王城の様子
王城の一室。
王は執務を終えると、向かいに座る王妃へ声をかけた。
「なあ、今度の会談に、あの車を貸してもらえないか?」
王妃は即座に首を横に振った。
「駄目ですわ」
「……まだ理由を聞いていないんだが」
「あれは私が王城とダンジョンを往復するための専用車両ですわ」
王妃にとって、あの車は単なる移動手段ではない。
ダンジョンの主であるドラゴンから与えられた、特別な車両。
王妃専用車として扱うことはもちろん、使用目的まで慎重に決めていた。
「会談に使うだけだぞ?」
「違う用途で使って、ドラゴン様に睨まれたらどうしますの?」
「いや、会談だぞ? 外交だぞ?」
「ドラゴン様には関係ありませんわ」
「……」
王は黙った。
どうやら王妃の中では、外交よりもドラゴンの機嫌のほうが重要らしい。
いや、実際にドラゴンの力を目の当たりにした王も、それを否定できないのが困ったところだった。
「それに、あの車は私が乗るためのものですわ」
「ワシはまだ乗せてもらっていないんだが」
「そうですわね」
「そこは何とかならないのか?」
「なりませんわ」
即答だった。
王は少し寂しそうな顔をした。
国王である。
この国で最も高い身分にいる。
それなのに、妻が乗っている車に一度も乗せてもらえていない。
「……一度くらい乗ってみたいんだが」
「駄目ですわ」
「なぜだ」
「ドラゴン様から私に贈られた車ですもの」
「だからワシは王だぞ?」
「私の夫ですわね」
「そうだ」
「それだけですわ」
「……」
また負けた。
王は話題を変えることにした。
「なら、別の頼みがある」
「何でしょう?」
「なあ、あの衣装をまた着てくれないか?」
王妃が首を傾げる。
「あの衣装?」
「ダンジョンでドラゴンに会ったときに着ていたものだ」
「あれは駄目ですわ」
「なぜだ?」
「ドラゴン様にお会いするための正装ですもの」
王妃は真剣な顔で答えた。
「あの衣装は、ドラゴン様にお会いするときにだけ着るものですわ」
「今度の会談でも着ればいいではないか」
「何をおっしゃっていますの」
王妃は呆れたようにため息をついた。
「万が一にも汚してはいけませんわ。あれは大切な衣装ですもの」
「……」
王は天井を見上げた。
車は駄目。
衣装も駄目。
そもそも王自身は、まだその車に乗せてもらえていない。
「ワシの意見、一つも採用されていないな」
「そうですわね」
「否定しないのか」
「採用する必要がある意見がありませんもの」
「……」
そこへ、部屋の扉がノックされた。
「失礼いたします!」
近衛兵が入ってくる。
「王妃様。ダンジョンから王妃様宛てに書状が届いております」
「まあ!」
王妃の表情が一気に明るくなった。
「こちらへ」
近衛兵から書状を受け取る。
王は眉をひそめた。
「待て」
近衛兵が止まる。
「ダンジョンからの書状なら、まずワシに報告するべきではないのか?」
国王として当然の疑問だった。
しかし王妃は書状を眺めながら、嬉しそうに微笑んでいる。
「またお招きね」
「おい」
「あなた、行ってくるわね」
「待て」
王妃は立ち上がった。
「今から行くのか?」
「そうですわ。準備をしなくては」
「いや、待て!」
王が声を上げる。
「まだ話の途中だ!」
「そうでした?」
王妃は振り返る。
「何の話でしたの?」
「車と衣装の話だ!」
「ああ」
王妃は少し考える。
「どちらも駄目ですわ」
「だからそういう話では――」
「では、行ってまいりますわね」
「おい!」
王妃はそのまま部屋を出ていった。
扉が閉まる。
静寂。
王は一人、椅子に座ったまま呆然としていた。
「……ワシ、王なんだが」
近衛兵は何も言わなかった。
言えるはずもなかった。




