当主は何をしていたか2
アリアが処刑されて、キュレブは王城に向かうのを止めた。
アリアの処刑から二日後、カールズから王城にキュレブ用の捕縛魔法が張られていると知らされたからだ。
「何故お前がそんなことを知っているんだ!」
「そりゃあ、王城に用があったから行ったときに気づいただけだよ。あの人、結構本気で父さんを捕まえる気だ。至るところに捕縛魔法がわんさかあったよ」
「国王がわたしを捕まえる!? 何でだ!?」
「それは僕にも分からないんだけど、父さんこそ知らないの?」
「知っている訳が無いだろう! ……だが、あえて言うなら国王がレイアスに何らかの感情を抱いている可能性があるくらいか?」
「あの人が母さんに? それってどこからの情報?」
「レイアスからだ。国王からの視線が怖いとな。気のせいで済ませていたが、まさか本気で国王はレイアスを狙っているのか」
「あの人が母さんをねー。そうだとしても、父さんを捕まえる理由は分からないままだね」
「だが、それ以外に国王がわたしを狙う理由が分からない。そもそも、アリアを処刑した理由も分からないままだしな。あれが無ければ多少不満はあっても国王に敬意を持ち続けられたのに」
「そうなんだ。けど、国王が父さんを捕まえようとしているのは確かだから、王城に行くのは止めた方がいいね」
「仕方がない。とりあえず抗議文と謁見の申し出を続けて様子を見るか。それで、お前はどうして王城に行ったんだ?」
「姉さんの為に行っただけだから気にしないでいいよ」
「そうか、ほどほどにな」
キュレブはもうカールズを止める気は無かった。
国王と第一王子には手を出さないというカールズを信じて好きにさせることにした。マリージア家さえ安泰ならもう全てがどうでもよくなっていた。
キュレブは形ばかりの抗議と謁見の申し出を続けているが、国王からの返事は無いことにキュレブは安堵していた。謁見の許可を得た時、キュレブは国王とどう話せばいいのか分からなくなっていた。
だから、国王が拒絶してくれているのが一番良い状況だった。
キュレブは、裁判でアリアが斬首刑とされた時からもう今の国王に仕える気は全く起きなかった。
アリアとクゾーナのことが原因で、忙しさの余り頭が回っていなかったが落ち着いた今では全てがおかしかったとキュレブは考えるようになった。
そもそも国王が王命を使ってアリアを第二王子の婚約者にしたのに、クゾーナを使って婚約を破棄させるために秘密裏に動くという意味不明の行動がキュレブには心底分からなかった。
王命を出してまで成立した婚約だから、公に国王自ら婚約破棄を命じることは貴族間に国王への不信が広がると警戒してこんな騒動を起こしたのだろうかとキュレブは考えていた。
それこそ国王が警戒していた貴族間の不信が高まると思うのだが、国王は一体どういう考えを持っているのだとキュレブは恐ろしくなる。
考えの読めない権力者に近寄らないことも生き残るすべだとキュレブは思っている。
更に今度は国王がキュレブを狙っているという情報を聞いて、キュレブは国王が恐ろしい化け物のように思えてきていた。
国王がマリージア家の没落を考えているのなら、そうさせない為にもキュレブはカールズを好きにさせていた。
最悪、キュレブが死んでもカールズがいればマリージア家はきっと大丈夫なはずだと考えるようになっていた。
アリアの処刑から半年も経たずにキュレブたちは、王都の屋敷を出て領地にある当主の屋敷に引っ越した。国王の手の者を潰したとはいえ、いつ新たな手の者を送り込まれるか分からないので、王都にある屋敷には有能な使用人だけを残しておいた。
領地での生活は王都に比べると穏やかに過ごせていた。レイアスは相変わらず部屋に閉じこもっているが、キュレブは好きにさせていた。
アリアが処刑されてから日も浅いので、好きなだけ悲しんでいればいいとキュレブは思っていた。
リリッキーア王国の貴族家は、跡継ぎが成人した時点で現当主が望めばいつでも跡継ぎが当主になれる。キュレブは十九才の時にレイアスとの結婚と同時に当主となっていた。
