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オシラサマの娘についての記述――奥州神蚕連続変死事件レポート――  作者: 十凪高志


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第29話 どんどはれ

 事情聴取を終えて解放された私たちは、病院で簡単な検査と治療を終えた後、大富来屋に帰った。

 マスターが食堂でコーヒーを淹れい待っていてくれた。


「おかえり。顔色が随分とひどいが、まあ元気そうでなによりだ」

「元気そうに見えますか」

「全然見えんな」


 だがマスターは笑った。


「だけど、憑き物の落ちたって感じの顔だ。終わったんだな」

「ええ」

「ゆっくり聞かせてくれ。んで、持ちネタのひとつにしたい」

「いいですよ」


 私は笑った。


「令和の遠野物語として、語ってください」

「そうするよ」


 マスターは笑った。

 私たちは、コーヒーを飲んだ。芳醇な香りが、身体に染みた。


「……この動画、どうしましょっかね」


 香里がぽつりと言った。


「さっきのも一応撮っといたんすよ。曲がり家の中のは結構ブレブレだったけど。オシラアソバセとか、いい感じの画になってるけど……」


 それを配信するかどうか、香里は悩んでいるようだった。

 前までの彼女なら今頃一も二も無く配信動画の編集作業に没頭していただろう。

 だが……迷っているようだ。


「死んだ人たちは、ヤママユ会の関係者たちだった。だけど、やっばり遠野を消費してた、それも絶対あると思うんです。

 まゆさんの怒りは、我欲に従って自分たちを消費している人たちに向かっていた……」


 それは、確かにある……と思う。

 彼女はいちいち選んで判断していたわけではないだろう。それでも、遠野を勝手に無遠慮無思慮に消費していた人間に、その祟りは向かった。


「今回の事、動画にして配信したら……ネタにしたら、せっかく安らかに眠った彼女を、また起こしてしまうんじゃないかな、って」

「……」


 難しい話だ。

 伝える事と、弄ぶ事は紙一重である。

 そしてそれは受け取り手次第だ。

 哀しい話を伝えようとして記した話が、大爆笑喜劇として世に出る事すらよくあるのだ。


 だけど――


「記録として、残しておいたほうがいいだろうな」


 私は言う。


「だってここ、遠野だぞ」


 その言葉に。

 全員が、黙った。

 しかしその顔には――


「確かに!」


 そう、書いていた。


 遠野は、良くも悪くも正直だ。

 他所の土地ならひた隠しにするような因習も、堂々と記して語っている。

 デンデラ野とかはまさにそうだろう。姥捨て山、口減らしの風習などは全国にあるが、その大半はそれをひた隠しにしていた。あれは天狗だ神隠しだ山に呼ばれたのだ、我々は捨てていない――

 だが遠野は、遠野物語に平然と「ダンノハナに老いた母を捨てた」と記してある。史跡には、母をおぶって捨てに行くレリーフが堂々と刻まれてある。

 そういう土地なのだ、遠野は。

 悲劇を隠さない。悲劇を語り継ぐ、良くも悪くも――


 もちろん、遠野物語が編纂されて世に出た時、遠野の人は「これうちのじっさまの話じゃねぇか、恥ずかしい!」と怒ったという話もあるらしいが。


「馬鹿にするでもなく、飾り立てるでもなく、起きた事をありのまま残そう。それをどう受け取るかんは、受け手次第だよ」

「……それが一番不安ですけどね」

「まあな。だけど、世の中、悪人やクズばかりじゃないさ」


 オカルトライターをやっていたら、読者というものは実に下衆いと身をもって知る。

 人の不幸、人の悲劇を娯楽として消費するのが常だ。

 幽霊譚なんかまさにその典型だろう。

 悲劇の、非業の死を遂げた死者の恨みと未練を人は喜ぶ。これが金髪に髪をそめあげたマッスルな陽キャたちの霊が昼間から河川敷でバーベキューをする霊の姿が目撃される、という話があったとして、誰も喜ばない。

