再会
選手控室から王族の控室までは、ストレートに行けるようにはなっていない。
先ず大部屋控室を出て右に向かい、通路突き当たりの扉から関係者以外立入禁止区画に入ってエレベーターで最上階に上がる。
エレベーターを降りて、真っ直ぐ歩いたら、スタッフルーム的な部屋があり、入って反対側の扉から出て通路をさらに直進。
突き当たり左の扉から貴賓室に入って、そこからコロシアム内の貴賓席に出る。
さらに貴賓席奥にある王族専用の出入口から通路に入って直進。突き当たった所に王族専用の控室がある。
セキュリティを考えれば仕方ない事だろうけど、面倒臭い事この上無い。
そもそも歩くのが嫌いなエリザベートと、歩くよりも走るよりも空を飛ぶ方が楽、というエリエルちゃんにとっては、苦行でしかない。
ヒーヒー言いながら、貴賓室に差し掛かろうという所で、エリザベートが思い出したように
「そういえばお前、大会当日までに、メリルと会う予定はあるか?」
言い出す。
「あ、はい。予定はないですけど、多分会うと思います」
「なら、大会当日は出席するように伝えてもらえないか?
推薦人が揃わないと格好がつかんのだ」
「あ、はい。分かりました…」
と、まあ安請け合いしたものの、自分がそれをメリルさんに伝える事に何か問題は無いだろうか?と気になって考え込んでる内に貴賓席に出て、そこにある華美な装飾の施された椅子が目について、エリエルちゃんの足が止まる。
さっきまで父シルドラが座っていた、国王専用の席だ。
ユーリカ(本物)に会えるという事に舞い上がり、すっかり忘れていた。
ユーリカ(本物)の待つ部屋には、父も一緒にいるのだろうか?
だとすれば、自分はどんな顔をして会えば良いのだろうか?
「陛下なら、先に城に戻られてるぞ」
そんな事を考えてるであろう事は、多分エリザベートでなくても分かっただろう。
「会いたかったか?」
「…分からないです」
「そうか…」
会いたいという気持ちが無い訳では無いだろうが、会わす顔が無いのだろう。
「それは陛下も同じなのだがな…」
ため息混じりに小声で呟いた言葉は、エリエル=ソフィアには届かない。
今回、ソフィアとユーリカを会わせる事は、シルドラ王には伝えてある。
会おうと思えば、シルドラは愛娘と会う事ができた。しかし会わなかった。
詰まる所、逃げた訳だ…
「まったく…」
「何か言いましたか?」
「…いや、何も」
言ってエリザベートがそそくさと歩き出すから、エリエル=ソフィアも慌てて着いていけば、程無くユーリカ(本物)の待つ部屋の前に到着する。
警護に当たる近衛兵を下げ、エリザベートが扉をノックすると
「はい!」
元気の良い声が中から聞こえてくる。四年ぶりに聞くユーリカ(本物)の声だ。
エリエル=ソフィアの胸が張り裂けんばかりに高鳴る。
「待たせたな、入るぞ?」
「どう…」
エリザベートはユーリカ(本物)の返事が終わるのを待たず、食い気味に扉を開ける。
ユーリカ(本物)が、ちょこんと椅子に座り、暇潰しに読んでいた本を閉じながら、こちらを見てる。
「え!?嘘…」
目と目が会って、その表情が驚きに変わった。何故だろう?
「リカちゃ…」
名前を呼ぼうとした、エリエル=ソフィアの背中をエリザベートがポンと押し、部屋の中へと押し込む。
「10分だ…」
言って扉を閉め、本人は部屋には入らず出ていってしまった。
少しの間、エリザベートの出ていった後の扉を見つめ、エリエル=ソフィアはユーリカ(本物)へと振り返る。
ユーリカ(本物)は、困惑の表情に変わっている。全く状況を把握できてないといった感じ。
「あれ?…リカちゃんが会いたいって言ってるって…」
「い、言ってないよ!いや、会いたくない訳じゃないけど!むしろ会いたかったけど…」
会わないと決めていた…
「子供が、我慢なんかするんじゃないよ…」
扉の向こうで独り言つ、エリザベートの声は、二人には聞こえない…
詰まる所、一月前、エリエル=ソフィアのすぐそばまで来ていながら、会う事をしなかったユーリカ(本物)が、この1ヶ月で心変りをした訳ではなく、そんなユーリカ(本物)の態度を歯痒く思っていたエリザベートが、無理矢理二人を会わせようとした訳だ。
エリエル=ソフィアが会わないと言い出す可能性もあった訳で、彼女の背中を押したスカーレットも当然仕込み。
ユーリカ(本物)は何故エリエル=ソフィアと会おうとしなかったのか?
