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歌を贈ろう。貴方への  を込めて (連載版)  作者: 央美音


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王子は何をしていたか1

 アリアの処刑から一年経過したリリッキーア王国の王宮の一角、第二王子であるガイナーに宛がわれている部屋は、昼間だというのにカーテンを閉め切っているので薄暗かった。

 部屋の中は使用人たちの出入りが無い為に、王子の部屋だとは思えないほどに荒れ果てている。

 ガイナーは、ベッドで薄汚れた布団にくるまりただ震えていた。


「どうして、どうしてこうなった?」


 ただの独り言を呟いた時、ガイナーの耳に歌が聞こえだした。


「ヒッ、ア、アリア、お前なのか? お願いだ、もう歌うのを止めてくれ!」


 ガイナーの懇願を無視するように、歌は止まることはなかった。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ! もう嫌だ! 止めろ! 歌うな! 歌うなあああああああああああああああああああああああああああ! もう嫌だもう嫌だ止めろお願いだ止めてくれもう聞きたくないどうしてこんな歌を聞かせる止めろ止めろ止めろ止めろ! ゴッ、ゴホッゴホゴグゥ」


 ガイナーが耳を手で塞いでも歌は聞こえる。

 自分の叫びで歌をかき消したくて力の限り叫んでもアリアの声で歌っている明るい曲調の恋の歌は止まることはない。

 ガイナーの喉は叫び続けたせいで荒れており、声は聞いたものを不快にさせるほどひどいものになっていた。



 ガイナーはリリッキーア王国の第二王子として生まれた。

 将来、第一王子であるリクナシスが即位する時には、ガイナーは叙爵されて公爵となり王弟として国王を支える重鎮の一人になるはずだった。

 しかし、アリアを毒殺未遂犯という大罪人として処刑した時から全ては狂ってしまった。

 初めはただアリアとの婚約を破棄したいだけだった。

 ガイナーが、十二才の時に婚約者となったアリアとの関係は、ほどほどに仲が良い方だと思っていた。

 護衛付きだが二人でよく王都内を巡ったし、王宮で将来の公爵夫妻となる為の勉学を頑張っていた。

 ガイナーとアリアの様子を見て、周りの大人たちも微笑ましく見守っていた。 

 ガイナーがアリアに向ける感情は、恋では無かった。ガイナーは、恋とは到底思えないものしかアリアには抱けなかった。

 何故ならガイナーは、アリアではなくナラメに恋をしたのだ。

 だが、アリアとの婚約は国王である父が王命まで使って成立したものだ。

 他に好きな者が出来たから婚約を破棄したいなど言ったところで却下されるだけ。最悪、邪魔者として愛するナラメが殺される可能性があった。

 国王だけではなく王妃とリクナシス、マリージア家も反対するはずだ。

 王族の結婚など、一個人の感情で決められるものでは無いのだ。

 王命で決まった婚約は、貴族との結束の為に結ばれているのだ。

 アリアとの婚約は、きっと将来の国王になる兄の為になるのだろう。王族であるガイナー個人の幸せなど関係ないのだ。

 ガイナーとナラメの関係は、既に決まっているものを覆せるほどの利益は無い。

 反対されると分かっていて、アリアとの婚約を解消したいと言えるほどの強さがガイナーにはなかった。

 アリアとの婚約を解消などガイナーだけでは不可能な状況だった。

 それでも、ナラメとの未来が諦められなかった。

 ナラメと逢瀬を重ねる度に、アリアよりナラメを愛しく思う気持ちが止められないのだ。

 どうすればアリアとの婚約を無かったことに出来るか悩む日々が続いた。

 長年付き従ってくれているガイナーの侍従には、この悩みを打ち明けることなどで出来なかった。

 ガイナーがアリアといる時に見せる、ほんの少し満足げな顔を曇らせると思うと、何も言えなくなってしまう。

 そもそも、アリアがアリア・マリージアだったせいでこんなことになっているのだ。

 ガイナーは、アリアがいなければ良かったと心底思うようになっていた。



 ガイナーは、アリアのことが初対面の時から嫌いだった。

 艶やかで薄めの茶髪は、明るい場所だと角度によっては煌めく金髪のように見えてくすんだ金髪のガイナーにはとても羨ましかった。

 ガイナーを見つめる瞳は、暗い青目のガイナーが欲しかった煌めくエメラルドで、見つめ返すと目がつぶれると本気で思っていたので、アリアとはあまり目を合わせられなかった。

