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オシラサマの娘についての記述――奥州神蚕連続変死事件レポート――  作者: 十凪高志


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第23話 曲がった顔

 桐也が曲がり始めた私の顔を見て、少し目を細めた。


「……来たか」

「来た」


 お互い、端的だった。

 流石に馬鹿ではない。私は作家、ライターで桐也は拝み屋だ。これが何を意味するかくらい、容易に想像はついている。


 始まってしまった、ということなのだ。


「病院に行って診てもらえ」

「病院で治るのか。こういう祟り、霊障ってものは」

「さあな」

「さあなって……」


 無責任な言葉に、私は声を上げる。


「霊障、祟りなどは、あくまでも霊や呪詛によって肉体が変調してしまうものだ。

 例えば、霊障による風邪があるとしよう。

 その原因は、霊によるものだ。

 だがその結果起きたものは、発熱。鼻水、咳、くしゃみただ。

 だったらどうする?」

「そういう症状なら……そりゃあ、発熱の薬とか鼻水の薬とか……」

「そうだ。霊と言う原因は風邪薬では根絶できないが、しかしその肉体に現れた症状は風邪薬で緩和できる。

 そういうことだよ、医学医術は肉体を、物質世界の事を扱うものだ。そして肉体は霊ではなく物質だ。異変が起きたら医者に任せるのが一番いい」

「……拝み屋や霊能者ってのは、医学を馬鹿にして見下しているものばかりと思ったよ」

「そういう連中も少なくないけどな。だが、奴らだって怪我や病気で医者に行く。そういうもんだよ」

「なるほど」


 私か顔を触る。少しとはいえ顔の一部が動かないのは、どうにも違和感がある。


 私は鏡をもう一度見た。

 左の頬が、わずかに下がっていた。

 昨夜より、少し、下がっていた。


「病院に行くよ、今から」

「そうしろ。怪我や病気は早期治療が一番だ」


 桐也の言葉に、私は早速準備をする。

 遠野駅から病院まで車で五分だ。


「お前はどうするんだ」

「付き添いが必要か?」

「いらないよ。お前が霊障の専門家として医者の判断に興味がある、っていうなら別だけど」

「それは後からお前から聞けばいい。

 そうだな……栗下刑事の所に会いに行くよ」

「拝み屋として詐欺してましたって自首か?」

「それはまた別の機会に。

 昨日の一件で、まゆの怨念がこもった……少なくとも起因の鍵となったものは、山村パターソンの受け取ったオシラサマ人形で間違いないと推測が立った。

 ならそれを手に入れる必要がある」

「それを何とかすれば、収まると?」

「……わからん。あくまでも目覚めたきっかけにすぎないのか、それとも本体なのか。俺はそれを見た事無いからな。

 他には、ヤママユ会が所持しているというまゆの遺体。これは大本命かもしれないが……だとするとヤママユ会に被害が出ていないのが腑に落ちない」


 桐也は考え込む。


「……ヤママユ会がまゆの遺体を掘り起こせたということは、墓の場所を知っていた、ってことになるけど」


 私は思いついたことを言う。


「知っていたってことは、繋がりがあったのかもしれない。

 佐々木家には、確か……」

「陰陽師、か。

 まあ、佐々木家壊滅を防げなかった程度の力なんだろうが、それでも何らかの防護策を張れる程度の力はあったのかもな、本当にいたなら」

「……ずいぶんと辛辣だな。拝み屋もにたようなものだろうに」

「陰陽師は、俺は信用していない」


 桐也は言った。


「陰陽師は本来は卜占と暦を行う博士、ただの天文学者にすぎない。それが江戸時代に安倍晴明の英雄譚が流行ったために、譚が流行ったために、陰陽師はスーパーヒーローだという誤解が広まり、そしていんちき山師たちが在野の陰陽師、法師陰陽師を名乗り商売を始めたわけだ。