キュレブはカールズが成人してもしばらくは当主の座を譲る気は無かった。カールズには成人になったと同時に結婚して数年程魔法使いとして活躍してもらいたかった。
それがマリージア家にとって益になると考えていた。
キュレブの目論見は、アリアの処刑であっけなく頓挫することになった。
アリアの処刑が行われた後に、カールズの婚約者の家から婚約解消の申し出があったのだ。
キュレブはこの申し出を受け入れた。
カールズがその方がいいと進言してきたので、本人がいいというなら仕方がないと受け入れてカールズの婚約は無かったことにされた。
その後、何年もかけて新しい婚約者を探したが、どうしてもアリアのことで断られてしまう。
このままだと婚約者のいないまま成人を迎えるというのに、カールズは気にした様子を見せずにただ魔法の開発にのめりこんでいるようにキュレブは思っていた。
「カールズ、お前はいまだに婚約者がいないのにどうしてそんなに焦らないんだ」
「焦る必要なんてある? 姉さんが大罪人になった時点で、こうなると予想できなかった父さんに言われたくは無いんだけど」
「いいや、アリアとマリージア家との関係は無いとしたのにこうなっているのは、アリアに魔法をかけて世間を騒がせているお前に責任がある」
「そんなこと無いよ。父さんは姉さんの影響力を軽く見ていただけじゃないか」
「何?」
「姉さんは王都では有名になっていた侯爵令嬢だよ? 父さんと役人がマリージア家とは関係ないと言っても周りはそうは思わない。姉さんは死んだ後もアリア・マリージアだと思ってる人が大勢いるって話だよ」
「だが、それとお前との婚約を嫌がるのは違わないか。お前だって婚約者がいないのは嫌だろうに」
「別に嫌じゃないよ。婚約者がいないと魔法の開発に集中できるし、いざとなればお爺様が婚約者を見つけてくれると約束してくれましたし」
カールズからお爺様という言葉を聞いてキュレブは顔をしかめる。
隠居した先代当主であるキュレブの父親は、母親を連れて国中を転々としている。本来隠居した貴族は領地でのんびりと暮らすのだが、両親は何を思ったのか領地にとどまらずに好き勝手しているので彼らのことをキュレブは苦手としていた。
カールズが両親と連絡を取り合っているのを知ってはいたが、まさかカールズの婚約者選びに口を出す気でいるのを知ってキュレブは苛立った。
「なんと馬鹿なことを言っているのだ。お前の婚約者は当主である私が決めるのが正しいことなんだ」
「だから、いざとなればの話だよ。そうなる前に父さんが婚約者を見つければいいだけの話なんだし」
「それもそうだな。カールズ、きっとお前にふさわしい婚約者を見つけてやるからな」
キュレブは先程までの苛立ちが薄れたように感じると同時にカールズの婚約者探しをより一層励むことにした。
キュレブたちが領地に引っ越して三年が経った。
カールズは十七才になっていたが、まだ婚約者はいなかった。レイアスは少しずつだが屋敷内だけでも、部屋の外に出るようになっていた。
キュレブは相変わらずカールズの婚約者探しをしていた。最近では当主の務めをないがしろにする程なのでカールズや使用人たちが諫めることが度々増えていた。
キュレブはカールズに婚約者が出来ないのは、自分が悪いのではなく全てアリアのせいだと思うようになっていた。
王都ではいまだにアリアの首から歌声が聞こえているらしい。
アリアの歌を聞く為に人が集まり犯罪行為が横行して問題になって、ついには国王が処刑場に近づく者に厳罰を与えるという命を出したそうだ。
アリアの騒ぎの原因はカールズなのに、キュレブはそれを忘れていた。死んでまで騒ぎを起こす親不孝者とまで思いこむようになっていた。
少し婚約者探しを止めた方がいいとカールズが言った時、キュレブはただ怒りに任せて叫んでいた。
「何を悠長なことを言っているんだ! お前に婚約者がいないのは全部アリアのせいなんだぞ!」
「父さん、何を」
「お前は魔法の開発で頭がいっぱいなんだろうが! お前には! マリージア家の為の結婚をして子供を持つのが当然なんだ! それなのに、何でそう悠長でいられる!」