おそらくは、二人が会う事で、現状に良くない変化が起こる事を恐れているのだろう。
たとえば、エリエル=ソフィアの『このままでいたい』が崩れ、魔法少女を辞め、魔法学校も辞めて王城に戻るなんて事になるかもしれない…
あるいは、自分自身の彼女の身代わりであり続ける決心が揺らいでしまうとか、考えてるのか…その両方か…
「そんな事で、崩れる決心なら崩れてしまえば良いのだよ」
どいつもこいつも考えすぎなんだ、とエリザベートは思う。
その『どいつもこいつも』の中には自分も含まれているのだけれど…
さて、部屋に残された二人ですけど、微妙な雰囲気。沈黙が続く。
二人とも、何を話したら良いのか分からずに、お互いを観察してる。
4年前、身長も体型も双子と見紛わんばかりに瓜二つだった二人は、片や見上げなければいけないほどスラッと背が伸びていて、小さいままのユーリカ(本物)は、ちょっと羨ましく思う。
片や、身長は昔とあまり変わってないのに、身体の一部だけやたらと主張が強くなっていて、エリエル=ソフィアは思わず凝視してしまう。
その視線が、一点に集中してる事に気付いたユーリカ(本物)は、身体を反らし、胸を隠すようにして
「姫様!?」
抗議の声をあげる。
「いや!違うの!…いや違わないけど…ごめん…」
素直に謝られると、なんとなくやりづらい。
「別に…良いですけど?」
見たいなら見たいだけ見れば良いと、胸を張ってみせたけど
「いや…そうじゃなくて…」
エリエル=ソフィアが謝ったのは、その事に対してじゃなくて
「…『姫様』は嫌だなって…」
彼女が自分を呼ぶ呼び方に、不満を感じてしまった事に対して。
「じゃあ…ソフィア様?」
だからユーリカ(本物)はそう呼び方を変えるけれど、それをエリエル=ソフィアは首を振って拒絶する。その呼び方も違う。
当然ユーリカ(本物)は、本当はエリエル=ソフィアが自分をどう呼んで欲しいかなんて分かっている。
でも、それはユーリカ(本物)にとって、あまりにも特別な事。
初めて王城に入った時、ソフィア・パナスには、既に聖グリュフィス聖堂孤児院で共に過ごした記憶は無く
『初めまして、姫様。ユーリカ・マディンと申します』
と挨拶しなければいけなかった事は、とても悲しい事だった。
そんなユーリカにソフィアは
『…姫様は嫌だな』
と、甘えた感じに言う。
困ったユーリカは
『え…と…じゃあソフィア様?』
と言うけれど、それをソフィアは首を振って…
ああ、そうか…意図的かは分からないけど、エリエル=ソフィアはあの日の…ソフィア・パナスの記憶の中では、初めてユーリカ・マディンと出会った日の、一番最初の会話をなぞっているのだ。
『うーん、私の事はソフィって呼んでくれるかな?私はあなたの事を…えーと、ユーリカちゃん?ユーリちゃん?違うな…リカちゃん?そうだ!リカちゃんって呼ぶね!』
それを聞いた当時のユーリカ(本物)が、泣き出した意味を、ソフィア姫が知るはずは無い。
『ソフィ…ちゃん…』
もう二度とそう呼ぶ事はできないと思ってた。
『うん、リカちゃん!』
もう二度とそう呼んでもらえる日は来ないと思ってた。
友達に戻る事は無いと思ってたんだ…
彼女を『ソフィちゃん』と呼んでしまうと、あの時と同じ様に、堪えていたものが崩れてしまいそうな気がして、そう呼ぶのを躊躇っていたけれど、もう躊躇う必要は無くなった。
だってユーリカの目には、既に涙が溢れだして止まらなくなっている。
「ソフィ…ちゃん!」
叫ぶようにその名を呼んで、その場に座り込む。
エリエル=ソフィアに、その涙の意味はよく分からない。
けれど、その涙が『悲しい』とか『苦しい』とかではなくて、『嬉しい』から流れる涙だという事は分かる。
座り込んで泣きじゃくるユーリカに近付いて、彼女をそっと抱き締めるコロには、ソフィアの目にも同じ涙が流れてて、二人は時間の許す限りそのまま泣き続けた。




