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オシラサマの娘についての記述――奥州神蚕連続変死事件レポート――  作者: 十凪高志


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第19話 SOS

 私のスマートフォンが震えた。

 見ると、SOSと、現在地が記されている。


 ……SOS。

 あの、馬鹿。


「桐也」


 私は立ち上がった。


「わかった」


 桐也は既に動いていた。

 弥子ちゃんも立ち上がった。


「弥子ちゃんは外で待機を頼む。何かあったら栗下刑事に連絡してくれ」


 弥子ちゃんは一瞬だけ逡巡した。しかし頷いた。

 何処かの夕海香里と違って素直な子だ。


「……わかりました。気をつけてください」



 建物の奥に走った。

 スタッフが「あの、お客様」と声をかけてきたが、無視した。

 廊下の奥にドアがあった。

 開けると、階段があった。確かに地下に続いている。


 降りる。

 蛍光灯の白い光の中、声が響いて来た。


「お嬢さん、落ち着いてください。話し合いましょう。さあ」


 鍋倉の声だった。穏やかだった。怒鳴っていなかった。それがかえって怖かった。


「い、いや——先生!」


 香里が私の顔を見て叫んだ。

 鍋倉は振り返った。穏やかな笑顔のまま。


「これはまた。取材のライターさんと——」


 鍋倉の目が桐也に向いた。


「……連れの方も」

「香里、こっちに来い」


 私は言った。

 香里が私の方へ駆けてくる。しかしその瞬間、スタッフが二人、横から出てきて香里の腕を掴んだ。


「っ——離してください!」

「お嬢さん、少し話を——」

「離せ」


 桐也が一歩前に出た。

 スタッフの一人が桐也の前に立ちふさがった。がっしりとした体格の男だった。NPOのスタッフという印象ではなかった。


「素直にお帰りいただきます」

「だったら素直に帰させろ」


 桐也が静かに言った。

 スタッフが桐也を見た。細身の男だ、と思ったのかもしれない。一歩前に出た。


 その瞬間だった。

 桐也は半歩だけ横にずれる。

 伸びてきた手をいなし、相手の重心を崩し、そのまま――壁に押しつけた。

 派手な音が鳴る。

 全部で、二秒もかかっていなかった。鮮やかなものだ。

 ……拝み屋というのは、荒事にもなれている者なのか。


「……っ」


 残りのスタッフが動いた。二人が同時に桐也に向かってくる。

 桐也は後退せずに、前に出た。

 一人目の腕を取り、投げる。

 二人目が掴みかかるより先に、桐也の肘が相手の顎を打った。

 どちらのスタッフも、そのまま床に倒れた。

 見事なものだった。


「これが如月流天法道術……」

「いや、全然違うぞ?」


 私の言葉に桐也が言う。違うのか。まあ違うよな。


「な……」


 香里の腕を掴んでいたスタッフが、仲間が三人まとめて沈むのを見て、手を離した。

 私はそのまま香里の手を引いた。


「走れ」

「は、はいっす!」


 そして私たちは走った。

 しかし四人目のスタッフが出口を塞ぐように立っていた。

 大柄な男だった。ドアの前に仁王立ちしている。


「どけ」


 私は言った。

 だが男は動こうとはしない。


「……っ! なら!」


 荒事は嫌いだがそうはいっていられない。私は助走をつけて、肩から男にぶつかった。

 体重差がある。押しきれなかった。だが、よろめいた隙に香里が男の横をすり抜けた。流石は小柄で貧相――もといスリムな香里だ。


「行けっ」


 私も続こうとしたが――男が後ろから腕を掴んできた。くそっ、しつこい男は嫌われるぞ。


「放せ……っ!」


 引き剥がそうとした瞬間、桐也の左手が男の手首をつかんだ。


「……っ!」


 桐也はそのまま、残った右手で中指と人差し指を立て、その指を男の顎に当てる。


「――律」


