表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オシラサマの娘についての記述――奥州神蚕連続変死事件レポート――  作者: 十凪高志


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/16

第9話 遠野へ

「先生が女子高生ナンパしたー! これは事件だー! おさわりまんこっちですー!」


 香里が叫んだ。

 あれから、私たちはお互いの情報を交換した。そして第一声がこれである。

 この女を殴らない私は、良識的で模範的な大人として評価されるべきだと思う。


「お前な」

「いやだって先生、見知らぬ女子高生に声かけて連絡先交換してたじゃないですか。はたから見たら完全に犯罪者ですよ」

「状況というものがあるだろう状況が」

「状況? 死体のそばで女子高生をナンパするのが状況?」

「ナンパじゃない」

「じゃあなんですか」

「……取材だ」

「取材ぃ~?」


 香里は眉を吊り上げた。そして弥子ちゃんの方を見た。弥子ちゃんは香里を見ていた。無表情だった。正確には、無表情に近いが、何かを観察しているような目だった。


「はじめまして。夕海香里です。YouTuberです、チャンネル登録と高評価よろしく!」

「小烏瀬弥子です。遠野から来ました」

「ほう、遠野!」


 香里の目が光った。


「ちょうどよかった。色々聞かせてください、遠野のこと」

「……どういう立場の人ですか」

「オカルト系配信者! 怪奇事件追ってます! ぎゅばーん!」

「はあ」


 弥子ちゃんの反応は薄かった。香里が若干傷ついた顔をした。私は少し溜飲が下がった。

 これが、ざまぁという奴か。



 四人でファミレスに入った。

 四人、というのは私と香里と弥子ちゃんと、それから遅れてやってきた桐也だ。

 桐也は弥子ちゃんを見て、一瞬だけ目を細めた。私にしかわからない程度の変化だったが、確かに何かを感じ取った顔だった。


 私は弥子ちゃんに、事件の経緯を話すつもりはなかった。

 遠野の高校生を巻き込む理由がない。彼女は文化祭の企画で東京に来ただけだ。

 そのつもりだった。

 良識と常識ある大人として、当たり前だ。


「……そういうことがあったんですか」


 だが、なぜか話していた。話してしまっていた。

 小烏瀬弥子という少女には、妙な雰囲気があった。

 静かで、目立たない。でも黙って向かいに座っているだけで、こちらが話したくなる。話を引き出す、というのとも少し違う。ただそこにいるだけで、話が流れ出していく感じがする。


 気づいたら、厚楽良子のことを話していた。斉藤義彦のことを。山村パターソンのことを。三上小五郎のことを。そして今日の、佐々々木紀律のことを。

 弥子ちゃんはずっと黙って聞いていた。

 相槌も少ない。ただ、聞いていた。

 話し終えると、弥子ちゃんはしばらく沈黙した。

 それから、静かに言った。


「全員、遠野と関係があるんですね」


 現時点では、そうだった。

 どぶろく特区遠野。ホップ生産量日本一。オシラサマ人形。遠野の怪談創作。


 皆、遠野に何らかの形で関わっていた。

 これを偶然と切って捨てるには、あまりにも類似点がありすぎたのだ。

 

「――正直、苛立ちます」


 弥子ちゃんが言った。


「遠野は、ひどい場所じゃない。だけどこんなに変死事件に関わってると……」

「変な噂立つかもですねー」


 香里が続けていった。

 風評被害。


 遠野の人間にとって、それはもっとも忌避する事だろう。当たり前だ、地元の悪いうわさが立つというのは、いい気分のはずがない。


「私は――」


 弥子ちゃんはトートバッグの持ち手を、少し強く握った。


「遠野のことを、ちゃんと伝えたいと思っています。文化祭の企画も、そういう気持ちからです。嘘じゃなくて、本当のことを」


 本当のこと。

 私はその言葉を、手帳に書き留めなかった。書き留める必要がなかった。



「あの」


 ファミレスを出ると、弥子ちゃんが言った。


「遠野に来るんですよね、みなさん」

「ああ」


 私は答えた。GWを使って私達は遠野で調査をする。


「答えが遠野にある気がする、少なくともヒントが。人の仕業か、それとも怪異か……ああ、怪異なんて言っても」

「信じますよ」


 弥子ちゃんは言った。まっすぐに、よどみなく。


「遠野は、民話と不思議の里――と言われていますから。なんというか、身近なんです、そういうの。

 ああ、不思議な事ってあるんだな、って」

「……」


 現地の人間がつらつらと語る。

 妖怪の地という触れ込みの観光地だからPRのため……という感じでは無かった。

 普通に、隣にある。そんな感じの言葉だった。


「では、遠野に来られたら……連絡ください。案内しますので」

「いいんすか?」


 香里が言う。弥子ちゃんは静かに微笑んだ。


「遠野について、ちゃんと知ってほしいですから。それに皆さん、変な好奇心で事件を追ってある事無い事吹聴する……そんな人には見えませんから」

「いや、私めっちゃ好奇心です」


 台無しだった。


「香里さんのは、いい好奇心です」


 真っすぐに言う弥子ちゃん。

 強者だった。


「じゃあ、現地で合流しよう」と私は言った。「俺たちはGWが始まったら電車で行くよ」

「わかりました。待っています」


 弥子ちゃんは頷いた。


「遠野に着いたら連絡してください。案内します。

 ……見せてあげますよ、本当の遠野を」


 それだけ言って、弥子ちゃんは駅の方へ歩いていった。

 黒く染めた髪が、夕暮れの中に消えていった。


「……いい子っすね」


 香里がぽつりと言った。珍しく、素直な口調だった。


「ああ」


 私もそう思った。

 巻き込んでしまった、という気持ちが少しあった。しかし同時に——弥子は最初から、この話の中にいたような気もした。

 うまく言えないが、そういう感じがした。



 出発は四月二十八日に決まった。

 東京駅から新幹線で新花巻まで、そこから釜石線に乗り換えて遠野まで。

 四時間ほどの旅だ。

 出発の前日の夜、私は手帳を開いた。

 これまでに書き留めたことを、最初から読み直した。


 厚楽良子。斉藤義彦。山村パターソン。三上小五郎。佐々々木紀律。

 五人の死。

 オシラサマの人形。白い糸。白い蛾。

 遠野。遠野。遠野。

 そして、緑風荘。

 座敷わらし。

 没になった原稿。

 全部が、一本の糸で繋がっているような気がした。

 細く、白く、引けば切れそうで——しかし引けば引くほど手に絡みついてくるような糸が。

 私はそこで手帳を閉じた。

 遠野で、わかる。

 あるいは——わかりたくないことが、わかるかもしれない。


 五月一日、朝七時。

 東京駅、中央口改札前。

 それが、全てのはじまりの場所になった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