当主は何をしていたか1
キュレブはマリージア侯爵家が好きだ。この家の為ならどんなことでも出来た。
大好きな魔法の研究よりもレイアスと仲良くしていたのも家の為だった。レイアスとの子供はきっとマリージア家の利益になると教えられてきたので、レイアスにはキュレブだけだと思わせる為になんでもした。
成人してクゾーナと出会った時、こいつは同類だとキュレブは思った。家の為になんでもする男。サルマという婚約者を縛り付ける為になんでもした男。
キュレブと違うところはそれを無自覚にしているところだろう。そこがとても気に入っていた。
だからこそ、キュレブにとってクゾーナは気の合う友人だったのだ。
アリアが生まれた時、キュレブは男ではなかったことに落胆していた。当主は男だけしかなれない。レイアスが女しか生まなかったらアリアが婿をもらうしかないが、キュレブは他家の男にこの家を任せたくなかった。
王族には妊娠中に性別が分かる魔法があると聞く、それをキュレブが使えていればアリアは生まれる前から死んでいた。貴族家が使えない魔法なのは、自分みたいな貴族を初めから生み出さないようにしているのだろうとキュレブは考えている。
アリアが生まれてレイアスはただ喜んでいた。キュレブの落胆に気づかないで名前をどうするか聞いてくるレイアスに彼は苛立っていた。
クゾーナのところにも子供が生まれていた。女で、サルマがナラメと名付けたと聞かされていたのでレイアスに名づけを頼んだ。レイアスは嬉しそうにアリアと名付けた。
アリアは健康的に育っていった。顔立ちはレイアスに似ていたが、髪と目の色はキュレブと同じだった。
アリアは人見知りすることも無く社交的で、友好的な貴族家には受けが良かった。キュレブにはクゾーナの子供と一番気が合っているように見えた。男では無くともマリージア家の為になっているアリアをキュレブは気に入った。
カールズが生まれた時、キュレブ待望の男だったのでこれでマリージア家は安泰だと喜んだ。
カールズと名付けたのはレイアスだった。キュレブはまた女なのではと思っていたので名前を考えることをしていなかった。
だから、今回の名づけもレイアスに任せることにした。
カールズはアリアと同じような容姿で生まれた。
アリアはカールズを可愛がり、小さい頃はよく二人で遊んでいた。
カールズはキュレブが望んだ以上に有能だった。
社交性はアリアの方があったが、魔法使いとしての能力は圧倒的にカールズが上だった。五才から始める基礎魔法を僅か一ヶ月で習得していた。キュレブは喜びよりも驚きが勝った。
キュレブはその基礎魔法を半年で習得していた。アリアも同じく半年だったので、カールズもそれくらいで習得すると思っていたのだ。
アリアは優秀に育ったが、カールズはそれを上回るほどの速さで魔法使いとしての実力を上げていた。
十才になったカールズは魔法の開発に力を入れるようになった。
キュレブはその魔法を惜しみなく世間に発表した。
未成年者の魔法使いが開発した魔法は、保護者が世間に発表するかを決めるので、キュレブは良いと思った魔法全てを発表していた。
カールズの作る魔法は致死性のある魔法が無かった。
そのことを聞いたキュレブにカールズは作る必要が無いからと答えた。一見無害な魔法でも使い方次第で人を殺せる。今ある魔法で出来ることを新たに作る意味が分からないとまで言われた。
それでいいとキュレブはカールズに感心していた。
カールズには五才になる前にすぐに婚約者を見つけたが、キュレブはアリアの婚約者を見つけるのに一苦労していた。
良さげな家には既に別の婚約者がいたり、家柄は良いが婚約者となる本人が気に入らなかったりとアリアの婚約者探しは難航していた。
マリージア家の娘の嫁ぎ先として相応しい家をキュレブは探していた。候補としていくつかの家を選んだが、決め手が無く悩んでいた時に第二王子との婚約を打診された。
キュレブはこの婚約を受ける気は無かった。マリージア家にとって益のある話ではないからだ。王族との結婚は、今のマリージア家にとって足かせにしかならない。
なぜならマリージア家が王家と懇意になれる立場を得ると、マリージア家に敵意を向ける貴族家が増えるからだ。
マリージア家には、常に敵意を向けてくる貴族家が複数いる。面倒ごとを起こすような貴族家は少ない方が断然良いとキュレブは考えているので、この話はなるべく穏便かつ秘密裏に断りたかった。