 二人が十五才になる頃、丸かった輪郭が滑らかな卵型の輪郭になったアリアの顔立ちは整いすぎていた。

 アリアがガイナーに向ける微笑みは眩しすぎて彼女と面と向かって話すのは苦痛だった。

 苦痛でしか無いのにアリアと会えない時は胸が苦しくなった。次に彼女と会えた時は苦痛を隠しながら話し続けていた。

 アリアの声を聞くだけで胸が苦しくなり、家族の前でしか歌わないという歌声は我を忘れるほどそれだけに集中してしまう。

 王子という立場なのに、婚約者の家族だけだろうとそばには貴族がいる。弱みになる態度を見せるのはいけないことだとガイナーは教育されている。

 それなのに貴族の前で呆然となるのはだめだとアリアの歌を聞く為に己を律するのは辛かった。

 アリアとダンスを踊るのも嫌だった。近くで見る彼女の肌は化粧をしていても滑らかな肌だと分かるし、品の良い香りをガイナーが嗅いでしまうと彼女と離れたくないと思わせる危険な香りがした。

 ガイナーは何年経ってもアリアとの関係は、婚約者としてはほどほどに上手くいっていると思っていたが、二人の仲は恋仲のように良好だと王都内で噂になっていることを知って驚いた。

 ガイナー自身は、アリアと恋仲だと勘違いされているなどと思わなかった。

 ガイナーとアリアは、婚約者であって恋仲と呼ばれるような関係ではない。

 ガイナーは、アリアと婚約者として友好的に接しているだけで、彼女を好きなどと思ったことは一度もないし、口にしたこともないのだ。

 しかし、ある時アリアから向けられたいつもと違う感情に気づいた時、ガイナーは言葉に出来ないほどの衝動的な感情が生まれたことに気づいて絶望した。

 王族として生きているはずが、どうしてアリア一人にここまで乱されてしまうのだろうと誰にも言えずにただ日々を過ごしていた。



 ナラメはアリアとは違っていた。初対面は十三才の時、アリアに一番の友人だとして紹介された彼女はガイナーに苦痛など与えなかった。

 黒髪にガイナーを見つめる茶色の瞳はアリアと違って見つめ返しても目がつぶれると思わない。

 アリアとは違って丸い輪郭は、今でも変わらず笑う顔も愛嬌があってずっと見ていたいほどだ。

 声もアリアより高めの声で笑うナラメは、伯爵家の令嬢というより平民みたいだったが、それにガイナーはとても癒されていた。

 十五才の時、目の前で転びそうになったナラメを、ガイナーが助けようとして彼女を抱きしめる格好になった時があった。

 腕の中でお礼を言いつつ恥じらう彼女から漂う何とも言えない匂いに、抱きしめていたガイナーの体が固まった。

 アリアがすぐそばにいたのも忘れるほどの衝撃だった。

 アリアからは決して香ることのない匂いは、幼い容姿のナラメには似合わない妖艶な匂いだった。

 ガイナーがアリアよりナラメを妻にしたいと思うようになったのは、アリアよりナラメと会う時間が増えてナラメとの逢瀬が頻繁になった頃だった。

 アリアという婚約者がいるので、恋した相手に誘われたとしてもナラメと一線を越えはしなかったが、アリアとは出来ない行為にガイナーは理性を少しずつ無くしていった。

 王族として弱みになることはしないと己を律するのも止めてしまった。

 ガイナーは、いつも笑顔の裏に隠していたがアリアを疎んじ憎しみまで抱くようになっていた。

 アリアに向ける負の感情は、誰にも気づかないように気をつけていた。

 この頃からアリアに対して良からぬことを考えるようになっていた。

 もしも、結婚前にアリアがいなくなればナラメを妻に出来ると思い込んでいた。

