王妃のダンジョン視察
「あなた、ダンジョンに視察に行くから、近衛兵を連れていくわね」
王妃がそう告げると、王は思わず顔を上げた。
「お前が自ら行くのか?」
「ええ」
「ダンジョンの一階層と十階層はモンスターに襲われないんだぞ。そもそも、その二つの階層ではモンスターの姿すら見ることはないだろう」
「そうね」
「だったら、お前が行く必要があるのか?」
王の言いたいことは分かる。
ダンジョンの一階層と十階層は安全だ。
しかも一階層と十階層はエレベーターで直接繋がっている。
王妃がわざわざ危険な場所へ向かうわけではない。
それでも王妃は首を横に振った。
「あのダンジョンは、国にとって大事なものです」
「それは分かっている」
「だからこそ、自分の目で見る必要があります」
王妃は真剣な顔で続けた。
「人から報告を受けるだけでは分からないこともあります。どれほど人が集まっているのか、どんな場所になっているのか。私は実際に見ておきたいのです」
「……そこまで言うなら止めはしないが」
王はため息をついた。
「王妃の安全を最優先しろ」
その言葉に、控えていた近衛兵が一歩前に出る。
「我々にお任せください」
王が視線を向ける。
そこにいたのは、近衛第二部隊だった。
この部隊には少し変わった経歴がある。
王妃が嫁いできた際、自分の領地から連れてきた者たちを中心に編成された部隊なのだ。
王家に仕える近衛兵でありながら、王家以上に王妃への忠誠心が強い。
王妃を守る。
それが彼らにとって最優先だった。
「では、頼んだぞ」
「お任せください」
こうして王妃のダンジョン視察が決まった。
そして――。
視察当日。
王妃が王城を出た。
その周囲には、近衛兵。
さらにその前方には、騎士団の軍勢が並んでいる。
その数、千人。
馬車を中心に、近衛兵が厳重に配置され、そのさらに外側を騎士団が固める。
王妃の姿はほとんど見えない。
「……」
王妃は馬車の窓から外を眺めた。
ずらりと並ぶ騎士たち。
整然と進む軍勢。
その光景を見て、王妃は小さく息を吐いた。
「……ねえ」
「はい」
「私たち、どこかと戦争に行くのかしら?」
「視察でございます」
「そうよね」
王妃は頷いた。
どう見ても視察の規模ではない。
ダンジョンの一階層と十階層はモンスターに襲われない。
それどころか、一般人まで普通に行き来している。
それなのに――。
王妃の周囲には近衛兵。
その前には騎士団千人。
まるでこれから敵国へ攻め込むかのような大行軍だった。
「さすがに少し大げさじゃない?」
王妃が呟く。
「王妃殿下の安全のためです」
近衛兵は即答した。
「……そう」
王妃は諦めた。
そして一行は、ダンジョンへ向かって進んでいった。
本人だけは、ただの視察に行くつもりだった。




