第10話 大富来屋にて
釜石線の車窓から見える景色は、東京とは全く違った。
山。田んぼ。川。そしてまた山。
人工物の密度が、どんどん薄くなっていく。
香里はずっと窓に顔を押しつけていた。
「ここが遠野……なんというか、のどかな、いかにも田舎って感じのいい場所ですねー!」
遠野駅に降り立った香里は、スマホで自撮りをしながら言った。配信用だろう。
「ん? あれ、もしかして駅前のコンビニが……ない!? うわー、そんな場所あるんですねー! おおっ、交番が……カッパですよ、カッパの顔してます、かわいー! 映えるー! あっ、電柱に座敷わらしがいるー!」
「どこにだ」
「あそこ! ほら、電柱の上に像!」
「……本当だ。ていうかよく見つけたな」
確かに電柱の上に座敷わらしの像が鎮座していた。まるで、遠野を見守っているような感じだった。
桐也は駅舎の外でぼんやりと空を見ていた。五月初旬の遠野の空は、東京より広く、青かった。
「空気が違う」と桐也は言った。
「そりゃ東北だからな」
「そういう意味じゃない」
桐也はそれ以上言わなかった。
私もなんとなくは想像がついたが、聞かなかった。
確かに――空気が違っていたのは、私も感じた。
◇
宿は弥子ちゃんに勧められた民宿だった。
遠野駅前から歩いて数分。雑居ビルのような、小さな五階建てのビルがそのまま民宿になっている。「大富来屋」という看板が出ていた。
「なんか、ビルがそのまま宿になってる感じが遠野っぽくないっすね」
香里が言った。
「遠野っぽいって何だよ」
「なんか、古民家とか茅葺き屋根とか」
「観光地の幻想だ」
私は言う。
確かにそういう宿も遠野にはある。例えばたかむろ水光園という施設には、通常の宿泊施設とは別に古民家一棟貸し切りもある。
他にも籠屋遠野という茅葺古民家宿泊もあれば、民宿とおのや民宿古軒と言った瓦の古民家を宿泊施設にしたものも多い。
だけど、今回の私たちの目的は観光ではないのだ。
そして、調査ならここがうってつけだという。
その理由は……。
「こんにちはー。予約していた者ですけどー」
私たちは民宿のビルのドアを開ける。
本がたくさん並んである、書斎のような食堂のようなロビーだった。バーを改造した……そんな感じだ。
フロントには六十代とおぼしき男性がいた。
「いらっしゃい」
髭面の背の高い精悍な男性だ。
彼が大戸義一郎。この大富来屋のマスターだ。
彼は遠野物語や地域の民話を趣味で長年収集し研究していて、実に詳しいという。
弥子いわく、かつてテレビでも現地の民話を語る番組に採用されたらしい。
ただ、実際には「風貌がワイルドすぎて民話に詳しい古老みたいなイメージが欲しい」と、劇団員の老人が抜擢され、彼が読む脚本を大戸氏が手掛けたというということだ。
そういった男の経営する民宿なので、情報収集にはうってつけ……ということだった。
◇
チェックインを済ませ、二階の部屋に荷物を置いてから、一階の食堂兼ロビーに降りた。
これからどう動くかを話し合うためだ。
「まず職人の千葉徳蔵さんに当たろう」と桐也が言った。「人形が関係しているかどうかはわからないが……それでも少ない手がかりだ」
「その前に伝承園に寄りたいと思う」と私は言った。「弥子ちゃんがそこでアルバイトをしているらしい。合流してから動いた方が効率がいい」
「賛成っす」と香里が言った。「オシラ堂、見てみたいし」
話し合いながらコーヒーを飲んでいると、隣のテーブルから声がかかった。
「あれ? 先生じゃないっすか」
振り返ると、そこには一人の眼鏡の男性が座っていた。その顔には覚えがある。
「……十凪先生?」
彼は十凪高志。漫画家である。私と同じようなオカルト好きであり、それに関連した作品も描いていた。
「奇遇ですね。なんで遠野に?」
「それはこっちの台詞ですよ。そんな……女子高生連れて。事案ですかジポですか通報ですかそうですね?」
「そう思ってくれて結構ですよ」
「否定してくださいよこの野郎。リア充旅行ですか憎んでいいですか憎みます呪いますね答えは聞いてない」
「やめてください」
私はため息をついた。
「まあ冗談はこのくらいで。私は取材旅行ですね。四月二十九日に■■■山の神社で祭りがあるんですよ。それを取材しに来たんです」
「祭りですか」
「ええ。遠野の春祭りの中でも、あまり外に知られていない小さな祭りでしてね。地元の方に特別に許可をいただいて、見せてもらえることになっているんです」
十凪先生は少し声を落とした。
「座敷わらしの神事です」
……。
遠野という場所だから全く不思議ではない、遠野は座敷わらしの伝説のある地だ。しかし、なんというか……。
「因縁を感じるな」
私はぽつり、という。
つい先日、座敷わらしの記事が没になったばかりだ。
「まあ、色々ときな臭い話もありますけどね」
「きな臭い話?」
私は彼に聞く。
「田舎の秘儀秘祭って、変な奴らが嗅ぎつけるんですよ。えっと、岩手の二戸の座敷わらしの宿……」
「緑風荘ですね」
「そうそうそれそれ。そこにも宗教団体が近づいていたって話聞きましたしね」
「ああ、私も聞きました」
取材で聞いた話だ。
先祖供養をしていないから火事になったのだ、と言ってきた宗教もあったという。先祖霊を祭っている宿に言う事ではない。
「他にも、各地の座敷わらしの出る宿なんかに近寄ってる霊能者とかいるそうでしてね、んで、そこの神社の神様を……商標登録した連中もいたそうで」
「は?」
神様を……商標登録?