それに、レイアスがこの話に乗り気では無いことも引っかかっていた。アリアの婚約者探しでレイアスは、どんな家でも喜んでいたのに今回の話には煮え切らない態度をとっていた。
その理由をキュレブは聞かなかったが、第二王子との婚約は断ると決めた。マリージア家の為にならない婚約話など必要ないのだ。
だが、王命で婚約を結ぶことを命じられた時、キュレブは仕方なくそれを拝命した。その時、隣にいたレイアスの顔色が少しだけ青ざめたのをキュレブは目ざとく気づいた。
キュレブはレイアスと二人きりになった時に、そのことを聞いてみた。
その時、レイアスが国王の視線を恐れていることを知った。王城で常に国王からの視線を感じ、顔を上げても目を伏せて話すのが夫人としての国王に対する礼儀作法なのに、何故か国王からはそれを不満に思っている雰囲気を感じるというのだ。
キュレブはこの時、レイアスが気にしすぎているだと思った。
正式に、アリアが第二王子の婚約者として発表されてから王城に出向く頻度が増えた。その度にレイアスも王城に付き添いとしてついていく。
レイアスは、国王の視線に怯えつつも気丈に振舞いながら王妃との語らいを楽しみにしているのを、キュレブは意外に思っていた。
世間から見るアリアの評判と同様に、マリージア家当主夫人として振舞うレイアスの評判は良くなっていた。
アリアが捕縛された時、キュレブは屋敷にいなかった。
キュレブが屋敷にいたところでアリアの捕縛を止められていたのかは分からない。
屋敷に戻った時、全てが終わっている雰囲気をキュレブは感じていた。
キュレブは、アリアが毒殺未遂事件の犯人として捕縛されてから積極的に動いていた。
アリアの処刑が決まった時はとりあえずその結果に抗議しつつマリージア家当主としてやれることをやっていた。
そうしているうちにカールズから朗報が届いた。アリア本人から処刑を受け入れるとカールズに聞かされた時、キュレブは喜んでいた。この時すでにキュレブはアリアのことを切り捨てていたのだ。
喜ぶキュレブに気づかずに、カールズはアリアの決断に憤っていた。
「父さん、父さんも姉さんに会いに行ってください。父さんから説得すればきっと姉さんだって逃げることを了承するはず」
「いや、出来ないよ。今はお前が作った【瞬間移動】を習得するのに忙しい。【瞬間移動】はまだ使いこなせていないから会いに行くなど無謀なことは出来ない」
「僕が連れて行きますからどうか説得してください」
「当主と跡継ぎが牢屋に行くなど無謀だ。お前がアリアに会うために使っている魔法は【瞬間移動】だけではないだろう。一人で使うにも負担だろうに、それを二人分も負担させるなど私には許容出来ない」
「そんな、それじゃあ姉さんがこのままじゃ死んでしまう!」
「処刑にはまだ時間がある。カールズ、お前がアリアを説得すればいい話だよ」
キュレブのいる訓練所からカールズが何も言わずに出て行った。
「これが反抗期か。アリアにはなかったから新鮮だな」
キュレブは、カールズに嘘をついていた。【瞬間移動】は既に習得済みだ。どんなものでも自在に連れて移動するのことも出来るようになっている。
それに、カールズがキュレブを連れて、屋敷とアリアのいる牢屋を往復することなど容易いことだと分かっていた。
だが、カールズの願いを断ったのは、キュレブがアリアに会いに行く理由が無いので断っただけだった。
カールズは、キュレブにアリアを助ける意思は既に無いと気づいたから無言で出て行ったのだろう。
処刑が決まる前までは、キュレブにアリアを助ける気はあった。
だが、他貴族の妨害が意外とうっとうしく、キュレブの動きが鈍くなった結果、アリアの斬首刑による公開処刑が決まった。
その結果がキュレブは気に食わなかった。マリージア家から大罪人が出るのは問題にはならない。
建国初期から数えた方が早いくらいの時代、過去にマリージア家から大罪人が出たことがあるので、別に家の傷が一つ増えようが特に痛くもかゆくもなかった。
大罪人を出した家が侯爵家として今も残っているのという自負がマリージア家の強みの一つでもあり、敵意を向けてくる貴族家が複数いる理由でもある。
だが、アリアが斬首刑だと話は別になる。過去の大罪人になった者は毒杯を飲んで死んでいる。
アリアは未成年者なので修道院行きのはずなのに、斬首刑になるのがキュレブは納得いかなかった。
あとから冤罪を晴らしたところで斬首刑に処された事実は残ってしまう。
アリアの処刑が決まったことで、キュレブは志向を切り替えた。
自分の娘が斬首刑にされたという記録をどうしてもマリージア家に残したくなかった。
