表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オシラサマの娘についての記述――奥州神蚕連続変死事件レポート――  作者: 十凪高志


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/30

第25話 後日談

 佐々木幸太郎の家は、朝よりも静かだった。

 弥子ちゃんが玄関を叩くと、すぐに引き戸が開いた。

 幸太郎氏が立っていた。前回と同じ、背筋の伸びた老人だった。しかし目が、少し違っていた。前回の頑固な拒絶ではなく、何かを決めた人間の目だった。


「……来たか」

「はい」

「上がれ」


 囲炉裏の前に座った。

 前回と同じ席だった。しかし空気が違った。

 幸太郎氏は囲炉裏の爆ぜる火を見ながら、黙っていた。

 誰も急かさなかった。

 そして……しばらくして、老人が口を開いた。


「マヨイガに、行ったらしいな」

「……はい」

「そうか。やはり実在したか」

「マヨイガに、行かれたことは?」

「無い」


 幸太郎氏は言った。


「ただ、あると聞かされていた。最初は、何かの比喩かと思っていたがな。たとえば秘密の隠れ家、秘密基地みたいな。

 だが……そうか。あったか」

「そこで私たちは、見せられました。

 オシラガ様の物語、その……後日談を」


 後日談。

 その言葉に、ぴくりと老人の肩が震えた。


「あれは――あなたは知っていたのですか。

 祐介さんと、まゆさんの……あの物語の後に何が起きたのか、を」

「……」


 老人は、黙っていた。

 しばらくして、自身の沈黙に耐えかねたように、口を開く。


「祖父から、佐々木健之助から聞いた話だ。

 まゆが佐々木の屋敷に連れ戻されてから、祐介が何をされたかは――俺には話してくれなかった。

 ただ、祖父は言っていた。祐介は最後まで喋らなかった、と。まゆの居場所を、娘の居場所を、決して言わなかったと」


 私は手帳を握りしめた。

 そう、それを私たちは見たのだ。

 そして、喋らなかった結果、どうなったかを。


「――だが結局、まゆは佐々木家に連れ戻された。そして祖父はそれを止められなかった。

 若かったから。力がなかったから。それを、生涯悔いていたよ」

「健之助さんは」

「見ていたんだ、ずっと。まゆが何をされているかを、全部。それでも止められなかった。それが祖父の一生の後悔――重荷だった」


 囲炉裏の火が、静かに燃えていた。

 ぱちり、と薪が爆ぜた。


「そんな時だった。上郷の川に、白い子供が流れてきた」


 弥子ちゃんが、息を飲んだ。


「赤ん坊、ではなかったという。もう少し大きかった。そう、三つか四つか、そのくらいの女の子だった。川の中を、まるで流れに逆らうように、真っ直ぐに浮かんで流れてきた」


 私は遠野物語の一節を思い出した。


「……マヨイガが」

「そうだろうと、祖父は思った。マヨイガが、娘を送り出した。もう十分に育った。外の世界に出られると判断したか、あるいは――信頼できる者に託したかったのかもしれない、と」

「そて、健之助さんが拾った」

「拾った。しかし自分が育てることはできなかった。父親に知れれば利用される。佐々木家の血の者に育てられれば、またあの繰り返しになる。だから」


 幸太郎は弥子ちゃんを見た。


「友に頼んだ。昔から縁のある、信頼できる者――小烏瀬の家に。親友の、そして妹の残した娘を幸せにしてくれ、と」

「……妹の」


 弥子ちゃんの声が、かすかに震えた。


「そう、まゆは健之助の父が、先代のオシラガ様に生ませた……健之助の実の妹だったんだ」


 実の娘ですら、家のために利用し、人ならざる家畜として扱っていたというのか。

 なんという――呪われた、因習。


 しばらく、誰も口を開かなかった。

 弥子ちゃんは俯いていた。


「そして、とある時期から、佐々木家の者が次々と死んでいった。

 当主も。父親も。まゆに手を出した者たちも。関係者たち、みんなだ。みんな、顔が曲がって死んでいった」


 私は、無意識に自分の顔に触れた。


「そして祖父と、小烏瀬の家だけが生き残った」


 それが――あの物語の顛末。

 どんどはれとはいかない、つらく悲しいだけの悲劇の物語。

 いや、それでも――遠野物語の作法で行けば、それでもどんどはれなのだろうか。

 娘一人を残して山口家が死に絶えた話のように。


「そして」と幸太郎は続けた。「佐々木家は代々、小烏瀬家を見守り続けた。それが罪滅ぼしだとでもいうように。何かあれば助ける。困ったことがあれば力を貸す。遠くから、気づかれないように」

「……知らなかった」


 弥子ちゃんが小さく言った。


「お母さんも、知らなかったと思います」

「知らせる必要はなかった。ただ守れればよかった。それだけだ」


 幸太郎は静かに言った。

 確かに、知らない方がよい話というのは――ある。

 だけど。


「もう、そうはいかなくなった……というわけですね」


 糸は全て繋がった。

 かつと遠野で起きた、人の欲が引き起こした悲劇。

 その悲劇を、また欲望によって掘り起こした者たちがいた。

 ヤママユ会。鍋島。彼らはまゆの墓場から遺体を掘り起こした。そしてその墓にあった桑の木から作られた人形が、偶然を経て魂が入った。

 それが起因となり――再びまゆの怨霊が目覚めている。

 それは遠野に、そして――ヤママユ会に関わっている者たちを次々と殺して行っている。

 そして――ヤママユ会は、まゆの遺体を使って何をしようとしていたのか。

 断片的な香里の証言から察するに――おそらく。


「ふたたび、まゆを――オシラガ様を再臨、いや――創り出そうとしている」


 それが推測される、鍋倉の目的だ。

 そして、これだけは言える。


 もしそれが実現したら――怨霊と化したまゆの怒りはどれほどのものか。

 きっと――今以上の呪いが振りまかれるのは想像に難くない。


「なんとしても、止めないと」


 その時だった。

 庭先で、音がした。


「……?」


 車のエンジン音だった。それも複数台。

 私は窓から外を見た。

 黒い車が、二台、佐々木家の前に止まっていた。

 降りてきたのは、スーツ姿の男たちだった。ワークショップで見た顔もあった。


「……来た、か」


 桐也が静かに言った。


「早いな」

「GPSか、あるいは――」

「この家を見張っていたのかもしれない」


 幸太郎氏が立ち上がった。

 彼の目は真っすぐに外を見ている。


「俺が応対する」

「幸太郎さん」

「行け」


 老人は振り返らずに言った。


「裏口から出ろ。俺が時間を稼ぐ」

「しかし……」

「行けと言っている」


 老人は棚の上の鍵を取り、私に投げてきた。


「車だ。裏の納屋にある」

「幸太郎さん」


 私は頷き、鍵を握りしめた。


「ありがとうございます」


 幸太郎氏は答えなかった。ただ黙って、玄関の引き戸を開けた。

 その背中に、弥子ちゃんが言った。


「……おじいちゃん」


 幸太郎は止まった。振り返りはしなかったが、それでも。


「……また来ます」


 弥子ちゃんは言った。


「必ず」


 幸太郎氏は少しだけ、目を細めた。


「ああ。来い」


 それだけ言って、幸太郎氏は玄関に向かった。

 私たちは裏口へ走った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