王妃様の滞在
「ドラゴン様、今日はどうされましたか?」
ボス部屋へ入った王妃は、巨大なドラゴンを前にして丁寧に頭を下げた。
王妃がドラゴンと直接会うのは、これが初めてではない。
しかし、ドラゴンから呼び出されてここへ来るのは初めてだった。
何の用件なのか。
王妃は少し緊張しながら、ドラゴンの言葉を待つ。
「我から頼みがあって来てもらった」
「頼み、ですか?」
王妃は目を瞬かせる。
「はい。私にできることでしょうか?」
「おそらくな」
ドラゴンはそう答えると、王妃へ頼みの内容を告げた。
「ダンジョンとダンジョン前の町を結ぶバスの運行を任せたい」
「バス……ですか?」
「そうだ」
「ダンジョン内を走っている車ですか?」
「それだ」
王妃は少し考える。
ダンジョン内を移動するときに使われている、あの便利な車両。
それをダンジョンと町の間でも走らせるということらしい。
「町からダンジョンへ来る方々を運ぶのですね?」
「そうだ」
「分かりましたわ」
王妃は頷いた。
「私でよければ、お引き受けします」
「それと、もう一つある」
「もう一つですか?」
「王家との連絡役として、ダンジョンに住んでほしい」
「……私がダンジョンに?」
「そうだ。屋敷はこちらで用意する。近衛も一緒に住めばいい」
王妃は驚いた。
まさかバスの運行だけでなく、住む場所まで用意されるとは思っていなかった。
「王城には帰れないのですか?」
「用事があれば帰っていい」
「それなら、分かりましたわ」
王妃は微笑んだ。
「お引き受けいたします」
こうして王妃は、ダンジョンで暮らすことになった。
ダンジョン内には王妃のための豪邸が用意された。
近衛騎士たちの居住スペースもあり、さらに王城からメイドが派遣された。
屋敷には日本の家電が揃えられ、冷蔵庫や洗濯機、電子レンジなども普通に使えるようになっていた。
「まるで王城の離宮ですわね」
屋敷を見回した王妃は、思わずそう呟いた。
ダンジョンに住むことになったとはいえ、生活環境は王城より不便どころか、むしろ快適なくらいだった。
一方、王城。
「陛下、報告がございます」
「何だ?」
「王妃様ですが、ダンジョンからお戻りになられておりません」
「……何?」
王は驚いた。
「まだダンジョンにいるのか?」
「はい。今後はダンジョン内に用意された屋敷で生活されるとのことです」
「……」
王はしばらく黙った。
「よし、息子に王位を譲ろう」
「駄目です」
宰相が即答した。
「なぜだ!」
「王妃様がダンジョンに住むことと、陛下が退位することに何の関係があるのですか」
「妻が帰ってこないのだぞ!」
「だからといって王位を譲る理由にはなりません」
王は納得できない顔をしていた。
その頃、ダンジョンの奥では――。
アレンがモニターを眺めていた。
そこに映っているのは、ダンジョン内の屋敷で暮らし始めた王妃の姿。
「これでいつでも王妃様を眺められる」
バスの運行を任せたことも。
王家との連絡役としてダンジョンに住んでもらうことも。
屋敷を用意したことも。
その本当の理由を知る者は誰もいなかった。
アレンが王妃をダンジョンへ呼び寄せたかっただけだということは、誰にも秘密だった。




