015
ブックマークありがとうございます! にぱっ!
王子とともにあったのは、大きな大きな狼。
とても普通の狼とは思えない、けれど私のよく知る狼。
そこには涎を垂らした魔物グレイウルフがいたのです。
王子はこちらに来るなとばかりに手を突き出していました。
気付いたときには私は駆け出していました。
王子を突き飛ばすとその勢いのまま体を回転し、後ろ回し蹴りでグレイウルフの顎を蹴り上げました。
遅れてセーラが駆けてくるのが視界の端に映りました。
「お嬢様! お下がりください!」
下がりたいのは山々ですが、いくら力が強くても子供の蹴りでグレイウルフは倒せません。迂闊に下がれば逆に襲われるでしょう。
跳ね上がった喉に掌底を撃ち込みます。体格差が大きく心臓には届かなかったのです。
「ギャフッ」
グレイウルフが怯んだ隙にセーラが割って入りました。陛下とのお茶会でしたのでさすがに暗器も携帯しておりません。
多少のダメージと引き替えに、かなりのヘイトを稼いでしまったようで、目の前のセーラに構わず、私に憎しみの目を向けてきます。
「王子! 騎士を呼んできてください!」
正直王子は邪魔です。ターゲットは私になっているので一緒に逃げるわけにはまいりません。
「なっ、お、お前は!?」
狼は出るわ、見知らぬちびっ子に突き飛ばされるわ、そのちびっ子に命令されるわで王子はパニックのご様子。
「ちっ、邪魔!」
おっと、心の声が漏れてしまいました。嫌だわ、はしたない。おほほほっ。
私に攻撃してくる隙をセーラについてもらうのが良さそうです。
グレイウルフなんて、前世では雑魚です。クッキーサクサクしながら瞬殺でした。
今は瞬殺とは行きませんが、負けることは無いでしょう。グレイウルフにしては大きい気がするのが気懸かりですが、5歳目線だからでしょう。
「うおおーん!」
前世では全く影響を受けなかったハウリングに体が竦んでしまいます。やはり精神抵抗が弱くなっているようです。
セーラが居なければ拙いところですが、素手でも家のクノイチ侍女がやってくれるでしょう。
雑魚としての認識が強かったのが慢心を招いたようで、この後グレイウルフの攻撃を受けてしまったのです。
いやー、びっくりしたなー
前世ではグレイウルフの攻撃なんて避けるまでもなかったので、どうも反応が遅れるようです。
魔王の攻撃でも傷一つ受けませんでしたから避けるという習性がないというか、本能が働かないんですよ。
気がついたときには私は炎に包まれていました。
「お、お嬢様ぁー!」
グレイウルフは魔法なんて使えなかったはずなので、上位種のグレートウルフだったのでしょう。
いやぁ、炎って熱いんですね。驚きました。知ってました? 炎に包まれると息できないんですよ。
前世では魔法防御力が高過ぎて何も感じませんでしたから新鮮です。まるで、私人間みたいじゃないですか?
あっ、人間でしたね、私。
体はホットでも心はクール、なんちゃってとか冷静に考えながら目をやると、息絶えたグレートウルフの頸椎に薔薇が突き刺さっています。
いや、どこの仮面紳士ですか。
いくら武器がなかったから、いくらここが花園だからとは言え、薔薇でサクッととは。
なんて面白いんですか、うちの侍女は。是非私もやってみたいです。教えてもらいましょう。
今思えばそんなこと考えている暇があったら火を消せば良かったです。私は酸欠で意識を失いました。
『魔物の存在を確認しました』
『魔傷を確認しました』
『解放条件を承認』
『称号・スキルが解放されました』
『魔力回路が解放されました』
『称号 世界を救いし者、称号 勇者の娘がアクティベート』
『先駆者を取得しました』
『テンプレチート(物理)を取得しました』
『称号 魔王女の娘がアクティベート』
『魔力感知を取得しました』
『魔力操作を取得しました』
『魔力増幅を取得しました』
『魔法効果増幅を取得しました』
『覚醒を開始します』
目が覚めると体が突っ張りました。全身が火傷したのでしょう。
考えたら回復魔法のない世界なのに全身熱傷でよく生きていますね。あ、お母様は回復魔法は使えませんよ。
意識を失う瞬間に、システム音声が聞こえた気がします。テンプレチートが目覚めて助かったのでしょうか。
ところでシステム音声がお母様の声だったような気がするのは気のせいでしょうか。脳内でテンプレ神様がお母様の姿で再生されるのと同じ脳内補完なのでしょうか。
深く考えても仕方ないので気にしないことにします。
「お嬢様! 良かった。気がつかれたのですね」
セーラが珍しく半泣きです。セーラには悪いのですが、できる女風眼鏡美人侍女の半泣きは、非常にレアですしとても良いものです。セーラ可愛いです。
「心配かけてごめんね、セーラ」
手を挙げると焼け焦げた皮膚がひび割れて落ちていきます。その下からプルプルのお肌が顔を出しました。
あれ?