「それは重々承知しているよ。だけど」
「だけどじゃない! 誰のせいでこんなに苦労していると思っているんだ! お前と! アリアのせいだろうが!」
「父さん……」
「ああああああああああああああああ! どうして最初の婚約者をあっさり手放したんだ! すがりついてでも解消などしないで欲しいと頼んでいれば! どうしてあの時の私は何も考えずに婚約解消なんてしてしまったんだ!」
「父さん、こっちを見て」
「なんだ! ……んぅ?」
怒りのままにカールズの方を見たキュレブだが、次の瞬間いいようのない眠気にも似た脱力感が襲ってきた。
「父さん、僕もあと一年で成人になる。僕が成人になったら当主の座を譲ってほしい。それが、マリージア家の為になるよ」
「ああ、そうだな。それがいいな。そうと決まれば当主の仕事を少しづつ覚えてもらうか」
「あと、父さんの隠居先は僕が決めていいかな。母さんと一緒なら父さんだって嬉しいでしょ」
「そうだな、お前が選んだ土地なら私たちは喜んでそこに住むよ。領地のどこを選ぶつもりなんだ?」
「まだ決めていないよ。でも、マリージア家の為になる場所にするつもりだよ」
「そうか、マリージア家の為ならどこでも素晴らしくなるな」
「じゃあ、父さん。婚約者探しは止めて、これからは当主としての務めを果たそうか」
「そうだな、マリージア家の当主として頑張ろうか」
キュレブはカールズの婚約者探しを止めてマリージア家の当主として積極的に働いた。彼がカールズに当主の務めを教えているといいようのない充実感があった。
どうして自分はあんなにも焦っていたのだろうかとキュレブは反省していた。
何事も起きずにキュレブはひたすらカールズにマリージア家の当主としての勤めを教え続けていた。
カールズが成人したので、キュレブは当主の座を譲った。たくましくなったカールズの姿に、キュレブだけではなくレイアスも涙ぐんでいた。
成人と当主になるお祝いに駆け付けてくれたキュレブの両親もみんながカールズの成長を喜んでいた。
当主となったカールズに言われたのでキュレブは国王に当主変更の知らせを送った。貴族間が騒がしくなったが国王はただマリージア侯爵家の当主変更を公にした。
これでカールズがマリージア家の当主となったことが国中に知られることになった。
キュレブはこれでマリージア家は安泰だと喜んだ。カールズから隠居先に送り出されるまで、キュレブの幸福は続くと思っていた。
キュレブとレイアス、数名の使用人たちが馬車と荷馬車に乗ってたどり着いたのは、どう見てもマリージア侯爵家の先代当主が住むような屋敷ではなかった。
キュレブたちの目にはどう見ても古ぼけた修道院にしか見えなかった。
「なんだ、この屋敷は、まるで打ち捨てられた修道院のようじゃないか」
「ねえ、ここに私たちが住むの? 何かの間違えじゃないかしら?」
「そうだな、おい、どうなっている地図が間違っていたんじゃないのか」
「間違ってなんかないよ。父さんたちは今日からここで暮らすんだ」
「ひゃっ!?」
「うわ!? ってカールズじゃないかどうしてここにって、そうか【瞬間移動】か」
突然現れたカールズにキュレブたちは驚いたが、その中でキュレブはいち早く落ち着きを取り戻していた。
「それで、私たちがここで暮らすとはどういうことだ」
「そのままの意味だよ。ここで、姉さんに祈りを捧げながら奉仕活動をしてもらうよ」
「は? 何を馬鹿なことを言っている」
「そうよ、どうして私たちがそんなことをしなくちゃいけないの?」
「馬鹿なことでも、そんなことでもないよ。これは、当主命令だよ。日頃からマリージア家の為ならなんでもするって言ってたよね」
カールズの言葉にキュレブは前に感じたことのある脱力感に襲われる。キュレブだけではなくレイアスと使用人たちも同じようになっている。
「ああ、そうだな。ここで、アリアへの祈りを捧げて、奉仕活動をするのがマリージア家の為になるものな」
「ええ、そうね。私だってマリージア家に嫁いだ身。マリージア家の為に頑張るわ」
使用人たちも同様にマリージア家の為にと口々に言いだした。
