歌う首2
大罪人の最期に群衆の歓声が一気に沸き立つ。
みすぼらしい姿だったが整った顔立ちの少女だったものは二つに分かれて処刑台に転がっている。
切り落とした首を見せろ、顔を見せろと群衆が騒ぐ。処刑人が役人の方を向いてどうするべきか確認する。
役人はこれ以上騒ぎを大きくしない為に、大罪人の首を見せてやれと頷き一つで処刑人に許可を出す。
処刑人が首に近寄りそれを持ち上げようとした時、どこからか音が聞こえた。
違う、声だ。
群衆のざわめきの中でもはっきりと聞こえる。
これは歌だ。
どこから聞こえる。
誰が歌っている。
なぜ歌う。
なぜそこから聞こえる。
なぜここから聞こえる。
この手で首を確かに切った。
今も手にしているこの剣で確かに首を切ったのだ。
そこから今も血が流れ続けている。
処刑人は気づいた。
気づきたくはなかった。
自分が一番、歌の発生源に近いと。
見たくないが見てしまう、先ほど自分が切り落とした首を。
歌は、この首から聞こえる。
拾い上げようとする格好で固まってしまった処刑人に、処刑台に近い場所にいた群衆の一部が騒ぐのをやめた。
ほんの少しだけ静かになった場に、処刑場に不釣り合いな音が聞こえだす。
明るく、軽やかな音。
この音は先ほどつまらない言葉を最後に残した少女の声に似ている。
だが、あの少女はもう死んでいる。
首を切られて、今、処刑人が首を持ち上げようとしている。
だがその首から、音がしている気がする。
その音が徐々に大きくなっている気がする。
首がある辺りから音が聞こえるのに気づいた処刑台に近い場所にいる群衆から、先ほどまでの熱量は感じられなくなった。
そして、それが歌だと気づいたのは、処刑人と一部の群衆だけではなくなった。
群衆に聞こえるまでに大きくなった歌声が、決して狭くない処刑場の隅々まで響き渡ったのだ。
歌の内容は、処刑場に似つかわしくない恋の歌だった。
少女が恋した相手である少年に可愛らしく愛の告白をして、少年から返事を貰う瞬間の胸の高まりを明るい曲調で高らかに歌っている。
この歌は、数年前にとある歌劇場の歌姫が歌ったことで有名になった歌だ。
何故そんな歌が大罪人の首から聞こえるのだろう。
「の、呪いだ!? 大罪人は魔法が使えるんだろう!? 殺された恨みで俺たちを呪ってるんだ!」
「な、なんで俺たちを呪うんだよ。呪うなら処刑を決めた偉い奴らを呪うだろう」
「わからんのか? じわじわとこの歌で俺たちに呪いをかけて国中に呪いを広めようとしているんだ!」
「まさか……」
「何を言ってるんだか」
「ほら、聞こえるだろ! どんどん歌がでかくなってる!」
恐怖を隠さず支離滅裂な内容の声が上がり、処刑台近くは大混乱に陥った。
歌のことで戸惑って動けない群衆とそれをかきわけるように処刑台から我先にと逃げ出そうとする者たちでもみくちゃになっている。
処刑台にいる役人は、微動だにしない処刑人とそこから聞こえる歌がどうにも癪に障った。
さっさとあの処刑人が首を持って群衆に見せていれば、騒ぎにもならずに処刑の後始末に移れていた。
そもそも役人はこの処刑自体が気に食わなかった。
突然始まった裁判だった。軽犯罪でも判決まで数日はかかるのに、大罪人の裁判がたった半日で判決が出て二日後に処刑を行うと言い渡され、時間のない中で教会に掛け合っても司祭たちからは立会人になることを拒絶された。
罪人は、処刑執行が決まると最低でも七日は司祭と共に祈りを神に捧げなければいけないと国法で決められている。
それを、二日後に処刑、しかも未成年者を斬首刑に処すなど神への冒涜であるとまで何故か役人が罵られた。
罵るのなら判決を出したやつに言ってほしいと役人は断ってきた司祭たちを頭の中で罵倒し返した。
役人はただ罪人の罪状を読み上げて、罪人への最後の言葉を聞き、処刑人に合図を送って刑を執行させるのが仕事なのだ。
俺に言われてもお門違いだと怒鳴りたかった。
普段は書面で済ませることの多い教会への司祭の要請は、猶予が二日しかないせいで教会への書類も碌に用意できなかったので、役人が直接立ち合いの要請をしに来たのだ。