 王族の結婚がそう簡単に思い通りにならないことなどガイナーは考えもしなくなっていた。

 ガイナーがアリアを排除する為に大罪人に仕立て上げようと計画したのは、それが最上の策だと思ったからだ。

 ガイナーたちの婚約を円満に解消できる時期はもうとっくの昔に過ぎていた。

 公務が忙しいと偽ってナラメとの逢瀬に夢中になっていた時も、アリアは変わらずにガイナーへ眩しすぎる微笑みを絶やしはしなかった。

 結婚式の準備の話を聞き流しても、アリアが不満を漏らすことはなかった。

 ただガイナーとの将来を楽しげに話すアリアが理解出来なかった。

 ガイナーはナラメとの関係を隠していたのに、アリアが二人に対して嫉妬しないことに苛立っていた。

 アリアを犠牲にしないとナラメとの幸せは無いとガイナーはひどく焦っていた。



 アリアを大罪人に仕立て上げる計画を話した時、最初は驚いていたナラメも最後には賛同してくれた。

 この計画には、オブーツェ伯爵が随分と力を貸してくれた。

 それをガイナーは何も考えずただ喜んでいた。

 ナラメとの関係を誰にも話せなかったガイナーには、オブーツェ伯爵が神の使いのように見えていた。

 毒の入手も、ガイナーでは難しいだろうとナラメを介してオブーツェ家の手の者が手配してくれた。

 マリージア侯爵家の屋敷で働いている使用人を買収したのもオブーツェ家の手の者がやってくれた。

 ガイナーは、事が進むのをただ見ているだけでよかった。

 ガイナーが動かせる金銭は管理されているので、毒を買ったり使用人を買収するなど出来ずにただ時が過ぎていくだけだっただろう。

 あっさりと事が進んだのはガイナーにとって幸運だった。

 アリアだけを処刑したいだけなので、彼女個人だけを処罰するようにガイナーは計画していた。

 アリアを標的にした時点で敵に回しているのに、マリージアとは敵対したくないはずのガイナーはそれに気づかない。

 ただひたすらにアリアを目の前から消し去りたかった。



 アリアを斬首刑に処すると判決が出たと知った時、ガイナーは突然全ての事が恐ろしくなった。

 あれほどアリアを憎んでいたはずなのに、処刑されると知っただけで体の震えが収まらなかった。

 アリアが大罪人ではないことは、ガイナー自身がよく知っている。

 国王が何もしなかったのも腑に落ちなかった。アリアが大罪人として捕縛された時、王妃やリクナシスとその妃でさえ何かの間違いではと進言したのに、国王はただアリアを含むマリージア家との接触を禁じただけだ。

 裁判にも王族の参加を認めず、国法で決められた裁判長という責務も放棄した。

 裁判の内容をガイナーは知らない。知りたくても教えてくれないし、王宮で働く役人や使用人たちには王子なのに話しかけるなと言わんばかりの態度をとられている。

 気軽に王宮に呼びつけて話が出来る貴族との伝手などガイナーには持ち合わせていなかった。

 表立っての被害者であるガイナーを、家族だけではなく使用人でさえ無表情だが人でなしを見る目で見つめてくるのだ。国王とは何年も前から父という立場で顔を見ることが出来ていない。


「どうして婚約者のアリア・マリージアにこのような非道なことができるのだ」


 偶然王宮の廊下で会って早々に、リクナシスから言われたことをガイナーは何故か理解できずにいた。


「最近、アリア嬢を疎んじていたことは知っている。彼女より親しい女性がいることもな。だが、なぜここまで事を大きくさせた?」

「大きく?」

  