 座敷わらしの宿の再建の話が編集者に鼻で笑われて没にされたのと同じだ。

 だけど……。


「クズやゲスい人ばかりなら、感動巨編が大ヒットしたりするわけもないし」


 同時に、人は人間賛歌を喜ぶものだ。

 血沸き肉躍り、愛や勇気を語る物語に感動して涙する。

 結局、人間というものはそう単純なものではないのだ。


「そもそもついさっき、俺もこの話を持ちネタにするっていったばかりだしな。困るぞ、今さらやっぱ駄目だと言われても。

 直接マヨイガに行ったとか、ネタにしなくてどうすんだ」


 マスターが笑う。その通りだ。彼からしたら、話さずにはいられない話だろう。


「関係者達に配慮して。敬意を持つ、それさえ忘れなきゃな」


 その通りだと、思った。

 ここは遠野。民話と妖怪、物語の里なのだ。

 そしてそれは、今も続いているのだから。



 ◇

 翌日、改めて栗下刑事からの聴取があった。

 説明が随分とややこしかった。それはそうだ、警察は呪いや祟りなど信じない。栗下刑事のように現場で直に遭遇すれば別だろうが――

 結局、昨晩提出したICレコーダーの記録が決め手となった。

 あの火災は、パニックから発生した事故によるものということになった。

 まあ確かに、大量に湧いた蚕に驚いたスタッフが機材を倒して引火したというのは、何の嘘偽りもない事実だ。そして私達も一方的に被害者でしかない。

 そしてレコーダーに記録してあった鍋倉の言葉から、鍋倉は逮捕されたという。

 鍋倉は墓地法違反、不法侵入、監禁未遂、その他複数の容疑で逮捕された。焼け跡から拳銃が見つかったのも大きかったようだ。

 連続変死事件との直接的な関係は、証明できなかった。

 証拠がなかった。いや、そもそも確かに変死事件に直接は関わっていなかったのは事実だった。


「決着はついたが、どうにもしっこりこねぇな」


 栗下刑事は、顎をさすりながらそう言う。


「怪異ってのは、そういうもんですよ」


 私は言った。


「先生よ、あんたいつもこんなヤマに首突っ込んでんのか?」

「まさか」


 私は言う。


「こんなことが頻繁にあったら、命はいくつあっても足りませんよ。たまたまです。

 もっとも、遠野ではよくあることかもしれませんが」

「……やべえ土地だな」

「ええ、やばいですね」


 私は肩をすくめる。

 だけど、私はこの地を嫌いにはなれなかった。

 恐ろしいが、しかし優しいい町だと、知ったから。



 警察署を出た時、ちょうど弥子ちゃんも警察を出て来た所だった。彼女も聴取に呼ばれていたようだ。


「弥子ちゃんいえーい!」

「いえーい」


 香里と弥子ちゃんが手を合わせてハイタッチを交わす。


「うう、これで弥子ちゃんともお別れかあ~。寂しいようっ」

「と言ってもGWはまだ残ってるし……まだ案内したいところ残ってるし」

「そうよねー! 先生、GWギリギリまでいますよね遠野にっ! ああとりあえず昼ご飯はジンギスカン食べたいっ!」

「だったら食肉センターかな。あんべもいいよね。遠野のジンギスカンはまさにソウルフードで……」


 盛り上がっている女子二人。

 まったく。まあいい。

 気分を変えて観光するのも悪くない。



 それから私たちは、栗下刑事と幸太郎老人を加えてジンギスカンを食べに行った。

 ドーム状の鉄板でラム肉を焼く。

 その曲面から流れる肉の脂がもやしやキャベツに絡まり、絶妙な旨味を出していた。

 なるほど、確かにソウルフードと呼ばれるだけのことはあった。


 そして数日を過ごし、私たちは遠野を後にした。

 ◇



 東京に戻った。


 私は自分のマンションに戻る。静かだ。ここ数日の騒がしさが嘘のようだった。

 PCを開く。

 そして私は、書きはじめる。

 遠野で見たこと、聞いたこと、感じたことを。

 まゆという少女のことを。

 祐介という男のことを。

 弥子ちゃんのことを。

 オシラサマのことを。

 私達が行き会った呪いと祟りのことを。

 遠野という地のことを。

