第5話 決意
私が経緯を話す間、桐也は一度も口を挟まなかった。
どぶろく業者厚楽良子の死。ビール業者斉藤義彦の死。そして自分たちが第一発見者となった、山村パターソンの死。
前者二人だけならまだ説明がついた。しかし、目の前で実際に見た、見てしまった、山村のひしゃげて歪んだ、曲がった顔。
あれをただの病気や何かだと笑い飛ばすことは、私には難しかった。
そう、何故私が桐也――拝み屋などという怪しい男の所を訪れたのか、その理由は明白だった。
あれは——数少ない、本物の怪異の気配だったのだ。
「それで、何か気づいたことは? 何でもいい」
桐也が促す。私は腕を組んで考えた。
「と言われても、呪物コレクターの部屋だから怪しいものしかないというか……」
「勘でいい、こういうのはな」
「勘と言われてもな……あ」
私はふと思い出した。
死体となった山村の傍らに落ちていた人形。あれには覚えがあった。
「オシラサマ……」
その言葉に、香里が反応する。
「オシラサマって何でしたっけ?」
「座敷わらしの取材をした時に聞いた話で、東北に伝わる神様だよ。こういう話だ。
昔あるところに貧しい百姓がいた。
その百姓には美しい娘がいて、一頭の馬を飼っていた。
娘がこの馬を愛して、夜になると厩に行って寝て、そしてついに馬と夫婦になった。
ある夜父はこのことを知って激怒し、馬を連れ出して桑の木に吊り下げて殺した。その夜、娘は馬がいないのを父に尋ねてこのことを知り、驚き悲しんで桑の木の下に行き、死んだ馬の首にすがって泣いた。
父はこれを怒り、斧でもって後ろから馬の首を切り落とした。すると娘はその首に乗ったまま、馬と共に天に昇り去ったという。
オシラサマというのはそのときから成った神である――
異種婚姻譚、ってやつだな。そしてこの話は養蚕の物語でもある」
「よーさん?」
「絹だよ。絹糸は蚕って虫が吐く糸だってことは知ってるだろう?」
「うす。それくらいは」
「その蚕を育てて糸を作るのが養蚕だ。遠野物語では、蚕はそのオシラサマとなった娘が自分の親の元に遣わした眷属なんだよ」
「つまりお馬さんとおせっ……励んで作った赤ちゃんが虫ってことですか」
「言い方」
間違ってはいない。いや間違ってしかいない……のか?
「で、そのオシラサマをかたどった木の人形が、東北、遠野に伝わるオシラサマなんだ。というか……」
私はひとつため息をついた。
「山村氏にめっちゃ自慢されたんだよなあ、それ」
「ほう?」
桐也が反応した。促されて私は話し出した。
「オシラサマって、家の守り神なんだ。だから東北の色んな家にあるけど、逆に言うと東北のご家庭にしかない。そこらで土産物として売ってる土俗人形じゃないからな。
だけど、呪物コレクターの彼はオシラサマ人形がどうしても欲しくなり、作っている職人を探し当てた」
「売ってないのに職人さんいるんですか」
「ああ。オシラサマは年に数回、オシラアソバセという儀式で持って動かして文字通り遊ばせるからな、壊れることもある。そういう場合に新しいものを作って入れ替えたりする。まあ専用の職人ってわけでもないんだが」
「へー」
「ともかく彼は頼み込んだ。神様なんで売りもんじゃねえ、と断ってた職人さんも根負けして仕方なく作ってくれた……と、電話口で自慢してたよ」
今回の取材で、私はその話をもっと詳しく聞く予定だったのだ。
「新品……か」
私のその言葉に、桐也は考え込んだ。
「どうしたんだ?」
「……ちょっと気にかかってな。あり得るな」
「何がだよ」
「先生。仏像って、売買されるな」
「ああ、まあ。仏具店でも売っている」
「その売り物の仏像と、仏閣にある非売品の仏像の差は何だと思う」
「……開眼か?」
以前そういう儀式の取材をしたことがあった。選挙報道でもおなじみの、ダルマに目を入れるのと同じだ。仏像には瞳を書き、仏の魂を降ろすという。
「そうだ。そして仏像を他人に譲る時、売る時には魂を抜く儀式を行う。神も同じだよ。つまり、神様を売り買いはできないが、神様ではないただの人形でしかないなら――と、職人は新品の人形を作って渡したんだろう」
「なるほど。それが何か?」
「何も入れていないということは、空っぽの器ということだ。よくないものが入った、あるいは呼び込んだ、という可能性もある。あくまで推測に過ぎないけどな」
桐也はそう言ってから、少し間を置いた。
「でもだいたい警察に押収されてるだろうしな。お前が警察にも顔が利くスーパー拝み屋なら別だけど……」
「そういうのは漫画やテレビの中だけだ」
「違いない。となると調べるなら、山村が作ってもらった職人本人に……という流れか?」
「そうなるだろうな。だけどわかっているのか? こういうことに首を突っ込む事がどういうことなのか」
「わかってるよ」
桐也の言葉に、私は頷いた。
「人間がオカルト心霊現象に見せかけたトリックだとか、自然現象がそう視えているだけだとか、そういったものじゃあない……ガチなやつだって、俺もわかってる。
だけど……別に俺は山村氏と仲良しさんだったわけでも何でもない。それでも、あの死に顔を見せられたら……。
解明して、記して残してやらなきゃ、って……そう思うんだよ」
それは崇高な使命感なのか、それともただの下世話な好奇心なのか。
私自身にもそれはわからなかった。
だけど。
「関わったからには、引き返せないんだ」
それが私の生き様だった。
私はオカルトライターだ。
そういう生き物なのだ。そういう生き方であるべし、と選んだのだ。
「……だからお前はいつも貧乏くじを引くんだよ」
対して、羽賀桐也はため息をつく。
「突き合わされ巻き込まれる俺の身にもなれってんだ。
わかった、貸しひとつだ。こっちも色々と調べてみるよ、同業者にな」
「じゃあ、私もJK仲間やネットで色々と当たってみるっす!」
夕海香里もまた、手を上げて言った。
「そうだな……東北に行くのは来週、ゴールデンウィークだ」




