第24話 栗下林太郎の個人メモ 02
捜査報告書 栗下林太郎
件名:証拠品確認および現地再渡航について
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本報告は、標記案件における証拠品の取り扱いおよび現地遠野市への再渡航に関する経緯を記録するものである。
なお本報告書は上への提出を前提としていない。あくまで個人的な記録として残しておく。
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東京帰還の経緯
遠野市における聞き込み捜査を一時中断し、東京に戻った。
表向きの理由は上司への現状報告と書類処理だ。実際にそれもやった。
上司への報告は三十分で終わった。
「証拠不十分」「偶然の一致」「優先度は低い」。
そういう判断だった。
まあ、そうなるわな。俺が上司でも同じ判断をする。顔が曲がって死ぬ連続変死事件というのは、書類上では「原因不明の変死が複数発生」という表現になる。それ以上でも以下でもない。上が動かないのは仕方ない話だ。
ただ、もう一つ用があった。
そちらが本題だ。
鑑識保管室にて
山村パターソン変死事件において押収された私物が、鑑識保管室に保管されていた。
本来、俺が単独でこれを確認する必要はない。ただ、遠野での調査を続ける中で、どうしても確認しておきたいものがあった。
押収品リストを確認した。
衣類、財布、スマートフォン、名刺入れ、そして呪物――人形やら木札やら怪しげなわけのわからないもの、多数。
まったくよくもまあこんだけ集めたものだと感心する。
その中に、お目当ての木製人形一点が含まれていた。
保管番号を控えて、担当鑑識員に会いに行った。
三十代の、疲れた顔をした男だった。俺の顔を見て「ああ、あの件ですか」と言った。
「人形の件で来たんですか」
「そうだ」
「実は」と担当は言った。「あの保管室、最近妙なんですよ」
「妙とは」
「保管室担当が、次々と体調不良を訴えて。頭痛、吐き気、それから——」
担当は少し声を落とした。
「顔面の痺れを訴える奴が二人出て。いやまあ、偶然でしょうけど。ストレスとか、空調の問題とか、そういうやつだと思いますけど」
俺は自分の顎を触った。
少し前に出ている気がした。気のせいだろう。
「その人形を見せてくれ」
担当は保管室に案内してくれた。
棚の一角に、布に包まれた小さな包みがあった。
近づいた。
何かがあった。
うまく言葉にできない。ただ、近づいたら、何かを感じた。
拝み屋の兄ちゃんが「気配」と言っていたが、あれに近いものかもしれない。刑事の勘と言ってもいいが、そういう種類の勘ではなかった。
もっと、直接的な何かだった。
「……これを、俺が責任を持って管理する」
俺は担当に言った。
「いやあの、証拠品ですよ」と担当は言った。
「わかっている。必要になれば戻す。書類は俺が書く」
担当は少し考えた。
「……助かります」と言った。
顔が少し安堵した表情になった。
こいつもやはり感じていたのだろう、ヤバさを。それはそうだ。警察官というものは、現場にいるほどに感じてしまう。
オカルトを、ということじゃない。書類や会議室ではわからない、空気――とでもいうものだ。
それが、今回はヤバかった。
「……やっぱり兄ちゃんの言う事、いちおう聞いといて正解だったか」
あの拝み屋の兄ちゃん――加賀桐也と言ったか。あいつは、俺にこう言っていた。
『呪物というものは、人の念が飽和して染まり、それと同じ念を発するようになったものです。持っていれば、当てられる。対処法として――』
「金属の箱、だったか」
小さなジュラルミンケース。それを俺は用意した。
そして、コンビニでも買えるような――アルミホイル。
『本当は鉛が一番いい、鉛は念を遮断します。だけど用意出来ないなら――』
「アルミホイルでぐるぐる巻きに、だったな」
俺はその包みを、アルミホイルでぐるぐる巻きにする。何度も、何度も、一本使い切るまで。
一瞬、何をやっているんだ馬鹿馬鹿しい――と思わなくもなかったが、最後までやりきった。
そしてそのアルミの塊を、ジュラルミンのケースに入れる。
これでよし――のはずだ。よく知らんが。
書類については処理した。内容についての詳細は、本報告書には記載しない。
新幹線で北に向かった。
乗車前にケースを確認した。包みは中にある。
問題ない。
新幹線の座席に座った。
隣に乗客が来た。五十代くらいの男性だった。座席に腰を下ろして、しばらくすると咳をし始めた。次の駅で立ち上がり、車両を移動した。
その後、俺の座席の隣には誰も座らなかった。
二時間以上の乗車だったが、隣が空席のまま新花巻についた。
GWの新幹線で、二人分の座席が空いたまま終点まで——それはやや不自然かもしれない。
まあ、偶然だろう。
たぶん。
新花巻で釜石線に乗り換えた。
ワンマン列車だ。車内に数人の乗客がいた。
俺が乗り込むと、一人が立ち上がって別の車両に移った。別の一人が窓を開けた。五月の遠野の風が入ってきた。
遠野が近づくにつれて、車内の空気が変わった気がした。
いや、気のせいかもしれない。
ただ、窓の外の景色が——山が、田んぼが、川が——東京とは全く違う色をしていた。
遠野は、確かに別の土地だ。
都会の論理が通じない場所だ。
俺はそれを認めたくなかった。刑事として、証拠と論理で動く人間として、認めたくなかった。
しかし。
自分の顎がしゃくれていることは、否定できなかった。
外傷なし。既往症なし。
証拠も、説明も、ない。
ただ、顎が前に出ていた。
遠野に来てから。
遠野駅に降りた。
五月の風が吹いていた。
スマートフォンを確認すると、あの先生から連絡が来ていた。
「――――」
俺はすぐに移動することにした。時間がない。
駅前のタクシーに乗る。
運転手は俺のバッグを見て、何も言わなかった。
ただ、タクシーが走り出してから、運転手はカーエアコンを最大にした。
五月の遠野でエアコンを最大にする必要はないはずだが、俺は何も言わなかった。
今は一刻も早く、当該の場所へと――これを届けなければならない。
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所感
本件について、上への報告では「証拠不十分、継続捜査」という扱いになっている。
それは正しい判断だ。
法治国家において、証拠のないものは存在しないも同然だ。たとえそれが目の前で起きていても、証拠がなければ動けない。
しかし。
遠野に来てからずっと、刑事としての勘、いやそれよりももっと違う、人間としての――うまく言えないが、とにかくただ、言えることがある。
この人形をジュラルミンケースに入れて東京から遠野まで運んでくる道中、俺の周囲で起きたことは——偶然にしては多すぎた。
隣席を避けた乗客。体調不良を訴えた鑑識員たち。車内で窓を開けた男。
そして俺自身の、顎の変化。
これらに因果関係があるかどうかを、刑事として証明することは俺にはできない。
しかし。
人間の本能として、これだけは言える。
早く、この人形を手放したい。
これは――あってはいけないものなのだ。
追記。
東京から遠野まで同じ車両に乗っていた乗客が、後日体調不良を訴えたという話を、間接的に耳にした。
因果関係は、不明である。
以上。
栗下林太郎