治るの早くないですか?
全身パックしたみたいに綺麗な皮膚になっていますし。
「おはよう、スカーレット」
お母様が微笑みかけてくださいます。その横には心配そうなお父様が立っていました。
「大丈夫ですよ、スカーレット。エクスポーションを使いましたから」
「えっ、エクスポーションなんてあったの?」
この世界には魔力が充填されたポーションの類は無かったはずです。
「通販ですよ、通販」
「通販っ!?」
「そう、異世界通販。お取り寄せとも言います」
またしても異世界通信魔法のようです。いつの間にか手紙だけでなく物品まで送れるようになったようです。
向こうの世界は魔力に満ちていますから、ポーションを送る程度の魔力ならなんとかなりそうですが、この世界から送るときはお母様しか魔力供給源がないのによくそんなに気軽に通信できるものです。
魔力チート持ちなのでしょうか。
あ、お父様は特殊ですから魔力供給のような器用なことはできませんよ。
「体は何ともないか?」
お父様は心配性ですね。
体を動かして全身の動きを観てみましたが、特に問題は無いようです。ボロボロと皮膚が剥がれ落ちて脱皮のようですが。
「そうです。幼女の皮を脱ぎ捨てて美少女になるのです」
何を言っているのですか、このホンワカお母様は。何気に心を読んできますし。
「おおっ、なるほど、そうなのか!」
お父様は久しぶりにアホ勇者ですね。
「お嬢様、お体を清めましょう」
「うん、ちょっと気持ち悪いし」
脱皮が気持ち悪いので湯浴みをしてサッパリしたいです。
この世界のお風呂はとても快適です。シャワーも追い焚きもありますし、香油以外に温泉の素もあるのです。
まあ前世でも魔石で追い焚きしたり、温泉の湯の花を入れたりしてましたけど。水魔法でシャワーもしてましたけど。
「じゃあ、お母様とお風呂に入りましょう」
「おおっ、では私も」
「お父様は嫌です」
お父様は世界が終わったかのような顔になっています。
「ス、スカーレット。一緒にお風呂に入らなくなるのが早くないか? 普通10歳くらいまではお父様とも一緒に入るそうだぞ」
「普通じゃないので、入りません。ガウェイン君と入ってください」
ツーンです。お父様は娘の成長を楽しみにしすぎて、私の裸をジロジロ見てくるので嫌なのです。特にお胸の成長が気になるようです。お母様が巨乳だからでしょうか。
「入浴の準備はできております」
さすがセーラ。できる侍女です。ステキです。
私はベッドから降りると、お母様とセーラと手を繋いでお風呂に向かいました。
お風呂はいつもセーラと一緒です。髪や体を洗ってくれます。もう自分でも洗えるんですけど、髪を洗ってもらうのは気持ちいいんです。自分で洗うとセーラが淋しそうですし。
今日はブルーラグーンの温泉の素を入れました。何でも、湖のように広くて青い温泉で、底に溜まった泥でパックするとツヤツヤになるそうです。一度行ってみたいです。
セーラに全身泡まみれのモコモコに洗ってもらいます。
お湯で流すと玉のようなお肌が水を弾きます。火傷前より肌がプルプルしている気がします。
「まあっ! 良かった! お嬢様、綺麗なお肌に戻っていますよ!」
セーラが自分のことのように嬉しそうです。私が火魔法を浴びたことに責任を感じていたのでしょう。
「うん、前よりプルプルしてるよ!」
「そうねぇ! 一段と肌触りがいいわ!」
お風呂に浸かりながら、皆で私の肌を触りまくります。
セーラも一緒ですよ。普通の家では侍女は浸かりませんけど、うちは特殊ですし、私達にとってセーラは家族の一員ですから。
グレートウルフを倒したのは私ではありませんけど、プルプルお肌はレベルアップでもしたのでしょうか。
魔石を持つ魔物や魔族を倒すと、死ぬときに発散される特殊な魔素を吸収することで、レベルアップと呼ばれる身体や魔力の強化がされることがあるのです。
「セーラはレベルアップした?」
「私ですか? 特に自覚はありませんが」
レベルアップは魔素が原因になっているので、魔力器官のないこちらの人間には起きないのかもしれません。
「ねえ、お母様。あれはグレートウルフだった?」
「そうですね。確かに魔石を持っていましたから、魔物には違いありません。お父様もグレートウルフだろうとおっしゃっていましたよ」
やはりそうみたいです。なぜグレートウルフがいるのでしょうか。
「ねえ、セーラ。魔物ってこっちにもいるの?」
「いえ、魔石を持つ生き物など聞いたことがありませんし、魔石を見たのも初めてです」
「そうよねぇ。私も聞いたことないわ」
やはり居ませんよねぇ。居たらレベリングに殲滅してやるのですが。あら嫌だ野蛮でしたかしら、おほほっ。
「魔物を召喚したのかな?」
「うーん、魔法以外で召喚ねぇ。お母様は科学には詳しくないのよ」
首を傾げるお母様の巨大空母がブルーラグーンに浮かんでいます。
「私も異世界召喚の技術については存じません。しかし、開発されて秘匿されていてもおかしくはないでしょうね」
セーラの前には空母よりは小振りですが十分巨大と言える戦艦が浮いています。
私ですか?