 本物の陰陽師? それは「俺は征夷大将軍だ」と名乗るみたいなもんだよ、なにせ陰陽師は明治初期まで官職として実在した公務員なんだからな」


 実にゆく口が回る。そんなに嫌いなのか。


「安倍晴明は偽物だと?」

「そうは言っていない。そうだな、わかりやす言うと、たとえば本物の実力を持つ術者がここにいたとする」

「自分のことか?」

「例えだ。その本物術者Aが、表の職業は……そうだな、歌手だったとしよう。そして彼はその力で次々と除霊を果たし、敵対者を倒していった。

 さそして後の世には、こう言われるんだ。

 かつて令和の時代、Aを始めとした歌手というものたちはその力で霊を祓っていた――」

「無茶苦茶だな」

「その無茶苦茶が、陰陽師たちさ。今の世に陰陽師は存在しない。何しろ陰陽師とは官職なんだ。さっき言った、征夷大将軍がもうこの世界にはいないのと同じだよ。

 いるのは、ただそれを名乗る怪しい連中だけだ」

「だけど、その怪しい連中が――外法を使ってマヨイガをだまし、まゆを手に入れた」


 私の言葉に、桐也はうなずく。


「……ああ。術者がその権威を笠に着ようと陰陽師を名乗る事はある。マヨイガで見せられたあの話……その陰陽師は護摩を炊き経文を唱えた。

 だがそれは陰陽師の行うとされる道教のものじゃない。つまり本来は密教僧か修験者なんだろう。

 話はそれたが、とにかく……人形か、遺体か。呪詛の大本をなんとかしないといけないことに代わりはない」

「そのために、栗下刑事に頼むのか」

「ああ。上手く行けばそれで片が付く」

「上手く行かなければ?」


 私の言葉に、桐也は言った。


「上手くいくまでやるさ。それしかない」


 病院は遠野市内にあった。

 医師は私の顔を見て、触診をして、いくつか検査をして、それから言った。


「顔面神経麻痺ですね」


 そうか、と私は思った。

 先日、私が香里に言ったのと同じ言葉だった。


「原因はなんでしょうか」

「はっきりとした原因がわからないことが多いんですよ、顔面神経麻痺は。ウイルス感染が疑われるケースもありますが――」


 医師は少し首を傾げた。


「ただ、発症の仕方が少し特殊でして。通常の顔面神経麻痺とは少し違う部位の神経に影響が出ています」

「どういうことですか」

「まあ、経過を見ましょう。今は皮膚と表情筋だけで済んでいますが、このまま進行すれば骨格に影響が及ぶ可能性もゼロではないので」


 骨格。

 私は他の被害者たちのことを思った。

 顔の骨格が変形して死んだ人間たちのことを。


「先生」


 診察室から出てきた私に、待合室で香里が声をかけてきた。


「どうでしたか」

「顔面神経麻痺だそうだ」

「……やっぱり」

「今は皮膚だけで済んでいるが、このままだと骨まで行く可能性があると言われた」


 香里は黙った。


「退くか、進むかだな」


 私は言った。

 香里はしばらく黙っていた。それから言った。


「……先生は、どうしますか」

「引けない理由が、増えたってかんじだよ」


 私は病院の窓から外を見た。

 遠野の山が、五月の空の下に静かに立っていた。


「昨夜のあれを見たらな――記録しなければという気持ちが、更に強くなった。好奇心や娯楽提供――消費のためじゃなく、記録のために」

「それは、違うんですか」


 香里の問いは、鋭かった。


「……わからない。まだ、わからない。だが」


 私は立ち上がった。


「引き返せないことだけは、わかったんだよ」



 病院を出ると、栗下刑事刑事から連絡が来ていた。


「先生さんよ、話がある。少しいいか」


 私たちは近くの食堂で落ち合った。そこには桐也もいた。

 栗下刑事刑事はコーヒーを飲みながら、私の顔を見た。


「……聞いたぜ。顔、どうだった」

「顔面神経麻痺だそうです」

「……そうか」


 栗下刑事刑事は少し黙った。それから言った。


「拝み屋の兄ちゃんから話は聞いた。

 人形もってこい、だったな」


 栗下刑事刑事は煙草の煙を噴かして、私をみた。


「……無理だな。証拠品を勝手に動かせるわけがないだろう」

「わかっています。ただ……桐也が言うには、あの人形に何らかの処置をしない限り、被害は広がり続ける」

「証拠は」

「……それ、は」


 私は黙る。それを言われたら反論しようが無い。


「別にお俺もな、否定してるわけじゃねえよ。だが、上を動かすには断固たる証拠か必要なんだ。それが名伽動かせねえ。

 ユーチューバーの嬢ちゃんの話だってそうだ。確かにありがてぇ証言だよ、ヤママユ会の裏の動き、俺が欲しかったものだ。だが、証拠がねえ。証拠がなきゃ、頭の堅てぇ上の連中は動かせねえんだ」


 栗下刑事は忌々しそうに吐き捨てた。


「と言うわけで無理だ。……だが、まあ」


 煙草を灰皿で消しながら言う。


「殺人事件の証拠品じゃあねえ、あくまでも変死事件の犠牲者の私物だ。それらがたまさか紛失したところで、大した問題にならねえかもな。たまたま、偶然、どこかの刑事のバッグに紛れ込む事だってあるかもしれねえ」

「……栗下刑事」

「あくまで、もしもの話だ。期待はすんじゃねぇぞ」


 そう言って栗下刑事は席を立つ。

 私は、頭を下げた。



 大富来屋に戻ると、弥子ちゃんが待っていた。


「どうも、先生」

「どうしたの?」

「幸太郎さんから、連絡がありました」


 私は顔を上げた。


「昨日の事を、彼に話したんです。そしたら、来て欲しい……と」


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