再会2
10分なんていうのはあっという間で、何故エリザベートがそんな時間制限を設けたのかは分からないけど、すぐに終わりを迎えてしまう。
「時間だ」
そう言いながらノックもせずに入ってきたエリザベートは、抱き合い泣きじゃくる二人の様子を、内心微笑ましく思いながら、それを表情には出さない。
「あいつらに『送っていく』と言ってしまった手前、馬車を用意するがどうする?」
二人が立ち上がるのを待たずに話を続ける様は、何か時間に追われてる感じもするが、単純にせっかちなだけかもしれない。
「あの…大丈夫です。1人で帰れます」
おそらくはそう言うのではないかと思っていたエリザベートだけれど
「ちょっと、飛びたい気分なので…」
流石にこれは予想してなかった模様。
「いや、ちょっと待て…」
言われて、キョトンとするエリエル=ソフィアに、深くため息をする。
「飛ぶなとは言わないが、魔法少女エリエル・シバースは、王室預かりという立場だという事を忘れるな?
お前の行動は、そのまま王室の責任となるのだ…」
それを聞いたエリエル=ソフィアは、思わずクスッと笑ってしまう。
「笑うような事を言ったつもりは無いのだが?」
言うエリザベートも、エリエル=ソフィアが笑った理由は分かっている。
王女の行動で、王室の責任が問われる…普通に考えたら当たり前の事だ。
「ごめんなさい」
「まあ、良い…」
こんなやり取りも懐かしい。
「じゃあ、行くね?」
振り返って、ユーリカに言う。
「うん…」
ユーリカはふと孤児院にいた頃を思い出した。
毎週のように、当時皇太子だったシルドラに連れられて、遊びに来ていたソフィア姫。
一日中遊んで、帰る時は寂しくて、二人とも泣きそうになる。
そんな時、どちらともなく言う何でもない言葉。
「…またね、ソフィちゃん」
その時の記憶は今のソフィア姫には無い。
けれど、ソフィアはあの頃と同じ笑顔で
「うん…またねリカちゃん!」
ユーリカに返すのだった。
あれほど『帰りたい』と思った自宅の前で、クルーア君はドアを開けられずに立ち尽くしている。
覚えてる方はいるだろうか?クルーア君の家は、所謂ゴミ屋敷である。
最後にこの部屋を出た魔獣騒動の日、夏の初めだった季節は一月経って本格的な夏になっている。
その間、放置され続けたゴミ屋敷の惨状たるや、想像に易い…
「しまった…な…」
この一月、ずっと城にいた訳では無いとはいえ、それなりの環境で寝泊まりしていたクルーア君。
自業自得ではあるのだけれど、ここまで来て、このドアを開け、一月前より劣悪になってるだろう環境の中で寝る勇気は、なかなか湧かない。
「…帰るか?」
どこに?
そう自分に問いかけて、一瞬『聖グリュフィス聖堂孤児院』が過り、頭を振ってそれを掻き消す。
「今更、どの面下げてあそこに帰るんだよ…」
行く当てなんて、何処にも無い。
意を決して、ドアを開けようとしたノブに手を当てたその時、まるで自動で開くように、勝手にドアが開いた…
「え!?」
クルーア君が困惑する中、ドアを開いた張本人が、顔だけをひょいっと出し
「お兄ちゃん?」
と聞いてくる。
さて、クルーア君。自分をお兄ちゃんと呼ぶ人物には何人か心当たりはある。
今、目の前にいる人物もその1人だけれども、その人物は他の心当たりの人物とは一線を画す存在。
10年前まで、戸籍上実の妹だったマリー・クララヴェルだ。
「やっぱりお兄ちゃんだ!」
「マ、マリー?」
一月前、怪我を負ったマリーは、聖グリュフィス聖堂に運ばれた。
無事だろう確信はあったけれど、そうは言っても自分の目で確かめるまでは安心できるものではない。
マリーの事を考えない日なんて一度も無かった。
早く会って無事を確かめたい…そう思ってたマリーが、目の前にいる。
「お兄ちゃん!」
叫んで、胸に飛び込んでくる…けど、ちょっと待て…
クルーア君、胸に飛び込もうとするマリーの両肩を手で掴み、それを防ぐ。
驚くマリーに、ちょっと怖い顔をして
「何でここにいるの?何でここにいるの?」
大事な事なので二回聞く。
「あ、ああ…」
苦笑いのマリー
「ま、まあ、取り敢えず中に入って」
と言ってクルーア君を部屋の中へと案内するが
「いや…俺の家だから…」
当然クルーア君は納得がいかない。
「だよね…」
苦笑いが崩れないマリーの姿に、嫌な予感を感じながら、住み慣れた我が家へと入っていくけれど、そこは自分の知る我が家とは別世界だった。
足の踏み場も無いほどだったゴミの山は跡形もなく、窓も床も壁もキレイに磨かれている。カビだらけだった台所まわりだってピッカピカ。
パッと目に付くだけでもこうなのだから、玄関からでは確認できないバスルームやトイレなんかも、さぞやキレイになっているだろう事は、想像に易い。
室内の変化はそれだけではない。
見た事も無い棚が置かれ、見た事も無いテーブルも置かれ、見た事も無いソファーも置かれて、そこに見た事のある人物が座ってお茶を飲みながら映像機器にて、剣王祭開会式のニュースを見ていらっしゃる…
「あら、お帰りなさい」
と、抑揚のなく言う母メリルと
「おかえり~、久し振りだね~クルーアちゃん」