「記紀……古事記日本書紀に載っていない、一般では有名じゃない神の名前なので、特許庁が実在の神様だと知らずにOKしたとかで問題になっててもめてるそうで。
なんか変なNPOも関わってるらしくてね、遠野自体はいい場所なんだけど、いい場所であるから故に、食い物にしようとしてる連中が外から……って感じだそうで。
いや、今回私も許可されるまで大変でしたよ。何度も通って信頼やっと勝ち得て……って感じでしたね」
「……大変でしたね」
作家の取材とはそういうものだ。相手の懐に入り込み信頼を得るために、何度も通い誠意を見せねばならない。
「先生も座敷わらしの取材してたんでしたよね、SNSで見ましたよ。どうでしたか」
「ははははははは」
「……」
私の乾いた笑いで彼は察してくれたらしい。
「十凪先生はオシラサマについてはどこまで?」
私は話題を変えるかのように言った。
「オシラサマですか。まあ、一般的な事は一通り、ですかね。馬頭と人頭の二対の神で、各家庭に祀られている。養蚕の神にしてお告げの神。
ああ、オシラサマなら伝承園と、あと遠野市立博物館ですかね」
「博物館……ですか?」
「あそこには色んな所から寄進されたオシラサマが展示されてますからね。祀れなくなった家、手放さないといけなくなった家、祀る人がいなくなった家などから集められた本物のオシラサマが並ぶのは圧巻ですよ」
その話に、
「はいはーい! 私もそれ撮りたいっす!」
香里が勢いよく声を上げた。
……博物館か。確かに、情報収集には基本のひとつだ。
「あと、人形職人の千葉徳蔵さんって……知ってます?」
「いや、知らないですね……」
十凪先生が答えた時、大戸マスターが口を挟んで来た。
「ああ、その人なら伝承園で工作してるよ」
第一の行き先は決まった。
◇
早速、私たちは伝承園に向かった。
遠野駅前のバス停から伝承園前まで。時間にして25分ほどの道のりだ。
昔放映されたカッパのアニメ映画のパネルが客を迎えている。大きな木彫りの河童像も安置されていた。
近くには、カッパ淵という、河童が出たという伝説の残る観光地もある。もっとも、今回の目的はそこではない。
「こんにちはー」
入口にあるドアをくぐり、売店に入る。
お土産が並んでいる。カッパや座敷わらしといったいかにも遠野、といったグッズだ。
「……いらっしゃいませ」
入口の傍に、見覚えのある黒い髪の少女が立っていた。
弥子ちゃんだった。
エプロンをつけ、施設のスタッフらしい格好をしている。私たちを見ると、小さく頭を下げた。
「来てくれましたね」
「来ちゃいましたー! 色んなの売ってるですねー、すっご」
「はい。お勧めはこの河童捕獲許可証ですね。安いしかさばらないし、記念としてちょうどいいと人気なんです」
「そんなん売ってるんすかー、さすが遠野、ぱねぇ」
香里と弥子ちゃんは盛り上がっている。
「さて……それじゃあ、早速そのオシラ堂っていうのを見たいんだけど」
私の言葉に、弥子ちゃんは頷く。
「案内します」
そして私達は――入場料450円を支払い入場した。香里は高校生なので350円だった。