教会からは処刑を延ばすよう言われたが、上からの命令は絶対である。二日後にやれと言われたら不備があろうともやるしかない。
最低限の準備だけ済んだ処刑執行はあっけなく終わったのに、どうしてこんな騒ぎになっているのだろうか。
「いい加減にさっさと動けこの間抜け!」
「うぐっ」
役人は動かない処刑人へ慎重に近づいて思い切り頭を叩いて処刑人を正気に戻した。首の方へは意地でも視線を向けずに、処刑人へ処刑台から離れるように指示を出す。
「今、お前がここにいても何の意味もない。さっさと下がって剣の手入れでもしていろ」
「……」
処刑人はただ役人を見つめた後に何も言わずに処刑台から降りていく。
忌々しい歌はまだ聞こえている。可憐な声で明るく歌っているのが更に忌々しい。
群衆からは怪我人が出たと更に騒がしくなっている。
処刑台には、二つになったアリアと役人だけがいた。役人の耳には歌声と罵声だけが聞こえている。
役人はこの処刑を決めた全ての関係者を呪いたくなった。
その後、処刑場の騒ぎを聞きつけた兵士たちによってある程度は沈静化できたが、アリアの遺体は放置されることになった。
国王が、アリアの遺体に何もするなと命じたのだ。それは、アリアの遺体を動かすことを許さない、埋葬をさせないということだ。
当然マリージア家は抗議の声を上げ、キュレブはこの件で謁見を求めるが国王はそれを拒否し続けた。
アリアはマリージア侯爵家の者ではなくただの平民だからアリアの件にマリージア家は口を出すなということだった。
マリージア家の抗議とは別に、更に神への冒涜を重ねるのかと教会からもアリアの遺体を罪人用の墓に収めるべきと進言したがこれにも反応を示さない。
教会に対して強気な態度を続ける国王に教会側も不気味なものを感じたのか、アリアのことで苦言する教会の声は小さくなっていった。
国王は、公務を行いながらもアリアの話題になると頑なになって命令を取り消すことなくアリアの遺体を放置し続けた。
アリアの処刑が行われた次の日には、処刑台の周りに彼女の遺体を隠すように柵がたてられていた。
王の横暴な命令を知った第一王子がアリアの姿を隠すように命じたのだ。アリアには触れていないので問題ないとして柵をたてた。柵をたてたことに対して国王からは何の反応もなかった。
アリアの処刑日にその場にいた者たちからの騒ぎを聞いて、処刑を見に行かなかった者たちが怖いもの見たさで歌声を聞こうと処刑場に押しかけるという騒ぎになった。
ここまできても国王はアリアの遺体を動かすことを許さなかった。
処刑場へ来た者たち向けに出店を開いたり、アリアの歌声がよく聞こえる場所を売りにした商売を始める者が出てきた。ついには裕福な者を狙った犯罪行為も目立つようになった。
問題が大きくなったことで、アリアの首から歌が聞こえなくなるまで処刑場は閉鎖されることになった。処刑場に近づく者は厳罰に処するというお触れまで出た。
処刑場に近づく者は少しずつ減っていった。
アリアの歌声は処刑場から漏れ出るくらいの大きさになっていた。
処刑場の周りには何もないので王都に住む者たちの暮らしに変化はなかった。
だが、処刑を待つ罪人とそれを監視する者たちには苦痛の日々が続いた。
処刑が決まっていた罪人たちは、毎日司祭への面会を求めるようになった。罪人が拘留されている収容所は処刑場の近くにある為、独房にはずっと歌が流れているのだ。
監視員たちも教会に助けを求めるようになった。監視員の職を辞めて逃げ出す者が出てきた。
明るい恋の歌だろうと歌っているのが大罪人の首だ。精神的に参ってすぐに殺せと騒ぎ出す罪人が後を絶たない。監視員の中にはその騒ぎを収める為に過剰な暴力を振るうようになった。
監視員の暴力で死亡した罪人が数人出たことにより、第一王子が主体となって処刑場の移設が進められることになった。国王はこの騒ぎに何もしなかった。今もアリアの遺体は処刑台にある。
結局、アリアの首は骨になっても歌い続けた。
アリアの処刑からしばらくして王都だけではなく辺境にまでとある噂が流れていった。
ガイナーとナラメが数年前から不誠実な関係になり、邪魔者になったアリアを大罪人にするべく冤罪を作り出したという噂。