斬首刑で処された貴族は今までいない。このままだとマリージア家は、アリアのせいでとんでもない恥をかいてしまうのだ。
キュレブはアリアを貴族令嬢として処刑されてはいけないと考えた。
だからキュレブは様々なところに働きかけてアリアはマリージア家と関係のない者として処刑されるようにした。手こずると思っていたが、意外とすんなり話が進んだのはキュレブにとって僥倖だった。
結果は変わらずアリアの処刑だが、マリージア家には関係のない者が処刑されるだけにするのはキュレブにはとても重要なことだった。
アリアを貶めたのは第二王子とクゾーナの娘だった。
クゾーナがこの件に関わっていないはずがないとキュレブは察していた。友人として親しい彼が、どうしてマリージア家を貶めたのかをキュレブは調べ始めた。
そして、クゾーナが国王の命令でアリアとガイナーの婚約破棄をナラメを使ってまでやってのけたことを知った。
クゾーナが、子供の血筋を偽っていたことをキュレブが知ることになったきっかけは、執務室でクゾーナに関する書類を整理していた時にやってきたレイアスだった。
アリアが捕縛された時から部屋から出てこなかったレイアスからサルマの手紙を見せられたのだ。
サルマの手紙は、キュレブが顔を歪めるほど酷い筆跡だった。レイアスはそれを手紙の内容に顔を歪めていると勘違いして青ざめていた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。どうか許して。私がこの手紙を読んだ時、貴方に見せていれば、アリアは今も生きていたかもしれないの」
「確かにこれを見せられていたら、私は徹底的にクゾーナを調べていただろう。他家とはいえ、貴族家の血筋を偽ったクゾーナを私は許せないだろうからな。そうなれば、アリアは生きていたかもしれないが、私はもしもで嘆かれるのが嫌いなんだ」
「ごめんなさい」
「もしああやっていれば、あそこでこうしていれば、そんなことを言って私に慰めてもらおうとしていたのか?」
「違います! 違うんです、今回のことでサルマの手紙を思い出して、それで、貴方に見てもらった方が良いのではないかと思っただけで……」
「そうか、これを見て私の気分が悪くなると思わなかったのか?」
「ごめんなさい。でも、私、どうしても黙っていられなくなったの」
「アリアの処刑はもう決まった。これを見せたところで処刑が撤回される訳が無いことが何故分からない」
「ごめんなさい」
「はあ、もういい。部屋で休んでいろ」
「はい、そうします」
レイアスが力なく執務室から出ていく。彼女につけている使用人がその後を追う。
キュレブはそれを冷めた目で見ていた。残されていた手紙はゴミ箱に捨てた。
その後、キュレブはクゾーナへの調べが足りていなかったとすぐさま彼を調べなおした。
そして、サルマの子供の死産、愛人の子供をサルマの子供としたことを新たに知った。
キュレブは、手紙を読むまではナラメの入れ替わりに気づいていなかった。確かに、瓜二つの双子ならばそれも可能だったのだろう。
だが、サルマがそのことに気づいて悩んでいたことに、クゾーナは気づいてなかったのだろうか。
ナラメはクゾーナに似ていたし、サルマにも似ていた。
クゾーナの愛人が、サルマに似ていたからキュレブはナラメが不義の子だと疑うこともしなかった。
初めからナラメという子供は不義の子供だったと知って、キュレブはクゾーナに対して嫌悪感を持った。偽物の子供を、キュレブの子供と仲良くさせていたクゾーナに初めて憎しみを持った。
カールズが開発途中だった【瞬間移動】を完成させてキュレブに教えたのは、クゾーナの調査があらかた終わった後だった。
カールズは【瞬間移動】を使ってアリア救出を考えているとキュレブに相談しに来たのだ。
だが、キュレブは【瞬間移動】を使ってアリアを救出する気は無かった。
もう、アリアが処刑されるときはマリージア家は関係ないとされるように動いた後だったので、キュレブにとってアリアは既に他人になっていた。
クゾーナを連れ去る為の準備はすぐに整った。王都に認識を逸らす魔法を仕掛け、御者を眠らせ、馬が騒ぐことなく【瞬間移動】で馬車ごとクゾーナを移動させるのは、少しばかり骨が折れたがキュレブはそれを一人でやり遂げた。
キュレブが馬車に乗ったクゾーナを【瞬間移動】でサルマが埋められている場所に連れ出したのはただの善意だった。
キュレブが憎んだ相手だが、こればかりは話が違う気がしたのだ。
