王への報告
王は執務室で、スタンビートの顛末について報告を受けていた。
その隣には王妃もいる。
「まず、今回スタンビートを起こしたのはCランクダンジョンです」
報告役の文官が説明を続ける。
「Cランクダンジョンですから、ダンジョンの主力となるモンスターはCランク相当。その下にDランク、Eランクのモンスターが多数存在していました」
「被害は?」
「ダンジョンの近くにある町については、ほぼありません」
王が顔を上げる。
「ほぼ?」
「その町にはCランク冒険者が多数滞在しておりました。スタンビートが発生すると同時に冒険者たちが迎撃に入り、町への侵入を許しませんでした」
「なるほど。冒険者が町を守ったか」
「はい。その後、国軍も到着しました」
そこから先は、国軍による一方的な討伐だった。
Cランクダンジョンから溢れ出したモンスターとはいえ、その多くはDランクとEランク。
組織だった国軍の前では、次々と数を減らしていった。
「国軍が優勢だった、と?」
「はい。スタンビートの終結は近いと判断されていました」
王妃が静かに尋ねる。
「では、何が問題だったのです?」
「……そこからです」
報告役の声が少しだけ重くなった。
「決戦地点へ向かう途中、国軍はモンスターの群れを大幅に減らしました。最終的に決戦地点まで到達したモンスターは、当初の半数以下です」
「それなら、なおさら終結は近かったのではないか?」
「そのはずでした」
文官が一度言葉を切る。
「その時です」
部屋の空気が静まった。
「エンシェントドラゴンが現れました」
王の眉が動いた。
王妃も、初めて表情を変えた。
「……エンシェントドラゴン?」
「はい」
報告役は頷いた。
「確認した兵士たちは、誰一人として動けなかったそうです」
「恐怖でか?」
「それだけではありません」
文官は現地から届いた報告書を見ながら続ける。
「モンスターたちも動かなかったそうです」
王は黙った。
「人間も。
モンスターも。
その場にいたすべての者が、目の前に現れた存在を前にして動けなくなった」
それほどまでに圧倒的だった。
エンシェントドラゴンがそこにいる。
ただ、それだけで戦場そのものが止まった。
「兵士たちは、自分たちは生きて帰れないと思ったそうです」
王妃が尋ねる。
「では、国軍は戦ったのですか?」
「いいえ」
「……なぜ?」
「勝てないからです」
あまりにも簡潔な答えだった。
「国軍はエンシェントドラゴンに攻撃を仕掛けませんでした。仕掛けても意味がないと判断したのです」
「ドラゴンのほうからは?」
「襲ってきませんでした」
王が目を細める。
「……襲わなかった?」
「はい」
エンシェントドラゴンは、ただそこにいた。
国軍も動かない。
モンスターたちも動かない。
そしてしばらくすると、ドラゴンは国軍に背を向けた。
そのまま、ゆっくりと歩いていく。
そして――
アレンのダンジョンへ帰っていった。
「それで……終わったのか?」
「はい」
「被害は?」
「国軍に死傷者はありません」
王はしばらく何も言わなかった。
今回のスタンビート。
国軍が大きくモンスターを減らした。
そして最後に現れたエンシェントドラゴンは、誰も攻撃せず、誰にも攻撃されず、ただダンジョンへ戻っていった。
結果だけを見れば、被害なしで終結した。
だが。
王家が今回の出来事から得たものは、別の意味で大きかった。
「……我々は、ダンジョンを資源だと思っていた」
王が静かに呟く。
魔石。
鉱石。
宝石。
素材。
人が集まり、商売が生まれ、国に莫大な利益をもたらす場所。
だからこそ王家は、ダンジョンを重要な資源として考えてきた。
だが、それだけでは足りない。
「考えを変える必要があるな」
王妃が王を見る。
「ええ」
王は報告書を閉じた。
「ダンジョンは資源だけではない」
今回、王家は初めて目の当たりにした。
国軍が束になっても、戦うことすら選べない存在。
そして、その存在を一体だけで保有しているダンジョン。
「ダンジョンには、国家を超える戦力が存在する」
王妃は静かに頷いた。
これまで王家は、ダンジョンから何を得られるかを考えていた。
これからは、それだけでは済まない。
――ダンジョンそのものを、国家と同じ尺度で考えなければならなくなったのだ。