 ガイナーの返しにリクナシスは顔をしかめた。弟のガイナーが考えなしにここまでのことをしでかしたのかとリクナシスは呆れた。 

 最近、ガイナーのアリアへの態度が変わっていることに王宮にいる誰もが気づいていた。気づいていながらここまでの騒ぎを起こすなど誰も予想していなかった。

 リクナシスはガイナーがアリア以外の女性に好意を抱くなど考えもしなかった。だからこそ弟のしでかしを軽視した結果がこれである。


「お前は、アリア嬢のことが心底好きなのだなと思っていたのだが、違ったようだ」

「はっ? 私がアリアを好き?」


 リクナシスの言葉にガイナーは驚いて兄に対しての言葉が乱れた。

 ガイナーがアリアを好きだなんて、そんなことを思ったことは一度も無いのだ。


「兄上、お言葉ですが私がアリアを好きだなどと思ったことはありません」


 ガイナーの否定の言葉に、リクナシスは先ほどまで弟に向けた剣呑な態度を収めた。

 そして弟に憐れみを込めた眼差しを向ける。


「……そうか。お前は、自分の気持ちさえ分からないまま、成長してしまったのだな」

「何をおっしゃっているのですか」

「いいや、もう過ぎたことだ。アリア嬢のことも、お前のこともな」


 リクナシスはガイナーを本気で止めなかったことを後悔していた。ガイナーとアリアの仲がこじれようと結局二人は将来結婚するのだと決めつけていたせいだ。

 その楽観視がアリアの捕縛である。

 ナラメとの秘密の逢瀬をリクナシスは知っていたが、ガイナーの侍従からの話では深刻になるような問題は起きていないと報告があった。それを素直に信じていたことを恥じるしかなかった。



 今回の事件は、ガイナーとナラメがアリアを陥れる為に企てたことだと王宮では周知の事実として扱われている。リクナシスが声を上げないのは意味がない行為だと知っているからだ。

 ガイナーとナラメの計画は二人だけで行えるものではなかった。

 ナラメの父親であるオブーツェ伯爵だけではなく、多くの貴族がこの計画を推し進めた。アリアを大罪人とすることでマリージア家を貶めたい貴族は探せばいくらでもいた。

 アリアを助けようとするマリージア家の動きは、有象無象の貴族たちの悪意によって潰されてしまった。

 リクナシスだけではなく王妃と妃もアリアを助けようと動いたが無駄だった。

 彼らの前に立ちふさがったのは、国の最高権力者である国王だったからだ。なぜ国王がそこまで邪魔をするのか、リクナシスは嫌になるほど知っていた。

 だが、それをガイナーに伝えることはしなかった。

 王妃からもガイナーに知られることがないようにと言われていたし、マリージア家側からもわざわざ話す内容ではなかった。

 リクナシスは兄から弟への憐れみを消して、第一王子として第二王子に向けて話を終わらせることにした。

 

「アリア嬢の裁判はもうすぐ終わる。お前がしでかした結果がどうなるかよく見ておけ」


 リクナシスの冷たい視線にガイナーは思わず顔をそむける。兄から直接自分の過ちを突き付けられたのは初めてだった。


「兄上、私は」

「ではな」 


 ガイナーの言葉を遮るようにして、リクナシスは彼の前から立ち去った。アリアの判決が出る前日のことだった。

 アリアが公開処刑されることをガイナーは信じられなかった。貴族で未成年者の大罪人は修道院に送られる。

 ガイナーはそれを知っていたからアリアを大罪人に仕立て上げて、二度とアリアの姿を見なくて済むようにしたかっただけだ。彼女に死んでほしかった訳ではなかった。

 ガイナーに裁判の結果を伝えた彼の侍従は、そのままこの後職を辞すると別れの挨拶をして立ち去った。

 ガイナーのしでかしを止められなかった責任をとる為だった。

 ガイナーは、侍従の後ろ姿をただ黙って見ているしかなかった。

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