ゴムボート以下ですけど?
浮いてませんけど?
何がフジツボですか! 失礼な!
「王子を狙うとはどこの手の者でしょうか」
「今はどことも緊張状態にないですからねぇ。
モルドレッド王子を殺害したら王位継承権第一位はウィリアム王子になりますが、今のところ特に派閥形成はされていないようですし、動機が思い当たりませんね。
母親も王妃様で同じですし、二歳のウィリアム王子に取り入っている者が居るわけでもないし。分からないわ」
「そうですね。仮にモルドレッド王子が殺害されていたとして、陛下が急逝された場合は、旦那様が摂政になられるでしょう。
しかし、それはモルドレッド王子が殺害されていなくても同じでしょうね」
陛下の子供は今のところ王子二人なので、王位継承権第三位がお父様になります。私も一応王位継承権持ちなんですよ。要りませんけどね。
お父様が摂政になっても王になっても誰も得しないのではないでしょうか。王になりたかったら魔法世界で王女を娶って王位に就けたでしょうし。
ところで、魔法の世界と科学の世界では平均寿命がかなり違い、平和で医療技術の高いこの世界の平均寿命は80歳前後と長く、それと共に結婚年齢・出産年齢も高くなっています。
王は45歳くらいのはずですが、王妃様はお幾つなのでしょう。30歳くらいなのでしょうか。
向こうでは平均寿命が50歳前後でしたから、10台半ばで結婚出産が主流です。お母様も15歳で結婚しており、現在21歳。お父様は41歳です。セーラは教えてくれませんが、見た目では18歳くらいでしょうか。18歳の技術レベルではないので年齢不詳ですね。
あれっ? お父様とお母様よりお母様と私の方が年が近いですね。お父様ってロリコン・・・ 嫌な事実に気付きそうになったので、事実から目を背けることにしました。幼女なので嫌な事実には向き合いませんよ。
「あ、そう言えば王子は大丈夫だった?」
すっかり忘れていました。正直あまり興味がなかったもので。そう言えば婚約者になるんでしたね。モルドレッド君相手ではないかもしれませんが。
えっ? モルドレッド王子? あんなヘタレ王子はモルドレッド君で十分です。従兄弟ですし。舎弟にしてやります。
「大丈夫よ、スカーレットは重体なのにモルドレッド王子は怪我一つなくて、お父様が凄い眼光で睨んでたから、王子ったら真っ青になって震えていたわよ」
「睨まれて当然です。いくら殿下とは言え紳士たる者、婦女子を庇うどころか小さなお嬢様に庇われていて良いわけがありません」
いや、スカーレットが怪我をするくらいなら、お前が死ねば婚約も無くなって良かったのにとか思って殺気を放っていたんじゃないでしょうか。
元勇者ですから、さすがにそれはないですかね。
ないですよね?