 そう桐也が言うと、男はぐるん、と白目を剥いてその場に……倒れた。


「行くぞ」

「あ、ああ」


 桐也の言葉に促され、二人で階段を駆け上がった。


「今のは……」

「見たかったんだろう、天法道術。いわゆる不動金縛りの術というやつだ」

「……拝み屋の面目躍如ってやつか」


 どういうトリックなのか、それとも本当に念力や呪術の類なのか。まあ、効果があるならそれはこの際どうでもいいも、助かった。



 廊下に出ると、さらにスタッフが二人、待ち構えていた。


「くっそ、何人いるんですか」


 香里が叫んだ。


「桐也」

「わかった」


 桐也が前に出ようとした。しかしその時、一人のスタッフが私の胸倉を掴んできた。もう一人が香里の前に立ちふさがった。


「お二方、少し落ち着いて——」

「落ち着けってんなら暴力反対!」


 私は相手の腕を払い、空いた隙に拳を脇腹に入れた。

 格闘技の経験はない。だが力は込めた。

 ……手ごたえはあった。

 というか、私の手首がびきっとなった。痛い。


「うぐっ!」


 相手が一歩退いた。だが今の悲鳴は私の悲鳴である。果たして相手にこの打撃が利いたのかどうかはわからない。

 だから私は暴力沙汰は嫌いなのだ。そもそも腕は商売道具なんだぞ。


 そこに桐也が割り込んできて、相手の膝裏を蹴った。


「うぐっ!」


 今度は男の悲鳴だった。男が膝をついた。

 一方、香里の前に立っていたスタッフが、香里の腕を掴もうとしていた。


「触んなスケベ! えっちへんたい!」


 香里は相手の手を払い、アクションカメラを外して思い切り相手の顔面に叩きつけた。

 鈍い音がした。


「……カメラ壊れてないか、これ」

「今それを気にするな」


 出口のドアが見えた。

 桐也が先に出てドアを押さえる。

 私と香里が飛び出した。

 ひとまずは脱出成功――ということか。



 施設の外、弥子ちゃんが立っていた。


「来た!」


 道路の脇にタクシーが止まっていた。


「呼んでおきました」

「……ナイスだ弥子ちゃん!」


 香里が叫ぶ。

 私たちは急ぎ、四人でタクシーに飛び乗った。


「出してください、早く」


 ドライバーが驚いた顔をしたが、タクシーは走り出した。

 後ろを振り返ると、施設の入口にスタッフが数人出てきていた。しかしそれ以上追ってはこなかった。


 カーチェイス展開になるかと思ったが、そうはならなかったようだ。正直助かった。


「何したんですか、お客さん」

「いえ、ちょっと手違いのゴタゴタで」


 私は運転手にそうとしか言えなかった。


「勘弁してくださいよ」


 全くもってその通りだった。勘弁してほしい。


「手、大丈夫っすか」


 香里が言う。


「ああ、捻っただけで折れたりはしてない」

「相手を殴って相手は無傷で自分は骨折とか、いろんな意味で洒落にならないっすよ」

「……ヒョロガリモヤシを舐めるな」

「……もう無茶やめてくださいよ」

「お前にだけは言われたくないよ」


 私は肩をすくめる。


「しかし、桐也も凄かったな」

「そっすよ、あんなに戦えるジャンルの人だったんすね!」


 私と香里が言う。


「拝み屋は、視えないものだけが相手じゃないからな。霊、怪異に憑かれた人間……そして、憑かれていると思い込んでいる人間が襲い掛かって着る事もある」


 桐也はこともなげに言った。

 まあ、確かによくある西洋のエクソシストや日本の狐憑きといったものの除霊シーンで被害者が牙を剥いて襲い掛かって来るシーンはある。そういうものと考えると……。

 大変なんだな、拝み屋というのも。


「まあ、ともあれトラブルはあったが収穫もあったという事だ。さっそく証拠を栗下刑事に……」


 私がそう言うと、


「――あ」


 香里が素っ頓狂な声を上げた。

 見ると、顔が真っ青だった。


「――記録したスマホ……落としたみたい、です」



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