「今、この修道院には人がいなくてね。父さんたちだけがここで暮らすんだよ。大丈夫、近くに村があるから定期的に食糧とか日用品なんかを運んでもらうように手配しているから、安心してここで暮らしてほしい」
「そうか、さすがカールズだな。私たちの為の手配を怠っていないとは素晴らしいことだ」
「そうね、立派になって。私も嬉しいわ」
「そろそろ屋敷に帰るよ。時間があれば顔を見に来るから何かあったらその時に言ってほしい」
「ああ、そうだな。そうするよ」
「それと、みんなは基礎魔法以外が使えなくなっているけど、基礎魔法があれば十分暮らせるから問題ないよね」
「……そうね。基礎魔法があれば十分よ」
「馬車は全て屋敷に持って帰るから、みんなで僕が用意していた荷物を全部下ろしてほしい」
「分かった。おい、荷物を下ろすぞ」
キュレブたちが乗っていた馬車と荷馬車から、大量の荷物をキュレブたちは文句ひとつ言わずに下ろしていった。
それをカールズはまるで実験動物を見るような目で見つめていた。
荷物を全部下ろし終えた時には、キュレブたちは薄く汗をかいていた。
「じゃあ、ここでマリージア家の為に、姉さんへの祈りと奉仕活動を忘れずにやってね。奉仕活動の内容は、この修道院の修復だから住みながら奉仕活動が出来る、とてもいい場所なんだよ」
「なんて素敵な場所なんだ。ありがとうカールズ」
「なんて素敵な場所でしょう。ありがとうカールズ」
「父さんと母さん、それに使用人たち全員で頑張ってね」
キュレブたちは必死にアリアへの祈りと奉仕活動をして静かに暮らしていた。だが、キュレブたちには難しい問題が立ち塞がっていた。
アリアへの祈りは朝と夜の二度行うようにした。
キュレブは修道院の壊れかけた長椅子に座り、決められた時間になるまでアリアの為にひたすら祈りを捧げた。レイアスも、キュレブと同じように祈っている。使用人たちは床に両膝をついて座り手を組んで祈りを捧げていた。
問題となったのは奉仕活動の方だった。
修道院の修復は意外と基礎魔法だけで行うには危ないことが分かった。
基礎魔法は別名生活魔法とも呼ばれており、生活に必要な魔法の数々をまとめたものになっている。
だが、壁と床の修復に使う時の基礎魔法など誰も知らなかった。そもそも、そんな魔法が基礎魔法にまとめられていないことに、誰も気づいていなかった。
屋根の修復はまず足場を作ることから始めないといけないことを知った。足場となる木材をどこから調達するのかを考えるもキュレブたち自身でやらなければいけなかった。
住居部分にある家具も所々修理が必要だった。
どうすればいいか分からなくなったキュレブは、カールズがここに来る時に手配してもらおうと思いついた。
それまでは手が届く範囲で、基礎魔法を頼らずに道具を使って修復に専念した。
幸いなことに、建築道具は事前にカールズが物置小屋に用意していた物を見つけたので、キュレブたちは少しずつ修道院を修復していった。
定期的に近くの村からやって来る村人とも友好的になった。
初めてここにやって来た村人は、服装は質素だが顔立ちから貴族夫妻だと分かる二人と使用人たちが、必死に検討はずれな修復作業をしているのを見て思わず口を出してしまった。
キュレブたちから訝しんだ顔で見られた村人だったが、この人たちではまともな修復は出来ないと思い切って手伝いを申し出た。
そうして、村人から修復のやり方を学んでいったキュレブたちは少しずつ修道院での生活に慣れていった。
カールズが来た時は思わず帰りたいとすがるキュレブたちだが、カールズと話を続けると不思議なことに修道院に残ることがマリージア家の為だと決意を新たにしていた。
修道院の修復は少しずつだが進んでいた。それを楽しそうに眺めているカールズにキュレブたちは誇らしげな気分になった。
こんな生活は嫌だ、屋敷に帰りたい、ここから逃げ出したいと心のどこかで思いながらもキュレブたちはずっとこの修道院を修復しながら暮らしていた。
書き忘れてました。
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