友人だった男の最期くらい、国王では無く本人に決めさせようと思った。
アリアの処刑までの二日間を、キュレブは国王の手の者を潰すことに使っていた。
その時に、クゾーナの愛しの君が既に死んでいることを知ったのだ。サルマが既に死んでいるのに、国王にいいように使われているクゾーナを憐れに思った。
どうせクゾーナはこの後に国王から用なしとして消される。それなら最期はサルマのそばで死ぬのが最善とキュレブは考えていた。
クゾーナは、最初はキュレブの話を信じようとはしなかった。だが、結局最後はキュレブを信じた。
どうして信じるようになったのかキュレブには分からなかった。
だが、必死に地面を掘っているクゾーナを見てキュレブは安堵した。
元友人は、自分が知るクゾーナのままだと知れて嬉しくなった。きっと彼は死ぬまでサルマを求めて地面を掘るのだろうとキュレブは喜んだ。
クゾーナがキュレブを信じず王都に戻せと騒いでいたら、きっとキュレブは彼を苦しませずに殺してしまっていた。それでは意味がなかった。
キュレブは、マリージア家を貶めた報いを今クゾーナが受けていることを確認出来たのでその場を後にした。
クゾーナとの別れを終えたキュレブに、処刑場のことが伝わったのはその数時間後だった。
使用人から話を聞いて、すぐにカールズの仕業だと気づいた。
使用人にカールズの所在を聞くと、彼が魔法の開発に使っている温室にいるとのことなどでキュレブは急いでそこに向かった。
「カールズ! 何故あんなことをした!」
「あんなこととはどれのことでしょう?」
キュレブの怒鳴り声をものともせずに、カールズは静かに問いかける。
「どれだと!? いや、アリアだ! アリアの首が恋の歌を歌っていると騒ぎになっている。これはカールズ、お前の仕業だろう!」
「そうだけど」
「何故こんなことをした! マリージア家に被害が及ばないよう立ち回ったのに、これでは騒ぎが大きくなるだけだろう! 国王が、アリアの遺体に誰も触れるなと命が出されているのだぞ!」
「は? そんな命を、あの人が出した? ……おそらく、あの人は父さんが何か仕掛けたと思ったから、罠の可能性を考えて触れるなと命を出して、被害が出ないようにしただけと思うよ。まさかこんな命を出すとは、僕も思ってなかったな」
「何で私がそんなことを!」
「いい加減怒鳴るのをやめてほしいな。多分、あの人は僕がやったこと全てを父さんがやったと勘違いしてるよ。こんなことするのはマリージア家くらいだと考えれば、自ずと父さんがやったと思ったんじゃない?」
「なにを! ……何でそうなる。お前は何をやったんだ」
「姉さんのこと以外だと、今のところ、姉さんの元婚約者だけに姉さんの歌が聞こえる魔法をかけたし、姉さんの友人面してた女に親子の感動的な再会をさせて、あの女をずっと探していた恋する男たちを集めて彼らに引き渡したくらいかな」
カールズがしたことを聞いて、ナラメのことはどうでも良かったが、王族を害したのは大問題だとキュレブは血の気が引いた。
「殿下になんてことをしたんだ!」
「大丈夫だよ、僕がやったとは誰も思わないし、気づいても、あの人くらいじゃないかな。それも父さんがやったと思ってそうだけどね」
「本当に、なんてことを……」
「仕方ないよ。だって父さんは全てを知っていても姉さんを見捨てた。僕だけでも姉さんの為に何かしないと姉さんが可哀想じゃないか」
「アリアの為だと、これが、こんなことがアリアの為になるとでも!?」
「なるといいなって、僕がそう思って行動しただけだよ。王都だけじゃなく、国中に姉さんのことを覚えてもらう為にはこういう感じが一番かなって」
「何を言ってるんだお前は」
「気にしなくていいよ。姉さんのことは僕がやるからさ。父さんはマリージア家の為に頑張ればいいだけだよ」
「いい訳ないだろう! さっさとアリアの首から歌わせるのをやめて、ガイナー殿下にかけた魔法を解除してくるんだ!」
「無理だよ。二つともある条件で魔法が解けるようになってるから、魔法をかけた僕でも無理。姉さんの元婚約者の方はすぐに解ける可能性はあるよ」
「ならその条件を言え!」
「だから怒鳴らないでよ。言うわけないでしょ、言ったら何の為に魔法をかけたか分からないじゃないか」
「お前と言う奴は!」
「大丈夫だよ。姉さんの元婚約者が姉さんとの思い出を覚えていれば簡単に分かることだから」
キュレブはあの手この手でカールズを問いただそうとしたがどれも失敗に終わった。