国王は自分から望んだガイナーとアリアの婚約が、思いのほかマリージア侯爵家に強い影響力を与えているのが不快になり、ガイナーが企てた計画に便乗する形で力を削ごうとしたという噂。
王子だけではなく国王がかかわる噂だ。大きな声で話す内容ではない。
だが、一度でもアリアの首から流れる歌を聞いた者たちはそれが真実であるように話すのだ。
あのような純真無垢の歌声を持つ人物が、嫉妬だけで毒殺などと恐ろしいことを思いつくだろうか。
決め手となった証言をした使用人が、金のためにマリージア侯爵家を裏切ったと遺書を残して自殺したそうだ。その家族もいつも間にか住んでいた家から消えていたと噂を聞いた。
数年かけてアリアの処刑に関わった者たちのその後が少しずつ噂となって広がっていく。
第二王子であるガイナーは、アリアの処刑から二年後に神経衰弱となって王族専用の療養所で治療をしている。支離滅裂なことを呟いて時には大暴れするほどに錯乱しているそうだ。
ナラメは、オブーツェ伯爵家が国に爵位を返上するほどに没落した後の行方は知られていない。劣悪な環境の娼館で憔悴している彼女を見たという者がいたがその娼館に彼女がいたという事実はなかった。
ナラメの父親であるオブーツェ伯爵は、爵位を返上する前から行方が分からなくなっている。代わりに爵位を返上したのは親類の一人であった。
アリアの裁判で卑劣な行いをしていた貴族たちが貧民よりもひどい生活を送っている。
マリージア侯爵家は、アリアの処刑後から領地から出てくることは無く、国からの命令でも王都に出てくるのを拒否し続けている。
そんな話が噂として囁かれて、王国中へと静かに広まった。
そうして少しずつ、アリアは大罪人ではなく、何の罪もないただの少女だったと彼女の為に教会へ祈りを捧げる者たちが増えていった。
処刑場に近い場所でアリアの為にただ祈りを捧げる者たちもいた。
それはただ静かに行われていた。
その頃から処刑場に響き渡る歌声は、罪人ととある人物たち以外には恐怖の対象ではなくなっていた。
アリアの処刑から十八年後、第一王子が国王に即位した恩赦でただのアリアはアリア・マリージアに戻った。
前国王による、アリアの遺体を動かすなという命令も取り消されて、マリージア家に彼女の遺体を埋葬する許可を出した。教会によるアリアへの祈りも要請した。
十八年間見張りの兵士がいただけの処刑場に、マリージア家の当主を乗せた馬車が近づいていく。
後ろにはマリージア家の兵士たちが続いている。その中には、アリアの遺体を収めるための棺桶を乗せた馬車もあった。
アリアを囲む柵は一部分だけ国王の命令で取り除かれていた。毎回、劣化した部分を変えていた柵は最初にたてられた頃より少しだけ雑さがあった。
アリアの歌声は今も処刑場に響いている。
馬車から降りたのは、当時跡継ぎで現当主となったカールズだった。前当主夫妻となったキュレブとレイアスはこの場にはいない。領地でカールズとアリアの帰りを待っている。
十四才だったカールズは、年相応以上の貫録を持った男性になっていた。
カールズはアリアがいる処刑台に近づいていく。助けられなかった姉の変わり果てた姿を見るのが自分だけでよかったと思っていた。棺桶を運ぶ兵士たちが後に続いていく。
長年放置されたアリアの遺体に、カールズが近づき頭蓋を優しい手つきで持ち上げる。
その瞬間、アリアの十八年間止まることのなかった歌声は止まった。
もう、彼女の首から歌声は流れない。
カールズは兵士に手伝わせることなく一人で棺桶にアリアの遺体を収めていく。
そして、アリアの遺体を収めた棺桶を乗せた馬車を連れてそのまま王都を出て行った。
棺桶はマリージア家一族が眠る墓地に埋められた。長年この領地にいる司祭からの祈りが捧げられて漸くアリアに死者への祈りが届けられた。
長年封鎖されていた処刑場から漸くマリージア侯爵家の墓に遺体を収めることができたのだ。
アリアの処刑から五年後に新設された処刑場がある為、封鎖されていた処刑場は更地になった。
いつか元処刑場ということも忘れ去られるくらい活気のある場所になるのだろう。




