して埼玉の人間に戻ったアンタにはもう妙味ないんだよね」
ふーっとさらに煙を吐き出す、ジョージのかつての想い人。
「そんあ…みなりん、俺は君の為に婚約指輪だって…」
ジョージは隠し持っていた指輪の入っているケースを差し出すが、美奈子は彼の手を叩いた。
床に転がるジョージの純情と婚約指輪。この時ジョージの中で何かが音を立てて壊れていた。
「それ持って家に帰りな、ボーヤ。所詮静岡の私と埼玉のアンタじゃ最初から釣り合わないんだよ」
美奈子はシーツをまくり上げ、バスルームに向かう。
「俺の恋は何だったんだ…」
ジョージは死人のような顔をしてその場を立ち去る。以来、彼は東京出身である事に拘り続けるようになってしまったのだ。
(そんな女別れて正解だろ…っっ)‼)
小西、佐渡、上杉田は心の中で盛大に突っ込む。だけはしのぶだけは違った。
「ええ話や。所沢はん…」
しのぶは呆れるどころか目尻に溜まった涙を拭いている。
「ところで、その女はどうなった?」
ジョージが夜よりも昏い闇を纏う。「煙草の不始末でホテルが全焼したって」
(ヤニカスが…ッ‼)
今度は満場一致の意見が出た。
「俺の過去の話はどうでもいい。だがこれだけは言っておく。埼玉こそ神が住まう神聖なる土地、埼玉最高。埼玉は日本の真の首都…お前ら雑魚県のド畜生が張り合っていい存在ではない。日本一のコメの生産地(※新潟県は日本一ではあろません)いい気になるなよ。地元の球団が無いような雑魚県は黙って俺に負ければいいんだ」
「北海道にも一応あるけど…球団の人、半年も道内にいないよ」
そう北海道は冬に雪まみれになるので野球は出来ない。しかもホームグラウンドの使用料金が「新手ノッパッシングか⁉」というくらいに度を越して高額なので道内ではほとんど試合を試合をしていなかったのだ。
さらにコロナ以降は交通事情が徹底して不便になってしまったので最早存在するだけで害悪となっていた。
頑張れ、北海道とはあんまり関係無い日本ハムファイターズ!
来年は安く買い叩かれて本拠地変わっているかもね。
「黙れや、外地の土人が!さうい珠県民様の会話に入ってくるんじゃねーぞ!」
ここぞとばかりに県民性をこじらせるジョージ。一堂は沈黙を守るしかなかった。
「はあはあ…試合続行だ」
ジョージが正気を取り戻したところから次の勝負が始まった。以前として新潟勢、特に佐渡の優勢は続いている。
「ロン。しのぶよ、下手を打ったな」
小三元、イーペー、ホンイツと隙の無い布陣でしのぶを圧倒する佐渡だった。
しのぶはニヤリと笑い、勝負はさらに加速する。ジョージもまた不調が続き、イーシャンテンまでしか手が伸びなかった。事実上、今この場を支配していたのは佐渡だったのだろう。
(クッ…!ワシの股間に三角形の頂点が食い込んできたわい。明日から肛門科にでも通うしかないかのう…)
背面のクレバスに強烈な負荷がかかっている。そろそろ三角木馬を降りなければ如何にさふぉ馬蔵といえども再起不能になってしまうだろう。
だがジョージとて知っている。今の彼の勝利はこの拷問じみた特殊な戦法によって成り立っている事を。今は耐えるしかなかった。
「先生、シリアナから血が漏れています…」
佐渡の付き人、上杉田景勝は心苦しそうに血を滴らせる佐渡の臀部を指さした。次の一局でも佐渡の攻勢は止まらない。
四巡ですでにテンパイとなっていた。
待ち牌は三ピンと六ピン、ツモれば四暗刻、当たれば三暗刻。親ではないがかなりの高いヤクが成立する。
(さて後三回も牌を引けば当たるだろうが…しのぶが未だに動く気配はない)
佐渡はあえてリーチをかけずにしのぶとジョージの動向を見守る。今にも尻が裂けてしまいそうな痛みがあったが、それでも気を抜く事は許されない。
相手はあの”鬼神龍”ふじわらしのぶなのだから一瞬の油断が命取りになる。
カチャリ、しのぶが四索を切った時だった。小西は間髪入れずに鳴く。
「チーだ」
突如として発生する不協和音に佐渡は愕然とする。
(この期に及んで何故ワシの邪魔をする 小西よ)
内心で舌打ちをしながら五萬を切る佐渡。そこにジョージが割り込んでくる。
「ポンだ、爺さん」
「ぬうっ‼」
佐渡は次々と想定外の事態に見舞われ、焦り始める。そもそも小西がおとなしく索を見送っていればジョージは動かなかっただろう。
相方の変心がただただ憎たらしいばかりだ。そこから二巡が進んだが、佐渡に当たる気配が無い。
小西は読みが外れて守勢に回り、逆に佐渡への放銃を警戒している。
一方しのぶのまた堅実な捨て牌で勝負の輪から外れて行った。事実上、佐渡とジョージの一騎打ちが始まろうとしていた。
(ここから手を崩してトイトイにして町を広げるか…或いは)
佐渡の引きに迷いが生じている。
だがそれも無理からぬ事、ジョージも終始無言となりテンパイを迎えていたのだから…。
「桜田門先生、貴方は運が良いお人だ。今日はジョージの”まくり”が見れますよ」
「おおうっ!”まくり”のジョージの真骨頂か!
これは楽しみだわい!」関東の大物政治家たちを陰から操る桜田門如水子供のようにはしゃぐ。老獪なこの男とて白熱した強者たちの戦いに心を震わせていたのだ。
「カン」
ジョージは小西から八萬を食う。そして片目を閉じながら山から牌を引いた。
ドラは六萬、ジョージの手牌に隠されている可能性は十分にある。
「悪い。ツモだ」
次々と手牌を倒す。清一色、ドラ3、――跳満だった。
{ガキが…」
佐渡が力いっぱいに己の拳を握る。策士が自ら講じた策に嵌ったという体だったのだろう。
ここにきて佐渡は新潟側の合計点がしのぶとジョージよりも遥かに高い事に胡坐をかいて完全な守りに入っていたのだ。
先ほどの四暗刻テンパイも実のところ佐渡にとってはブラフの一つに過ぎない。
「これでワシに勝ったつもりか…ジョージよ」
「そこまでおめでたい頭じゃねえよ。ただなせっかくの役満をブラフにしか使えないアンタが滑稽に見えただけさ」
ジョージは汗でびしょびしょになった手を拭う。実際のところ今の勝利は奇跡といっても過言ではない。現にサドと小西のスコアを合わせればジョージよりも高く、しのぶもまだ動こうとしていない。
(勝負は未だに闇の中さ。なあ、しのぶ)
ジョージは汗で濡れたハンカチをポケとに仕舞いながら心の中でそっと呟く。
かつての彼の恋人、軽井沢美奈子は奇跡的に生還したのだが都庁から請求された賠償金額に驚き、借金を返済する為に昼はパチンコ屋の店員、夜は覆面女子プロレスラーになってしまったのだ。
(美奈子、俺は必ずこの勝負でぢのぶに勝ってお前にもう一度プロポーズする)
全然懲りていないジョージだった。