相変わらず緩い語り口のノエルさんがいるのは、マリーがいた事から予想はしてた。
“ヨウ”
と脳内に響く声で語りかけてくる、パッと見猫にしか見えない魔獣がいるのも、まあ良いだろう…
いや、良くはないんだけれど
「…遅かったじゃないか」
しれっとフェリア先生がここにいるのが、一番納得がいかない。
「…なんで、俺より先に着いてるの?」
守護隊の屯所に寄っていくという、パーソンくんを見送った後、フェリア先生は確かにクルーア君とは別方向に帰っていったはずである。
いったい、いつ何処で追い越されたというのか…
「エルダーヴァイン家を舐めるなよ」
うん…深く考えても仕方がない事だけは分かった…
そんな事よりも問題なのは
「…で、人の家で何してるの?」
という事である。
「何って、見て分からないの?お茶飲んでるんだけど?」
そういう事を聞いてるのでは無いのだけれど、どうにも母メリルの語り口にトゲがあるから、文句も言いにくい。
「それよりあんた、この部屋見て何か言う事は無いの?」
まあ、見違えるほどキレイになっているのは、状況から考えてこの人達のお陰だろう…それは有難い…有難いのだけれど
「いや、勝手に入っちゃダメでしょ?」
正論である。正論のはずである。
「はあ!?」
理不尽である。
「あんたね、あれだけの汚部屋をこれだけキレイにしてもらって、礼の1つも言えないの?」
うん、それは本当に感謝してるのだ。でもさ…
「勝手に人の部屋入っちゃダメだよね?」
だんだん自信を失いかけてるが、正論であるはずなのでもう一度頑張ってみる。
「つべこべ言うな!」
理不尽だ…
「だいたいあんたね、まだ二十歳でしょ?エネルギーもて余した良い若い者なのに、部屋にエッチな雑誌の1つも無いってどういう事なの!」
はい?
話が変な方向に飛んで行ったぞ?
「そうそう~。クルーアちゃん、性欲無いのかと思っちゃった~」
いやノエルさん、あなたもですか?
悪のりの始まった母親連中から、救いを求めてフェリア先生を見やるけれども、素知らぬ顔でお茶をすすっている…関わると、ろくな事にならないのを知っているからだ。
けれど
「ねぇ、その辺どうだったの~フェリアちゃん?」
「そうそう、二人付き合ってたんだから、当然そういう事もあったのよね?」
この二人がフェリア先生を逃がす訳もなく、フェリア先生お茶を吹き出す。
ひとしきり噎せた後
「は、ハラスメント!」
言って抗議するけれども、二人は意に介さない。
「ちょっと待って…お兄ちゃんとフェリアちゃんが付き合ってたってどういう事?」
そこへ、マリーが参戦するから、状況はさらに悪化する…
そういえば、こんな事昔もあったな…と、クルーア君は思う。
まだユーリカやソフィア姫と出会う前、ノエルは『聖グリュフィス聖堂孤児院』に頻繁に遊びに来ていて、そこにフェリアがいつも着いてきていた。
メリルとノエルは事あるごとに
『フェリアちゃん、家にお嫁に来てくれない?』
『ダメだよ~、フェリアちゃん一人っ子なんだから、クルーアちゃんがお婿さんに来てくれるのよね~?』
なんて事を言ってクルーアとフェリアを冷やかし
『な、な、何言ってるのママ!私がクルーアとなんか結婚する訳ないでしょ!』
『いや、こっちがお断りだし!』
満更でもないくせに、幼い二人が素直じゃないリアクションを見せる中
『ダメー!お兄ちゃんと結婚するのはわたしだもん!』
と、マリーが割って入る…
『その辺にしといてやれよ…』
困り果てるクルーアとフェリアに助け船を出すのは、いつだって父クロード・ジョイスだった…
もう二度とは戻ってこない光景…
「あれ?クルーアちゃんどうしたの~?」
最初にクルーア君の異変に気付いたのは、ノエルさんだった。
「え?何が?」
本人すら自分の異変にまだ気付いてなく
「お兄ちゃん、大丈夫?」
何故マリーに心配されるのか分からない。
「何泣いてるんだよ…」
フェリア先生がやや引き気味に言うけれど
「は?何言ってるんだよ…」
まだ、自覚の無いクルーア君はそう答える。
ぽたりと、床に水滴が落ちる…
「あれ?なんだこれ?」
ようやく泣いてる事を自覚した瞬間、涙が溢れだし止まらなくなる。
涙の理由が分からず、皆が困惑してるが、自分でも訳が分からない。
そんな中、一人だけ冷静なメリルさんがスッと立ち上がってクルーア君に近付いてくる。
泣いてる所を、間近で見られたくないクルーア君は、横を向いて顔を隠そうとする。
その姿を見たメリルさん、深くタメ息をついてから、一歩下がってピョンとジャンプ。
その勢いを借りて、握った拳をクルーア君の頭頂部目掛けて振り下ろす。
鈍い音が響き、流石のクルーア君もよろめき倒れてしまう。
「いってえな!何するんだよ!」
叫びながら起き上がろうとすると、目の前にメリルさんの顔がある。
涙でボロボロになった顔を見られたくないから、隠そうとするけれど、それより早くメリルさんの右手がクルーア君の額に迫りデコピンを打つ。
「いたっ…」
って言うほど痛くはないけど
「ばーか…」
というメリルさんの言葉は、単純な言葉以上の意味があり
「ごめん…」
クルーア君の胸に突き刺さって、思わず謝ってしまうのです。




