見失った方向性
アレンは、完全に方向性を見失っていた。
「……あれ?」
マスタールームから一階層を眺めて、アレンは首を傾げた。
最初は、初心者でも安全に活動できるダンジョンだった。
モンスターに襲われない一階層。
それだけだったはずだ。
ところが、気づけば一階層の様子がおかしなことになっていた。
まず、モンスターの出現場所が変わった。
一階層の広大な空間では、もうモンスターがほとんど出現しない。
正確には、一か所だけだった。
体育館。
「なんで体育館にしか出なくなったんだ……」
アレンが作ったわけではない。
いつの間にか、広大な一階層の片隅に体育館のような建物が作られ、そこがモンスターの出現場所になっていた。
冒険者たちはそこへ行ってモンスターを倒す。
それ以外の場所では、普通に生活する。
「……もうモンスター狩り場と街が分離してるじゃん」
そして次に、道路だった。
一階層を歩いていると、以前は土だった道が綺麗に舗装されている。
「アスファルト?」
黒く平らな道が、建物の間を縦横に走っている。
しかも、道には一定間隔で停留所まで設置されていた。
「これ誰が作ったんだ?」
アレンが尋ねる。
『マスターが設置しました』
「俺?」
『はい』
「……いつ?」
『先日です』
「覚えてない」
アレンは頭を抱えた。
そして道路を眺めていると、遠くから何かが走ってきた。
車両だった。
人間が運転している様子はない。
決められたルートをゆっくり走り、停留所に到着すると扉を開ける。
人が乗り込む。
しばらくすると扉が閉まり、また走り出す。
「……無人バス?」
循環バスだった。
一階層の各地をぐるぐると回っている。
「なんでダンジョンにバスを走らせてるんだ、俺は」
答えは簡単だった。
一階層が広すぎるからだ。
歩くのが面倒だった。
だからバスを走らせた。
それだけだった。
しかし、それだけでは終わらなかった。
アレンはあるものを見つけた。
「……エレベーター?」
一階層の一角に、大きな建物が建っている。
中に入る。
扉が閉まる。
階数を選ぶ。
すると、そのまま目的の階層まで移動できる。
「一階から十階まで直通……」
アレンは表示板を眺める。
1階。
2階。
3階。
4階。
……
10階。
「…………」
しばらく無言になる。
「これ、ダンジョンだよな?」
『はい』
「本当に?」
『ダンジョンです』
「体育館があって」
『はい』
「道路がアスファルトで」
『はい』
「無人の循環バスが走ってて」
『はい』
「十階まで直通エレベーターがある」
『はい』
「……俺、何を作ってるんだ?」
ダンジョンコアは答えなかった。
答えようがなかった。
一階層には、すでに冒険者だけではなく、商人や職人、住民までいる。
道は舗装されている。
移動にはバスが使える。
モンスターは専用の体育館で倒す。
十階まで行きたい者はエレベーターに乗ればいい。
さらに空いている土地は大量に残っている。
もはや「安全なダンジョン」という言葉だけでは説明できない。
アレンは一階層を見渡した。
「……これ、町づくりゲームじゃないか?」
気づけば、自分がやっていることはダンジョン攻略のための環境整備ではなかった。
道路を作る。
交通機関を整える。
土地を広げる。
施設を作る。
住民が増える。
住民が増えたら、また土地を広げる。
便利になったら、さらに人が集まる。
「俺、ダンジョンマスターになったはずなんだけどな……」
アレンは遠くを走っていく無人バスを眺めた。
そのバスには、冒険者だけではなく、買い物帰りらしい住民まで乗っている。
そして体育館では、今日も冒険者たちがモンスターを倒している。
その光景を見ながら、アレンは小さく呟いた。
「……まあ、便利だし、いいか」
こうしてアレンのダンジョンは、ますますダンジョンから遠ざかっていった。
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