「ところで、気になっていたのですが、スカーレットの魔力が強くなっているみたいですよ?」
「えっ!?」
火傷痕を調べているのか、お母様は私の体をプニプニしながら言いました。言われてみれば久々に魔力の波動を感じます。厨二病なやつではないですよ。
お母様の魔力も感じられるようになっていました。生前はお母様から魔力を感じられるのが当たり前だったので、特に違和感を感じていませんでした。
「ほんとだ! 魔力を感じるよ!」
ちょっと泣きそうです。
前世では魔力や魔法は私のアイデンティティの大きな部分を占めていましたから、小さく軟弱な今の自分に不安を感じていたのでしょう。
魔力循環にはコツがいるというか、前世とは構造が違うため勝手が異なります。
前世では胸の魔力器官から全身に魔力を巡らせていたのですが、今は全身の骨髄から魔力を発しているため、循環せずとも全身が魔力で満たされている状態です。
私は簡単な魔法を構築してみることにしました。光の玉を出す灯りの魔法です。
しかし、いくら魔力を操作しようと魔法が発動しません。魔力を放出できないようです。
「うーん、魔法ができないよ」
「そうねえ。魔力が内に籠もっている感じね。身体強化のような体内で発動する魔法はどうかしら?」
「やってみる!」
体内を満たす魔力はすぐに反応し、身体強化が発動したのが分かりました。
「できた!」
「まあ! 凄いわ! さすがスカーレット! さすスカね!」
なんか凄いスカみたいで嫌なのでやめてください。
「素晴らしいですね、お嬢様! しかし身体強化の魔法は内気功によく似ていますね」
ちょっと待て。嫌な予感がしますよ。
「なあに、それ?」
「内気功ですか? 気を循環させて身体能力を上げる技術です。体を軽くしたり硬くしたりもできますよ」
「それってセーラもできたり・・・」
「もちろんできますよ。こんな感じです」
私達の魔法とは違う技術のようですが、満たされている力の質が違うだけで明らかに身体強化が発動していました。
「身体強化だ・・・」
「身体強化ね」
「違いますよ。内気功です。魔力ではありません。こんな感じです」
セーラが私に触れると暖かな力の波動が伝わってきました。確かに魔力波動とは異なります。
『気功感知を取得しました』
「えっ? お母様何か言った?」
「いいえ?」
お母様も気功を流してもらっています。
「ああんっ、この気功って気持ちいいわねぇ」
「そうですね。回復力を高めたり体調を整えたりもできますよ」
「「回復魔法じゃないの!?」」
驚きました。せっかく魔力を取り戻したのに、魔力なんて要らなかったんや!
「いえ、そこまでではないですよ。人に影響させる外気功は、温泉よりは効果があるという程度ですから。
自分自身なら内気功でもっと効きますけど、さすがにエクスポーションほどの治り方はしません」
よ、良かった。いきなり魔力が要らない扱いなのかと思いました。まあ、今のところ回復魔法も自分にしか掛けられそうにありませんが。
「なんでセーラは、そんなことできるの!?」
そもそもセーラ万能過ぎでしょう。本当はチート持ちの主人公なんでしょ?
これは私の物語だとか言ってた私を笑ってたんですね。
いいですよ、もう。どうせフジツボですよ。
「気功は侍女の嗜みです。主人の体調管理も仕事ですから」
なんなの! この素敵完璧侍女は!
巨大戦艦だし、お風呂で眼鏡が曇って、あらいやだみたいなのもないし!
「曇り止めを塗っていますので」
「セーラも心を読み出した!」
「いえ、お声が漏れておられます」
「漏れているわね」
「も、もう! それは良いとしても、セーラ何でも出来過ぎ! この出来過ぎちゃんめ!」
動転して意味不明のツッコミをしてしまいました。
「思い出した! セーラ、薔薇でグレートウルフやっつけてたでしょ!」
「ああ、ご覧になられましたか。あれも気功です。硬功で薔薇の茎を硬くして突き刺しました。
他にも功夫を積めば髪の毛を突き刺したり、リボンで首を切り落とす位はできますので、暗器がなくとも安心です。もう少ししたらお嬢様にもお教えしますので」
無茶苦茶です。無茶苦茶武闘派侍女です。戦闘民族ですよ、この人。
「あらあら、凄いのねえ」
お母様は何故そんなに動じないのでしょうか。普通驚きませんか? 薔薇でグレートウルフを殺し、リボンで首を切り落とすのですよ?
「あっ、内気功を高めると老化が遅れますし肌も綺麗になりますよ」
「そこのとこ、くやしく!」
ああっ、やっとお母様が動じましたよ。なんか安心しました。
いつも若々しくて美しいお母様でも美容には食いつくようです。
「奥様のケアは、マッサージの時などに外気功でしておりますから、大丈夫ですよ」
「そ、そうなの? どうりでやたら気持ちいいと思いました。でも今度内気功も教えてね」
「私も!」
そんな便利な技術を学ばない手はありません。
「分かりました。秘伝ですから、他に伝えてはいけませんよ?」
「「はーい!」」
『称号 忍王の弟子を取得しました』
どうも、スカーレットちゃんです!
お楽しみいただけましたか?
お楽しみいただけたら、感想とか評価とかしてもらえたら、嬉しいです!
評価されちゃったら、スカーレットもっとやる気出ちゃいますよ!