 書き続けた。



 それから数週間後。

 連続変死事件は、新たな被害者が出ることなく、収束した。

 警察は「原因不明の変死事件が複数発生したが、共通の犯罪行為は確認できなかった」という発表を出した。

 伝染病ではなかった。結局の所原因不明。

 それは少しの間、ネットを騒がせ、そしてまた新しいニュースに埋もれて消えていった。



 鍋倉は別件で起訴されたという。

 そして栗下刑事から私に連絡が来た。


「鍋倉が、留置場で死んだ」


 原因は、不明。ただ、顔が曲がっていたらしい。


「こういうことは、一般市民に言っちゃいけないんだがな」


 そう栗下刑事は言った。


「終わって、なかったのかね。先生。呪いは。

 ……また始まるのか」


 私は考えながら言った。


「……まあ、遠野の祟る神様はオシラサマだけではないですから」

「だけでは、ない?」

「遠野物語にある通り、よく祟りに会う人が出る場所なんですよ。神様に不敬を働いたなら、たとえオシラガ様が鎮まったとしても、別の神様が祟ることだってあるでしょう」

「……そういうことなのかね」

「そういうことなんでしょう。なんたって、遠野なんですから」

「……遠野だしな」


 私は言った。


「それでも連続変死は収まったと見えるから、これでどんどはれということにしましょう」


 どんどはれ、である。



 ◇

 それから、私の顔面神経麻痺はゆっくりと回復していった。

 後遺症は多少は残った。

 左の頬が、少しだけ、以前とは動き方が違うのだ。

 笑うと少しだけ非対称になる。

 まあ、悪くない、と私は思った。

 少しだけ歪んでいる方が、オカルトライターらしいともいえる。

 名誉の負傷というやつである。

 そう考えることにした。


 なお、桐也の左目は普通に完治していた。あの時曲がった手も元に戻っていた。

 流石は本職の拝み屋、というべきだろうか。


 後日、栗下刑事から、もう一度連絡が来た。


「顎、だいぶ戻ってきた。医者にも言われた、自然に治ったと」

「それは良かった」

「お前の顔は」

「後遺症が少し残ったが、生活に支障はないですね」

「そうか」


 栗下刑事は少し間を置いた。


「……また変な事件があったら、声をかけていいか」


 私は少し考えた。


「証拠は持ってきてください」

「努力する」

「努力じゃ困ります」

「精一杯努力する」

「……まあ、その時はまた」


 私は言った。

 刑事と繋がりを作っておくのは悪くない。同じ事件、同じ呪いを切り抜けた間柄だ。

 それに、警察関係のオカルト事件に関われるかもしれない、というのも大きい。



 ◇

 そんなある日の事だったある日。

 羽賀桐也から連絡が来た。


「師匠から話を聞いた。安曇野で、子供が生まれたそうだ」

「子供が。それは目出度い話だな」

「いや……」


 桐也は口をつぐむ。


「白い子供だそうだ」

「白い……」


 それ、は。


「髪も肌も白い赤子が、安曇野の家に生まれたと。それも、養蚕家の家に」

「……」


 そればどうしても、あの事件を連想せずにはいられなかった。


「……まゆの血か」

「わからない。血筋なのか、あるいは……。だがしかし、放ってはおけない」

「師匠んところの意志か」

「ああ。そして俺の意志でもある。あれを体験してしまったからには、な」


 白い赤子。養蚕家。

 これは……確かに。


「放ってはおけないな。取材に行こう」

「やっぱりそう言うと思った」

「お前はどうするんだ」

「俺が持ち掛けた話だぞ。前の続きなのだとしたら、行くしかない。

 考えすぎならいいんだけどな」

「……少なくとも、あの二の舞だけは防ぎたいな」


 私は手帳を閉じた。

 窓の外に、東京の空が広がっていた。

 遠野の空よりずっと狭い空だった。


「……行こうか」









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